<JMR/FVL>

ロータークラフト未来像

 

 米陸軍は将来のロータークラフト、未来型垂直離着陸機(FVL:Future Vertical Lift)の開発構想を進めつつある。

 その前段階となる統合多用途技術実証機(JMR TD:Joint Multi-Role Technology Demonstrator)は、間もなく試作候補が選定されるもよう。

 FVL構想は2009年に始まった。現用ブラックホーク多用途機、アパッチ攻撃機、チヌーク大型機などに代わる新しいヘリコプター、それも高速・長航続のロータークラフトを2030年代なかばまでに実現させようという計画。具体的には、今の軍用ヘリコプターよりも100ノットほど速い230ノット以上の速度と、2倍以上の航続性能をもつ新しい中型ロータークラフトである。

 この構想に対し、これまで多くのヘリコプター・メーカーが開発案を出していたが、昨年秋、9案の中から4案にしぼられた。AVXエアクラフト社、ベル・ヘリコプター社、シコルスキー・ボーイング・チーム、カレム・エアクラフト社である。

 以来半年を経て、間もなくこの4案の中から、おそらく2案が選ばれ、試作段階に移る予定。試作機はJMR TDとして、2017年に初飛行し、実証試験に入る計画という。

 4種類の提案内容は、大きくティルトローター方式と同軸反転ローターを持つコンパウンド方式に分かれる。ベルとカレムがティルトローター機、シコルスキーとAVXがコンパウンド機である。したがって、米陸軍はティルトローター候補の中から1機種、コンパウンド候補の中から1機種を選ぶのではないかという見方が強い。

 ただし、ここで問題となるのは、実際に将来FVLを量産することを考えると、ベルやシコルスキーは長い製造経験と製造施設を有するが、カレムとAVXは設計能力は高くとも、航空機の生産施設を持っていない。とはいえ、AVXやカレムには、既存のメーカーに見られない斬新な設計が期待できるので、その魅力も捨てがたい。このあたりの課題がどうなるか、興味の持てるところである。

 さて、シコルスキー案は、同社が先に飛ばした同軸反転ローターのX2実験機が基本となる。X2コンパウンド機は総重量8.000ポンドで2010年に水平飛行250ノットを超える高速性能を実証した。浅い降下では280ノットを記録している。この結果にもとづいて、シコルスキー社は目下、S-97レイダー(Raider:奇襲者)の試作を進めている。同機は総重量11,400ポンドで2014年末までに飛び、230ノットの高速をめざしている。

 そしてJMRデモ機としては、ボーイング社と共同でSB-1デファイアント(Defiant:挑戦者)を試作する計画。総重量は30,000ポンドで、最初からFVLコンパウンド輸送機の大きさとし、そのまま今のブラックホークに代わることができるという。


シコルスキー案

 AVX案は同軸反転ローターに加えて、胴体後方に左右2基のダクテッドファンを取りつける。また前方には短固定翼を取りつけ、揚力の4割を支えて高速飛行能力を高める。ダッシュ速度はブラックホークの150ノットに対して230ノット。巡航速度はブラックホークの130ノットに対し180ノットという。

 ペイロードはブラックホークの2倍、戦闘半径も2倍。総重量は兵員12人と乗員4人で27,000ポンド。スリング吊り上げ重量は13,000ポンド。

 前線への進出飛行距離はおよそ3,700キロ。しかも単なる展開飛行であれば、パイロットが乗る必要はなく、無人操縦で前進基地まで飛んでゆくことができる。


AVX案

 ベル社の提案は第3世代のティルトローター機と呼ぶV-280ヴェイラー(Valor:勇敢)。ベル社の55年に及ぶティルトローター開発経験にもとづき、ロッキード・マーチン社やエンジンのGE社と組んで計画が進んでおり、昨年秋ワシントンで開催された米陸軍協会の総会で実物大のモックアップが公開展示された。

 V-22オスプレイとの最大の違いは、エンジンが主翼に固定されていて、変向するのはローターシステムだけ。これでオスプレイのように、胴体側面から射撃する場合、大きなエンジン・ナセルが邪魔になることはない。またエンジンの高温排気ガスが滑走路面を損傷させることもなくなる。

 飛行性能は280ノットの高速。また高温高地性能にすぐれ、標高6,000フィート、気温95°Fでも地面効果外ホバリングが可能。オスプレイは気温95°Fであれば、標高3,000フィートまで。

 また戦闘半径は900〜1,480キロ。そして飛行性能に加えて生存生が高く、経費も安いという。


ベル案

 カレムTR36TDは、左右の固定翼に直径11mのティルトローターがつき、回転速度が最適になるように変速できる。軍用機としては最終的にC-130よりも大きな輸送機をめざしており、最大36トンのペイロードを搭載して、330ノット以上の速度で飛行する。また将来は旅客機にも転用可能で、乗客90人乗りのエアロコミューター、180人乗りのエアロトレーンが構想されている。


カレム案

 これら4種類の候補の中から、おそらくは2種類が選定され、試作機として2017年までに初飛行し、実証試験に入る。このJMR TDの試験飛行は2019年度まで続き、FVLの量産に進む予定。

 FVLは米陸軍の輸送、攻撃、その他の用途を想定して、2,000〜4,000機が製造されるものと思われる。

(西川 渉、2014.7.14)

【追記(2014.8.19)】

 上にご紹介した米陸軍の未来型垂直離着陸機(FVL)は、この8月なかばシコルスキー/ボーイング案とベル案が採用され、実証機の試作に進むことになった。

 試作機は、いずれも2017年までに飛行し、2019年に最終的な採用が決まる。量産は1,000億ドル(約10兆円)規模でおこなわれ、現用UH-60多用途機やAH-64攻撃機の代替となる予定。 

 

これら上下2枚の写真は、今年2月の国際ヘリコプター協会(HAI)
年次大会(ロサンゼルス)で見たシコルスキーS-97レイダーのモックアップ
同軸反転式のローターと尾部の推進用プロペラが特徴

    

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