ファイアホーク消防ヘリコプター

 

 

 

緊急事態は我らが仕事

 今から1年余り前、ロサンゼルス・カウンティ消防局(LACFD)のリー・ベンソン機長の講演を聴いた。昨年4月の岐阜で開催されたヘリコプター技術協会主催の国際会議「Heli Japan 98」の席である。主題は「緊急災害時におけるヘリコプター救助」で、消防、救助、救急などの任務を通じて、ヘリコプターがいかにして人命と財産の保護に当るかを語ったものだ。

 その話の中で強い印象を受けたのは「緊急事態は我らが仕事」(Emergencies are our business)という基本理念であった。つまり、自然災害の多いロサンゼルス・カウンティにあって、いかなる災害にも対応できるよう、世界最高の救助隊をめざすという心構えである。事実、彼らはすでにその水準にあることを自負し、誇りにしているというのだった。

 LACFDの管轄するロサンゼルス・カウンティは意外に広い。ロサンゼルス市内は市消防局が担当するが、その外周に広がる広大な地域がカウンティ航空隊の担当で、北東方向に広がるモハーベ砂漠から南の山岳地帯や西の海岸地帯、さらには洋上50kmの島々に及ぶ。したがって自然環境の変化も大きく、炎熱の砂漠から酷寒の山地まで含まれる。ロサンゼルスといえば冬でも春のような陽光が降り注ぐ暖かくて穏やかな土地柄という印象が強いが、実態はむしろ逆なのである。

 そうした地理上、気象上のきびしさを示すのが、講演の中で見せられたビデオ映像のひとつ、鉄砲水に流される人をヘリコプターで救出するシーンであった。ベンソン機長の説明によると、ロサンゼルス・カウンティでは雨水を排出するための排水溝が発達している。これらの排水溝は普段は乾いていて水が流れていない。ところが、いったん雨が降ると周辺から水が流れこみ、瞬時にして急流となり、乾いた川底で遊んでいた子どもが濁流に呑みこまれたりする。

 そんなときヘリコプターは直ちに出動し、ホイストに身を託した救助隊員が宙吊りの状態で、時速数十キロで流されて行く子どもを空中から追い、つかまえるのである。まさに救う方も救われる方も命がけで、排水溝の上にはところどころ橋がかかっていたり、電線が張り渡されているから、映像を見ているだけではらはらする。

 こうした事故が、ロサンゼルスでは年間およそ40回も発生する。そのためヘリコプターと救助隊員は普段から、流れの速い川へ飛んで急流救助の訓練を続けていると聞いた。

 

吹き上がる火炎を空中消火

 ロサンゼルスの災害といえば地震を思い出す。阪神大震災の丁度1年前、1994年1月のノースリッジ地震は記憶に新しいが、地震よりも頻繁に襲ってくるのが自然の大火である。

 南カリフォルニアは常に乾ききっていて、いつ火災が発生してもおかしくない状態にある。とりわけ「サンタアナ」と呼ぶ熱風が吹いたときは必らずといっていいほど林野火災が起こる。その乾いた熱風は風速30mほどで、火の手があがるとすぐに燃え広がる。

 とりわけ昨年夏は最悪だった。エルニーニョ現象のために雨が多く、それが南カリフォルニアの植物の成長を促した。林野一帯は厚い灌木の茂みに覆われると同時に、どんどん乾燥して火がつきやすくなったのである。

 そんなある日、朝のニュースは3件の火災が起こったことを報じていた。それぞれ30ヘクタールほどの面積を焼き尽くし、サンディエゴ東方の人家に迫りつつあるという。ほどなく住民の不安に追い討ちをかけるように、ニュースは4つ目の火災が発生したことを報じた。最寄りの人家まで8kmほどの距離で、立ち昇る煙が見えるようになった。

 警察は住民に避難勧告を出した。同時に消防車がサイレンを鳴らしながらやってきた。そしてホースを引っ張り出すと、放水の準備をはじめた。わずかな荷物を持った人びとが家から外へ出てきたが、辺りにはいつの間にか煙が立ちこめ、道路の見通しがきかず、車が走れなくなっていた。

 火がすぐそばまで迫ってきた。人びとから見える崖の上の樹木に火がついて、樹液が沸騰し、爆発が起こった。熱気のため呼吸するにも困難を覚える。

 サンタアナの強風はあっという間に、民家の近くまで火を運んできたのだ。通り道にあったものは、ことごとく焼き尽くされ、真っ赤な火炎は上空60mまで吹き上がっていた。

 消防隊は民家に水をかけるのに懸命だった。しかし、消防車のホースくらいではどうにもならない。目の前に猛火が迫るのを見ながら、消防隊長が無線で本部を呼び出した。「こちら火災現場。火が迫っている。空中消火を頼む。住民たちは逃げ道をふさがれた」

 それから数分後、2機のCL-415が上空に飛来し、火炎に向かって大量の水を投下した。正確には1機6トンの水を落とし、煙の向こうに消えて行った。続いて轟音を上げながら大型ヘリコプターが飛来した。明るいオレンジ色の塗装をしたエリクソン・ヘリコプター社のS-64エアクレーンである。

 これは7トン半の水を搭載し、水の投下も正確であった。そして、すぐに引き返し、道の向こうの池の上でホバリングをしたと思ったら、シュノーケルを水中にたらし、水を吸い上げた。タンクが一杯になるまで1分もかからなかった。

 その間、さっきのCL-415が戻ってきて、もう一度大量の水を火炎に向かってぶちまけた。こうして30分ほど空からの消火活動が続けられ、火勢が弱くなったところへ地上の消防隊員が踏みこんで、本格的な活動をはじめた。

 

24時間の消防待機

 煙が晴れて、空が明るくなり、炎が小さくなった。晴れた煙の中から、民家の無事な姿が現れた。消防隊のそばで不安におびえていた住民たちも全員無事であった。

 だが、いつもこんなにうまくゆくとは限らない。昨年10月カリフォルニア州リバーサイドで起こった大火では、やはり灌木の小さな火が原因だったが、毎秒30mの熱風にあおられて燃え広がり、人家まで数百メートルのところへ迫った。そのとき、カリフォルニア森林局のエアタンカーが消火作業中に山の尾根にぶつかり、パイロットが死亡した。

 南カリフォルニアでは、毎夏繰り返される林野火災のために航空機を欠かすことができない。そのためLACFDは、偵察用の小型ヘリコプターから消火用の大型機――エリクソンS-64エアクレーンやCL-415スーパースクーパーを使っている。S-64はエリクソン社から2機をリース、CL-415はカナダのケベック州政府から2機を借り受けたもの。ほかにLACFDみずからベル206を1機、205A1を3機、412を4機所有し、運航している。

 これらの航空機はヴァンナイズ空港にあって、急速に燃え広がる火災に対して迅速に対応できるよう、所要の燃料を搭載し、タンクには水を一杯に入れて待機している。乗員も24時間いつでも出動できる態勢をとっている。

 このLACFDのほかに、ロサンゼルス地域ではロサンゼルス市消防局や米国森林局も航空機を保有する。これらの航空隊はそれぞれ担当区域を分けると同時に、相互に支援協定を結んでいる。当然のことながら、いざ災害が発生すれば、管轄区域のこちら側か向こう側かなどと言ってはいられない。しかも航空機は、いったん飛び上がればすぐに境界線を越えてしまう。あとは相互支援の精神で、お互いに助け合いながら消防活動に当たるのだ。

 なお、南カリフォルニアの火災シーズンは5月から12月の間である。とりわけ7月下旬から11月いっぱいは最も乾燥する季節で、気温も高くなる。火災の原因は自然発火のほかに人の不注意によるものも多い。小さなタバコの吸い殻でも、道ばたの草むらで簡単に燃え上がり、恐ろしい大火になる。特に10月と11月は風が強いため猛火となって広がり、民家をも襲うのである。

ファイヤホークの実用試験

 さてLACFDは、こうした南カリフォルニアの火災に対応するため、このほど3機のシコルスキーUH-60Lファイヤホークを発注する意向を固めた。最終的には行政上の手続きが必要で、シコルスキー社との契約書はまだ調印されていないが、間もなく正式発注となるもよう。

 この計画は、昨年春ベンソン機長の講演でも披露された。それによるとLACFDは1998年夏、シコルスキー社や国防省の協力を得てUH-60Lブラックホークを借り受け、3か月間の消防実用試験をおこなう。そのため同機は次のような改修をする。

 胴体下面に容量1,000ガロン(3,785リッター)の水タンクを取りつける。そのため降着装置を延ばして胴体を持ち上げ、地面とのクリアランスを0.5mとする。タンクへの給水はシュノーケルを使い、60秒程度で水を吸い上げる。消火剤(クラスAフォーム)は機内に搭載しておき、必要に応じてタンクへ注入し、水と混ぜ合わせて消火効果を高める。

 座席の装甲板など、軍用装備を取り外す。GPSを取りつける。地上の消防隊との交信をするための無線機を取りつける。そして夜間の消火作業のために、3,000万燭光のナイトサンを取りつける、といったものである。

 こうして改修したブラックホークを使っておこなう試験飛行の目的は何か。第1は、このヘリコプターが空中消火に使えるかどうかということ。その場合、火炎に対するダウンウォッシュの影響はどの程度か。また操縦特性の適合性はどうか。消防航空隊のパイロット1人で操縦し、任務が遂行できるか。消防航空隊の現在の整備スタッフ、施設、および予算の範囲内でブラックホークの整備ができるか。大量の死傷者が出るような事故および自然災害にも使えるかといったことである。

 こうした計画と準備のもとに、LACFDは昨年9月から11月までの3か月間、ファイヤホーク試作機の実用試験をおこなった。それが上述の発注につながったのだから、試験の結果がうまくいったことはいうまでもない。

 そのひとつは、ロサンゼルスから北西60km付近の山中にあるピル湖周辺で山火事が起こったときのこと。LACFD航空隊が本拠としているカリフォルニア州パコイマのバートン・ヘリポートから出動したファイヤホークは、160ヘクタールの火災を3時間で消し止めた。

 この3時間のあいだにファイヤホークが投下した水の量は140トン。どうかするともっと燃え広がったかもしれない何百ヘクタールの山林と多数の民家を類焼から守ったのであった。この間ファイヤホークが火災現場と水源との間を往復した回数は35回である。

 

4トンの水を1分で吸水

 ファイヤホークの実用試験を終わったベンソン機長は「ファイヤホークは完璧に任務をこなした。操縦性も安定していて、特に尾部ローターの利きが良い」と語った。

 ベンソン機長によれば、ロサンゼルス・カウンティで発生する自然火災は、たいていの場合、各地の消防署から遠く離れたところで起こることが多い。そこでヘリコプターの出番となるわけだが、それでも現場近くに着陸場所を定め、給水施設を設けるにはかなりの時間がかかる。ところがファイヤホークはシュノーケル装置を持っているため、現場に着陸する必要がなく、深さ0.45m程度の浅い水たまりでも給水ができる。

 シュノーケル・ポンプの吸水能力は、1,000ガロンで1分以内。しかも飛行速度が速いから、きわめて迅速に火災現場と水源との間を往復することができる。将来は、このポンプを油圧ポンプに変えたいというのがベンソン機長の希望。「そうすれば、30〜40秒で給水できるようになるだろうし、油圧ポンプの方が機構としては簡潔で、重量も軽い」

 もうひとつ、ベンソン機長は「シュノーケルを引っ込み式にして貰いたい」と考えている。他のヘリコプターはシュノーケルをたらしたまま飛んでいるが、ファイヤホークのように速度の速いヘリコプターは、それでは本来の能力が発揮できない。これが引込み式になれば、305km/hの高速で飛ぶことができる。シュノーケルを下げたままでは175km/hしか出せないのである。

 機内には消火剤のタンクがあって、パイロットの操作でタンクの中に注入することができる。これで火の勢いや広がり具合を見ながら、消火剤の混入量を調節すれば、消火効果が良くなる。それにヘリコプターの速度に合わせて、コンピューターで自動的にタンクの投下口の開き具合を調節する仕組みもある。

 また「ファイヤホークは単に水を投下するだけではない。水の搭載量を500ガロンにすれば、消火剤を積んだうえに、15人の消防隊員をのせて現場へ向かうことができる。そして先ず火災現場の近くで水を投下して安全な区域をつくり、そこに着陸して消防隊員や消火機器を降ろす。それからヘリコプターは現場と水源との間を往復して水を投下し、消防隊員は地上消火に当たる」とベンソン機長は説明する。

 

柔軟な多用途性

 さらに「われわれの任務は消火に限らない」とベンソン機長はいう。幸いファイヤホークも、設計の基本には柔軟な多用性が置かれていた。つまり、このヘリコプターは消火活動だけでなく、救急や救助などさまざまな任務に使えるよう設計されている。たとえば急流に流される人をホイストで吊り上げ救助することも可能で、これらの救助作業について、LACFDは試用期間中にすべて実際におこない、満足すべき結果を得た。

 ここに至るまで、LACFDが最初のヘリコプターを導入したのは1957年だった。2人乗りの小型ピストン機、ベル47Gである。同機には早速、50ガロン入りのキャンバス製の袋を吊り下げ、その中に水を入れて林野火災の現場に空から投下する試みがなされた。以来、LACFDはヘリコプターによる消火技術の研究を重ねてきた。

 1961年には100ガロン入りのアルミ製タンクを開発した。これが小型ヘリコプターの長年にわたる標準的な消防用タンクとなった。今では同じような構造で、360ガロン入りのタンクがベル205や412で使われている。

 しかし、このタンクは放水が終わるたびにヘリコプターが地面に降りて、地上のポンプで給水しなければならない。そのうえ大自然の猛火に対応するには水の搭載量も少ない。そんな危惧があったところへ、1993年マリブ火災で200戸の住宅が焼ける大火があった。

 しかも同年10月にはサンタモニカに近いトパンガで火災が発生、3日間にわたって燃えつづけ、山林5,200ヘクタールを焼き尽くし、住宅350戸が焼失した。このとき、ヘリコプターは陸軍の応援も得て総数23機が出動したが、それでも大きな被害となったのである。

 こうした教訓から、LACFDはエリクソンS-64スカイクレーンをチャーターすることになり、さらにカナダのケベック州からもCL-415スーパースクーパー消防飛行艇を2機借り受けた。S-64は2,400ガロンという巨大なタンクを装備しながら、油圧ポンプを使った強力なシュノーケル装置によって、わずか40秒間で水を吸い上げる。しかも着陸する必要がないから、205や412よりも迅速な行動が可能であった。

 LACFDの航空機は昨年1年間に火災出動が500回以上、救急出動2,000回、ホイスト救助140回、急流救出35〜40回を記録した。まことに、この地域は災害が多い。これらの危機に対応するために、LACFDは森林局向けの1機を加えて、4機のファイヤホークについてシコルスキー社と価格交渉に入っている。契約金額はおそらく4機で4,500万ドル程度になるもよう。

 引渡しは今年度中にもはじまるもようだが、そのときはファイヤホークも「緊急事態は我らが仕事」という基本理念に向かって威力を発揮することとなろう。

(西川渉、『航空情報』誌、1999年9月号掲載)

(「防災救急篇」目次へ) (表紙へ戻る)