HAI大会に見る

ヘリコプターの需要予測

 

 エンジン・メーカーのアリソン社は今年2月、国際ヘリコプター協会(HAI)の年次総会で、タービン・ヘリコプターに関する需要予測を発表した。それによると、世界のタービン・ヘリコプターの引渡し数は1998〜2007年の10年間に民間機が5,467機、軍用機が3,654機、合わせて約9,000機になるという。

 これは1年前に発表された予測よりも低くなっている。というのも、民間機に関しては飛行作業の分野によっては需要が横ばいであり、また石油価格が下がったためという。石油価格が下がれば、一般的な景気の動向には好い影響を与えるけれども、世界のヘリコプター業界にとって最大の市場である石油開発の需要減につながるためである。

 その結果、民間ヘリコプターの年ごとの需要推移は2000年にピークに達し、その後下がって行くので10年間の総量では昨年の予測よりも10%減ということになった。

 一方、軍用機の需要は昨年の予測に対して、総量で11%増になる。これは中国とロシアの生産量が増えること。もうひとつは攻撃ヘリコプターの需要が増えるためという。

 具体的な市場展望は次の通りである。

 

新機種の性能、快適性、経済性に魅力

 需要増加の要因の一つは新機種が市場を刺激することである。たとえばベル407は型式証明取得から1年半の間に238機の注文を獲得して、需要量を押し上げた。加えてベル427、EC135、EC120への発注も伸びている。

 第2の要因は、ヘリコプター事業会社の活動が活発であること。特に米国内では経済環境が良くなった。1997年実績も好調で、飛行時間が増え、実質的な利益を上げることができた。1998年の見通しも良いという。

 といって、どの事業分野も好調というわけではない。特にヘリコプター業界最大の市場である石油開発分野では需要減の傾向が見られる。また農業、観光遊覧、社用ビジネス、木材搬出分野も横ばいまたは実質的減少の傾向を示している。

 もうひとつ、パイロットの不足も問題になってきた。1997年の調査でも、回答者の38%がパイロット不足に悩んだことがあると答えている。同様に、北海のヘリコプター会社もパイロット不足にぶつかっている。

 しかも問題はパイロットの人数ではない。たとえば米国の場合、約10,000機のヘリコプターに対して毎年2,000人の有資格者が誕生しているからで、人数だけを見れば必ずしも不足とはいえないだろう。問題は実務経験の豊富なパイロット、または特定の飛行任務に適したパイロットが少ないことである。

 ヘリコプターの需要はヘリポートの多寡によっても影響される。ヘリポートはそれだけでは経済的に成り立つのが難しい。おまけに周辺の人びとからは騒音の苦情が絶えない。しかもヘリコプター自体、旅客輸送に使うためには採算性や安全性に疑問があり、地上交通機関との競争などから、ヘリポートはなかなか増えない。結果として米国のヘリポートは公共用も非公共用も1994年から97年まで横ばいのままであった。

 一方、GPSと衛星通信はヘリコプターの利用を増大させるとアリソン社は見ている。この技術によってヘリコプターの航法上の安全性が向上し、ヘリコプター専用の航空路と計器飛行が実現するであろう。

 

所得額に対して日本は不足 

 もうひとつ、アリソン社は面白いところに着眼している。それは国民1人当たりの所得額から見た民間ヘリコプター数である。個人所得と民間ヘリコプター数との間には強い相関関係があるというのがアリソン社の見方で、その点から見ると、アジア諸国は韓国、台湾、そして日本ですらも、民間ヘリコプター数が世界的なレベルに達していないというのである。

 たとえばフランスは1人当たりの所得が年間18,600ドルで100万人当たりの民間ヘリコプターが10機。ほぼ世界的な標準にのっているが、イギリスは1人18,000ドルで7.5機しかなく、標準をやや下回る状態にある。そこで日本を見ると、1人当たりの所得額が20,000ドルを越えているにもかかわらず、100万人当たり6.6機しかない。本来は11.5機ほど保有してしかるべきだというのが、アリソン社の主張するところで、その基準に達するには、あと622機の民間タービン機を増やさなければならないという。

 この点で標準を大きく上回っているところはスイス、ノルウェー、オーストラリア、シンガポール、フィンランド、プエルトリコ、パナマ、ガテマラ、ハンガリ、ポーランドなど意外な国が多い。とりわけカナダは100万人当たり43.6機のヘリコプターがあって、ダントツの多さである。

 また、標準に近いのがフランス、イギリス、ドイツ、オーストリア、スペイン、マレーシア、チリ、ブラジルなど。そして標準をかなり下回るのが表1に示すような日本、イタリア、タイ、韓国、オランダ、台湾、ベルギーなどである。言い換えれば、これらの国は今後もっとヘリコプターを増やしてゆく余地が大きいわけで、それだけ潜在需要が高いというのがアリソン社の見方である。

表1 標準機数までの不足分

不足機数

日本

622機

イタリア

193機

タイ

121機

韓国

112機

オランダ

105機

台湾

77機

ベルギー

58機

 上の表はいうまでもなく一種の潜在需要と見ることができる。したがって日本は現用民間機数が1,000機で、アメリカ、カナダに次いで世界第3位といいながら、なお600機を超える潜在需要があるというわけである。

 

 

ヘリコプター救急の進展

 一方、軍用機は飛行性能や任務遂行能力の向上に対する要求が強く、新しい開発や改良が絶え間なくおこなわれている。攻撃ヘリコプターに関しても近年、地上支援の能力が高くて、生還性の高い機材が求められるようになり、時代遅れとなった老朽機の取り替え需要が高まっている。その市場をめざしてユーロコプター・タイガー、アグスタA129、ローイファルク、アパッチ・ロングボウなどの新しい攻撃機の売り込み競争が続いている。

 さらに大型輸送用ヘリコプターに関しても、地上部隊の機動力を高め、移動の柔軟性をもたせるための需要が出つつある。これにはS-92、NH-90、EH-101といった新機種が応じることになろう。

 同じような需要予測は、アライド・シグナル社からも発表された。こちらは1998年から2002年までの5年間の民間向けタービン・ヘリコプターで、新製機は総数2,541機が引渡されると見る。

 過去5年間の引渡し数は約2,000機だったから、今年の見方は25%増で、昨年発表された予測よりも16%ほど多くなった。見方が楽観的になった理由は、これから新機種が市場に出てくること、欧米の景気動向が好調であること、また欧州の航空法規がきびしくなり、都市の人口密集地では双発を義務づけているため単発機から双発機への買い替え需要が出るといった理由をあげている。

 この予測の中で、注目すべきは新製機の投入分野であろう。表2に示すように第1位は一般用途――木材搬出、貨物輸送、資源開発、建設など、第2位は社用ビジネス機、第3位は救急医療、第4位は警察、第5位が石油開発で、救急医療がヘリコプターの作業分野として大きくなってきた。しかも欧州では新製機の33%が救急医療用で第1位を占める。ヘリコプター救急体制が世界的に進展しつつあることをうかがわせる数字といえよう。

 

表2 民間ヘリコプター分野別の引渡し予測

アライド・シグナル社

ティール・グループ

ユーティリティ(一般用途)

21.0%

30〜35%

社用ビジネス

20.6%

25〜30%

救急医療

19.0%

10〜20%

警察

17.6%

5〜15%

石油開発

12.3%

10%程度

 

 

ティール・グループの予測

 HAI年次大会に合わせてもう一つ公表された予測は米ティール・グループの見方である。

 同社は向こう10年間に総数8,190機、517億ドル(約6.5兆円)相当のタービン・ヘリコプターが売れると予測する。このうち民間機は4,635機で109億ドル、軍用機は3,555機で408億ドル相当になる。軍用機は機数は少ないけれども、1機当たりの単価が高いので、金額にすると4倍近い。また機数は、表3に示すようにアリソン社の予測にくらべると軍・民ともに少ない。

表3 3社の予測のまとめ

予測期間

5年間

10年間

10年間

民間機

民間機

軍用機

合 計

アリソン

――

5,467機

3,654機

9,121機

ティール・グループ

――

4,635機

3,555機

8,190機

アリドシグナル

2,543機

――

――

――

 ティール・グループの見る民間市場の特徴は、向こう10年間、需要が横ばいということである。ただし、世界経済の好景気が長く続き、警察機の需要が高まり、技術的、経済的に魅力ある新機種が出現して市場を刺激すれば多少の拡大も考えられる。もう一つ、救急ヘリコプター市場には希望が持てる。これから引渡される新製機の10〜20%は救急機になるはずという。

 その一方で、米国では米陸軍の払い下げ機が市場にあふれ、警察などの公的機関にOH-58中古機が出回っている。また軍の研究開発予算が削られ、軍用機の開発で育てた技術を安く民間機に応用するといったことができなくなってきた。

 石油開発分野は、原油の値段が1バレル20ドル程度では、拡大の期待ができない。引渡し数も全体の10%程度に下がるであろう。それに対して社用ビジネス機は25〜30%に達する。また一般用途は30〜35%を占めるであろう。

 軍用機は今が最底だが、これから徐々に増えて行く。特に対潜機(ASW)とスカウト/攻撃機が増えるだろう。

 最後にティルトローター機について、ティール・グループは民間向けベル609が意外に多くの注文を集めていることから、開発事業としては成功すると見る。ただし現時点では向こう10年間の引渡し数が125機という抑えた見方をしている。ちなみにベル社の販売目標は2000年間で1,000機である。

 現実には今年3月初めまでには民間向け63機を受注した。軍用機としても操縦訓練、連絡観測、捜索救難などの用途が注目されているところから軍・民両方の需要が出てくるであろう。

 こうしてアリソン、アライドシグナル、ティール・グループの予測をまとめるならば、ロータークラフトの世界は当面、堅実な進展をすることになろう。

(西川渉、『WING』紙98年4月1日/8日付掲載)

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