ヘリコプター世界の将来
パリ航空ショーで収集した資料の中に、アメリカの市場調査会社、ティール・グループが世界の航空宇宙工業界とヘリコプター・メーカーの将来を予測した記事があった。それも3〜4種類の紙誌で報じられていて、原資料は見ていないけれども、興味深い結果が出ているので、ここに記録しておきたい。
予測のひとつは、1997〜2006年の10年間に世界中でどのくらいのヘリコプターが製造されるかという問題。これはタービン機だけを対象とし、ピストン機は含まれていないが、結果は次表の通りである。
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民間機 軍用機 合 計 機 数
4,635機
3,555機
8,190機
金 額
109億ドル
408億ドル
517億ドル
すなわち軍・民合わせて毎年平均800機余のヘリコプターがつくられる。そのうち民間機は56%と半分以上の機数になるが、金額的には軍用機の方が8割近くを占める。1機当たりの平均価額は、民間機が235万ドルだが、軍用機は1,147万ドルで、民間機の5倍近い値段になる。軍用機は重装備であり、また大型機が多いからであろう。
ちなみに今年2月のHAI大会でエンジン・メーカーのアリソン社が発表した予測では、同じ10年間に民間機は6,073機、軍用機は3,287機が製造される。1年間では900機余とやや多く、民間機が65%を占めるということだった。
もうひとつティール・グループは、メーカーごとのシェアが10年間にどう変わるかを予測している。その内容は次表の通りである。
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1997年 2006年 シコルスキー
30.3%
13.8%
ベル
23.3%
18.2%
ユーロコプタ
23.3%
23.7%
ボーイング
13.5%
28.3%
その他
9.6%
16.0%
この表によると、シコルスキー社は現在世界最大のシェアを誇っているが、今後は順位が下がり、10年後には主要4社の中で最も少ないシェアになる。逆に、ボーイング社は現在の最小シェアから10年後には最大になるというのである。
ボーイングの数字の中には、今も10年後もマクダネル・ダグラス・ヘリコプター社(MDHS)の数字が含まれる。それでも今のところ、シェアは最も小さい。けれども10年後には最も大きくなるという。しかも、ひょっとすると、この10年間のうちに、ボーイングはシコルスキーをも呑みこんでしまうかもしれない、というのがティールの大胆な結論になっている。
何故そうなるのか。いうまでもなく世界的な軍事予算の削減である。そのために、この数年間、どのヘリコプター・メーカーも体力が弱ってきた。とりわけシコルスキー社の場合は、ティールの推論によれば、1990年に25億ドルの売上高で41%のシェアを持っていた。そのほとんどは軍用ヘリコプターによる収入だが、軍の予算が減ったために96年は売上げ10億ドルで27%のシェアに落ちこんだ。
そして今後も軍事予算が増える見こみはないから、民間市場に頼るほかはなくなるが、シコルスキーの民間機はS-76しかない。せれも毎年の製造機数は16〜24機程度。したがって後継機を開発するほどの勢いもない。
一方でシコルスキー社はS-92の開発を進めているけれども、果たしてこれがものになるかどうか。仮に成功しても、今の軍用H-60の代わりになるような売れ行きはとても望めないであろう。
そこでシコルスキーのシェアは2000年までに14%へ落ちこむ。するとユナイテッド・テクノロジー(UTC)に見放されて、売りに出される可能性が出てくる。その買い手は、ボーイングの可能性が最も大きい。
というのは現在、シコルスキーとボーイングの両社は、米陸軍向けの新しいコマンチ攻撃偵察ヘリコプターの共同開発を進めているからである。しかし同機は開発日程が先延ばしになって、2006年まで収入を生み出さない。シコルスキーの体力も、そこまではもたないだろうというのである。
ティール・グループの推論は、筋が通っているように見える。けれども、これから10年先の現実が理論通りになるかどうかは別問題である。ユナイテッド・テクノロジーが、そんな簡単にシコルスキーを手放すとも思えない。
ティール・グループというのは以前から大胆な予測をすることで知られており、それだけにマスコミの材料になりやすい面があった。今回もシコルスキーの関係者に叱られそうな意見だが、これは私のいっていることではないのでご容赦願いたい。
ともかくティールによると、今から10年前、1987年の当時はヘリコプターの主要メーカーが6社であった。それが現在は4社に減っており、今世紀末までには3社に減るという。
その主な論拠は上に見た通りだが、もうひとつ軍事予算の削減によって弱った体力を維持しながら、新たな開発も手がけなければならない。そこで新しい大型プロジェクトには共同作業がおこなわれる。シコルスキーとボーイングによるコマンチの共同開発、ベルとボーイングによるティルトローター機の共同開発、伊アグスタと英ウェストランドによるEH-101の共同開発、さらには欧州4社によるNH90の開発がそれである。
その共同作業が深化すると、ついには合併に至る。その実例はタイガー攻撃機の共同開発に端を発した仏アエロスパシアル社のヘリコプター部門と独MMBとの合併になるユーロコプター社の誕生であった。
この1992年の合併はうまく成功した例で、両社のシナジー効果(相乗効果)がよく働き、財務的に強化されると同時に、研究開発力と営業力が強化され、豊富な品揃えが実現し、生産ラインは忙しくなった。パリ航空ショーでも小型機から大型機まで全製品をずらりと並べ、EC135やEC120といった新製品を加えたばかりか、AS365-N4という全く新しい開発計画を発表して見るものを驚かせた。
その壮観なヘリコプター・フリートからは、ユーロコプター1社で世界中のヘリコプター・メーカーを相手に戦うような意気込みが感じられたものである。とすれば、逆にティールの予測するようなアメリカ側の統合もあり得るような気がしてくる。
もうひとつ、パリ・ショーで集めた資料の中に世界の主要航空機メーカーの一覧表があった。そこからヘリコプター関連のメーカーをピックアップすると次表のようになる。
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従業員 売上げ高 シコルスキー
9,500人
20億ドル
ベル(米・加)
7,600人
16億ドル
ユーロコプター
9,380人
不詳
アグスタ
5,500人
不詳
ウェストランド
2,400人
不詳
カマン
5,239人
8.2億ドル
ミル
不詳
不詳
これらの各メーカーが、これからの軍需不況の中でいかにして生き残っていくか。その生き残りのための競争の中から、どんな新製品が生まれてくるか。ヘリコプター世界の将来は今後なお楽しみである。
以上の文章はパリから戻った直後、あるディジタル雑誌の依頼で書いたものだが、3か月を経過していっこうに発刊される気配がない。いつまでも原稿のまま放置しておくと腐るので、遅ればせながら本頁に掲載しておくこととする。
(西川渉、97.10.15)
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