<米エアライン>

実現するか世界最大の航空会社

 

 米デルタ航空とノースウェスト航空が合併することになった。アメリカ6大エアラインの第3位と第4位の合併で、実現すれば世界最大のエアラインが誕生する。

 誕生までの手続きは今年いっぱいで終わる予定だが、政府の承認や組合との交渉など、いくつもの問題を片づけなければならない。また株主の中には合併に疑問を呈する向きもあって、両社の株価が下がったりしている。というのも、合併によって将来どうなるか具体的な計画がなく、しかも両社の企業文化、使用機材、労使関係などが全く異なるためである。

 組合問題は、特にパイロット組合との関係がむずかしい。もっともデルタ航空のパイロット組合は早くも合併賛成の意思を表示している。賛成の条件は今の労使協定を2012年まで延長すると共に、給与を引き上げ、さらに新会社の株式3.5%を譲渡するというもの。また役員の1人を組合から選任するという条件つきで、こういうことならばパイロットたちにも悪くはないだろう。

 しかるに、ノースウェストのパイロット組合は反対を表明した。地上職の組合も反対しているようだが、その理由や内容までは分からない。とにかくノースウェストの組合は強硬で団結が固く、パイロット組合の同意が得られない限り、路線の変更もできないらしい。それに、労働組合が会社の合併を止めるようなことはできないにしても、株主や議会に対して合併を認めないよう働きかけることはできる。いずれにせよ、正式合併までには組合の合意を取っておかなければならない。

 政府の承認は、自由競争の観点から独占禁止法に触れるかどうかを司法省が判断する。この判断にあたって、ブッシュ政権が合併に好意的であることから、今の司法省ならば、認可を得やすいという見方があるらしい。ただし司法省の判断も甘く見ることはできない。1998年にはノースウェスト航空とコンチネンタル航空の合併が認められなかったし、その3年後にはユナイッテド航空とUSエアウェイズの合併も拒否された。

 さらに手続きが遅れて、来年の新政権にずれ込み、特に民主党政権に変わったりすると労働組合の意見に同情的な面があり、合併によって労働組合が不利益をこうむるなどという見方が出てくれば、どんな判断が出るか分からないという。

 こうした合併を促す背景は何か。いうまでもなく最近の経済不況と燃料価格の高騰である。アメリカのエアライン業界は2001年の911テロで大打撃を受け、近年ようやく回復してきた。ところが今度は石油の値段が1バレル114ドルまで上がり、航空燃料もこの1年半で一挙2倍近くになった。この急激な環境悪化によって、アメリカではこの1ヵ月ほどの間にアロハ航空、スカイバス、ATA、フロンティアの4社が倒産し、破産法による保護を申請した。それ以前、ビジネスクラスだけの機内装備で大西洋線を飛んでいたマックスジェットは昨年12月に倒産し、競争相手のシルバージェットも今、身売り先を探している。

 とはいえ、デルタ航空やノースウェスト航空が何か危険な状態に陥っているわけではない。しかし、このままでは危険を招く恐れがある。その予防の意味も含めて、今のうちに地盤を固めておこうというのが、今回の合併案である。

 これを評して、英エコノミスト誌は「希望よりも恐怖」による合併と書いている。余談ながら、この言葉はアメリカ大統領選を闘っているオバマ候補の言葉を踏まえたものにちがいない。そのスローガンのひとつが「恐怖よりも希望」を選ぼう(We are choosing hope over fear)というもので、これを逆手に取って、イギリスらしい皮肉をこめたのがエコノミスト誌の記事である。

 そこで合併に踏み切ったアメリカの2社だが、両社は他のエアラインに増して恐怖心が大きいかもしれない。というのは、いずれも1年ほど前まで破産法の保護下にあったからだ。その苦しみをようやく脱して、これから本格的な再建策を講じようと思った矢先にビジネス環境が悪化した。

 しかし、この最悪の事態から、皮肉なことに世界最大のエアラインが生まれようとしている。考え方の根底にあるのは、2社を合わせた巨大化によって経営基盤を強化しようというもの。おそらく正しいだろうが、果たしてうまくゆくかどうか。

 うまくゆくようならば、つづいてユナイッテド航空とコンチネンタル航空の合併も取り沙汰されている。

 デルタとノースウェストがかかえるもうひとつの課題は、両社ともに古い機材が多いこと。合併後はこの老朽化した機材を整理し、新しい機材を導入してゆかねばならない。

 たとえばデルタ航空はMD-88を114機保有している。これらは平均して18年間使ってきた航空機である。またノースウェスト航空もDC-9を90機運航しているが、平均40年を経過し、単に古いばかりでなく、最近の航空機にくらべて燃費が4割も多い。これでは安全性は維持できても、経済性の悪さはどうにもならない。乗客から見ても余り乗りたいとは思わないのではないか。

 このように古い機材が多いのは、両社ともに破産状態にあって、新機種を導入する余裕がなかったためだ。デルタ航空は去る2月に新しいボーイング777-200Rを受領したが、新製機の受領は6年ぶりのことであった。こうして同航空の機材更新がはじまり、2009年末までに総数16機の777を受領する予定。ほかに737も49機発注している。

 一方ノースウェスト航空は353機を飛ばしているが、ほとんどエアバス機である。ただし破産状態を脱け出たあとボーイング787を18機発注し、ほかに50機を仮発注した。

 いずれにせよ、新会社になれば早急に機材の更新をしなければなるまい。その場合、ボーイングとエアバスのどちらの機材が選ばれるか。ここでもまたボーイング対エアバスの競争が始まる。けれども合併の主導権はデルタが握っており、同社は昔からボーイング寄りであった。現有451機も全てボーイング機で、エアバス機はひとつもない。

 というのも、単にどちらが好きとか嫌いというのではなく、今から10年ほど前ボーイングとの間に、向こう20年間はボーイング機しか買わないという協定を結んだことによる。その代わり、ボーイング機を安く買えるわけだが、この協定は今後も10年ほど契約期間が残っているはずである。

 かくて、この合併はボーイングの方に有利に働くだろうというのが大方の見方である。

機  種

デルタ航空

ノースウェスト航空

現有機

発注機

現有機

発注機

ボーイング737

71

49

  

  

747

  

  

27

  

757

133

  

68

  

767

103

  

  

  

777

9

7

  

  

787

  

  

  

18

エアバスA320

  

  

130

7

A330

  

  

32

         

DC-9

  

  

96

  

MD-90

15

  

  

  

MD-88

114

  

  

  

合   計

445

56

353

25
(資料:英フライト・インターナショナル誌、2008年4月15−21日・4月22−28日)

 以下は余談である。山野豊さんの調べによると、世界各地のガソリンの値段は下表の通りという。ケロシンを主体とする航空燃料の価格ではないので、こまかいところは違うかもしれぬし、自動車のガソリンは安くても航空燃料は高いところがあるかもしれない。また為替レートの影響や物価水準の差異もあるので一概に高いとか安いとか決めつけることはできない。けれども相互の比較は可能だろう。

自動車ガソリン価格

都市または地域

ドル/ガロン

円/リッター(105円/ドルで換算)

オスロ

6.82

189.2

香港

6.25

173.4

ブリュッセル

6.16

170.9

ロンドン

5.96

165.3

ローマ

5.8

160.9

東京

5.25

145.6

サンパウロ

4.42

122.6

ニューデリー

3.71

102.9

シドニー

3.42

94.9

ヨハネスブルグ

3.39

94.0

アメリカ東海岸

3.39

94.0

メキシコシティ

2.22

61.6

ブエノスアイレス

2.09

58.0

リアド(サウジアラビア)

0.91

25.2

クェート

0.78

21.6

カラカス(ベネズエラ)

0.12

3.3
 

 この表によると、ヨーロッパ各地のガソリンは日本よりも高い。逆に中南米やアメリカは安い。特にリアドやクェートはヨーロッパの15%程度ときわめて安い。他の中東産油国も同じようなものではないかと思われるが、他国との差がこんなにあれば、特に国際線の航空事業などは有利に展開することができよう。たとえば中東のエアラインがA380のような超巨人機に安い燃料を入れ、大量の乗客を詰め込んで飛ぶならば、ツアーコストはきわめて安くすむであろう。

 他方、中東地域で安い燃料が補給できるならば、他国のエアラインもこの地域を拠点(ハブ)とするような戦略が考えられよう。ドバイ空港は全世界を視野に入れた地球ハブになることをめざしているが、この構想も自然に実現するかもしれない。

 もうひとつ、この表の中で目につくのはベネズエラのタダ同然の値段である。ここならばアメリカからも近いので、燃料補給はカラカスでといった航空会社が出てくるかもしれない。あるいは空軍の大型タンカー機のようなものを飛ばして、燃料を買いつけたらどうか。燃料高騰のあげく、合併はもとより身売りや倒産にあえぐアメリカのエアラインに提案しておこう。

(西川 渉、2008.4.22)

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