<同時多発テロ>

スクランブル発進

 今朝方ロシアで旅客機が墜落し、別の1機も行方不明になるという事件が起こった。同時テロの可能性もあるらしい。機種はツポレフTu-134とTu-154。いずれもモスクワのドモデドボ空港を離陸したもので、1機はソチ行きの定期便だった。

 私も昔、この国内線専用の空港には何度か行ったことがある。上の飛行機と同様ソチに飛んで、そこから周囲の保養地を結んでいるヘリコプター定期便に試乗した。機種はミルMi-8。成田空港ができる前の頃で、朝日ヘリコプターでは成田が開港したら東京都心から定期便を飛ばしたいと計画していた。

 まだソ連の時代である。当時の尾崎稲穂社長(故人)のお供で、ソチ空港の食堂で昼すぎ空港長との会食があった。グルジア料理を食べて、夕方モスクワに戻った。あのときモスクワとソチで町の地図やヘリコプター路線図を貰いたいと頼んだが、実現しなかった。ここでは、しかし、そんな昔話はさておくとしよう。

 今日のロシアの2機がテロの犠牲だったのか、別の事故だったのか、ニューヨークの911テロの3周年が近づいて、何か新たな動きが出てきたのかもしれない。

 先日はテレビ放送局から、911のアメリカではテロの直後、戦闘機のスクランブルがあり、ハイジャックされた旅客機を撃墜するよう命令が出ていたというが、その実態を知らないかという問い合わせがあった。3周年を期して番組作りの参考にしたいというのだが、当方そんなことは知る由もなく、回答はお断りした。

 ところが、その後『爆弾証言』(リチャード・クラーク著、徳間書店、2004年6月5日刊)を読んでいたら、そのあたりのことが少し書いてあった。この著者は2003年3月に辞任するまで、7人の大統領の下で長年にわたってテロ対策を担当していたという。そしてクリントンやブッシュに対しアルカイダについて真剣に考えるよう説こうとしたが、その機会を与えられないまま、政権としては無関心と無知の状態で911に直面したのであった。

 著者は2003年5月ホワイトハウスを去るが、今年3月になって米国議会の「9.11公聴会」でアメリカ政府の対外政策とテロ対策の矛盾を証言して、ブッシュ政権の心胆を寒からしめた。

 では、911のような飛行機によるテロに対して、アメリカはどのような対策をとっているか。

 どこの国でも、国籍不明機や未確認の航空機が接近してくると、空軍の戦闘機が発進する。日本でも、かつては日本海の沖合にしばしば北の方から国籍不明機が飛来し、千歳の航空自衛隊機が2機ずつ発進していた。最近あまり聞かなくなったのは、不明機の飛来がなくなったのか、秘密のうちに続いているのか、それは分からない。

 米国では、最近のインターネットで調べたところ、2000年の1年間で「未確認機」の飛行が425件発生した。未確認機とは本当に敵の攻撃もあるかもしれぬが、ほとんどはパイロットがフライトプランの申請を忘れて飛んでいるもの、フライトプランの計画コースから著しく外れているもの、あるいは無線周波数を間違えて通信ができなくなったものなどである。これらは、しかし、直ぐに実態が分かるので大した騒ぎにはならない。

 もっとも425件中129件は、実際に戦闘機のスクランブル発進となった。急上昇した戦闘機は不明機のそばに近づくと、まず翼端ぎりぎりまで接近して並行に飛び、相手の注意を惹く。相手がそれに気づかぬときは、相手機の前方を横切るようなこともある。また相手機の前方に向かって曳光弾を射ったりする。それでも無視された場合は、最後の手段として撃墜することもあり得る。

 このようなスクランブルは、一般にアメリカ全体で週1〜2回だったが、911テロ以後は日に3〜4回まで増加したという。

 民間機がスクランブルを受けないためには、フライトプラン通りに、正確に飛行しなければならない。飛行方位を15°以上違えてアサッテの方へ飛んだり、飛行経路から2マイル以上離れると不明機とみなされ、管制官が緊急ボタンを押す。

 そのうえで、たとえば「アメリカン11便、コースから離れてますよ」と無線で注意する。

 それから1分後にはNORAD(North American Aerospace Defense Command:北米航空防衛司令部)へ通報が行く。その通報を受けてから数分後には、米国内のどこであろうと、戦闘機が発進する。無論これは最近の911以後の体制で、ロシアもほぼ同じようなやり方になっているらしい。したがって911テロでハイジャックされた飛行機のように、管制官の見守る前で何分間もコースを外れて飛び続けるようなことは米露ともにできない。

 あの9月11日、テロ発生の時点で米北東部でスクランブル発進の態勢にあった戦闘機は4機であった。全米では14機であったと見られる。あとは多少の時間はかかるけれども、しばらくすれば何機でも追加発進が可能だったはずである。上の『爆弾証言』には、もっと時間がたってから2機のF-15が離陸したようなことが書いてある。 

 こういう警戒態勢の中で、ロシアの2機に何が起こったのか。911の4機目の旅客機のようにテロリストと乗客や乗員が機内で争って墜落したのか、もう1機はハイジャック犯人によってどこかへ連れ去られたのか、あるいはスクランブル機によって撃墜されたのか、まだ何にも分からない。けれどもロシアには、ソ連時代に大韓航空を迎撃した前科がある。

 いずれ真相は明らかになるであろう。(2004.8.25朝)

(西川 渉、2004.8.26)

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