航空界を支える一般航空

 

 

  

 米連邦航空局(FAA)は毎年3月、民間航空に関する前年実績と将来予測を公表する。今年は3月13日におこなわれる予定だから、いま私の手もとにあるのは1年ほど前の報告書だが、その中から一般航空(ジェネラル・アビエーション)に関する部分を見てみよう。なおFAAは、「一般航空」とは民間航空の中でエアライン(定期航空)とリージョナル・エアライン(地域航空)を除く全てをいうと定義している。

 

米国の民間航空機数

   

1994年実績

1999年推定

2005年予測

2011年予測

定期航空

ジェット旅客機

3,897

4,312

5,052

6,400

ジェット貨物機

824

1,013

1,298

1,631

地域航空

ジェット機

35

343

1,134

1,546

ターボポロップ機

3,782

3,375

3,211

3,756

一般航空

ピストン機

152,788

164,000

171,150

177,150

ターボポロップ機

4,995

6,250

6,790

7,240

ジェット機

4,559

6,400

8,910

11,295

ヘリコプター

5,830

7,590

8,355

9,040

試作機

15,176

16,650

18,210

19,910

合  計

191,886

209,933

224,110

237,968

[出所]米連邦航空局(FAA)、2000年3月

 

 

 まず米国には、一体どのくらいの航空機があるのだろうか。上表に見るように、1999年の推定機数がほぼ21万機であった。この表のほかに滑空機、飛行船、気球などが合わせて5,640機ほど存在する。日本の航空機数は昨年6月末の固定翼機と回転翼機を合わせて2,185機だったから、米国のそれは日本の100倍という規模になる。

 この表を見ていて気がつくのは、ヘリコプターの航空機全体に占める割合が低いことである。1999年の数字では3.6%しかない。今後12年間に機数を伸ばして3.8%近くまで行くという予測だが、日本の45%にはとうてい及ばない。世界的に見て、日本の比率が飛び抜けて高いことは周知の通りである。

 地域航空の分野では、ターボプロップが減少気味である。それに対し小型ジェット旅客機が急増している。1999年までの5年間でほぼ10倍になったが、今後も12年間で5倍になる。同じような傾向は、いずれ日本にも移ってくるにちがいない。

 将来への伸びは、一般航空の中のジェット機が大きい。そのほとんどはビジネスジェットで、過去5年間に1.4倍となった。今後も12年間に2倍近くまで増加するという。ビジネスジェットはいま急成長の時代を迎えているのだ。

 

 

 それでは、これらの一般航空機はどのようなことに使われているのだろうか。FAAの報告によると、一般航空の飛行時間は総計およそ三千万時間。それを飛行目的によって分けると、最も多いのは自家用または個人的な目的で全体の34.8%を占める。次いで社用ビジネス用途が23.9%、操縦訓練14.1%、エアタクシー8.5%、警察・消防などの公共用途4.9%、農業利用4.6%、その他9.2%となる。

 こうした比率を日本と比較してみると、おそらく相当に違うのではないだろうか。たとえば全体の3分の1以上が自家用であり、それにビジネス用途を加えると半分を超えてしまうが、日本ではちょっと考えられない。また訓練が多いのも注目すべきで、アメリカの航空界には如何に立派な航空機があっても、操縦する人がいなければ航空は成り立たないという根本思想が見られる。

 つまりパイロットの養成に熱心で、航空関連の団体もあらゆる機会をとらえて航空従事者の増加に努力し、みずからも操縦訓練のための奨学金制度をつくったりしている。それ以前に、普通の小中学校やハイスクールにも働きかけ、子ども達が将来航空界をめざすような教育をするよう、さまざまな材料や機会を提供しているのである。

 そうしたことから、アメリカにはパイロットの訓練施設が多い。訓練システムも充実し、費用は安い。日本からも、わざわざアメリカへ出かけて行って訓練を受ける人は決して少なくない。このような裾野人口の多いことが、航空界という山を日本の100倍の規模で大きく高くそびえ立たせているのである。

 

 

 したがってアメリカの一般航空は、日本の使用事業のような日陰者扱いをされているわけではない。当然のことながら小さい飛行場で飛ぶ方が多いけれども、大空港へもどんどん乗り入れる。

 たとえば1999年の一般航空の飛行回数は丁度4千万回であった。これを空港別に見ると、一番多いのがロサンゼルス近郊のバンナイズ空港、第2位が同じロサンゼルスに近いロングビーチ空港、第3位デンバーとなっていて、10位までで全体の1割を占めている。

 また一般航空の利用の伸び率が高い空港は上位10空港の中にダラスフォトワース、シンシナチ、ミネアポリスという3つのハブ空港が含まれている。定期航空と地域航空と一般航空が共存共栄の状態にあるのだ。

 こうした状況をとらえて、FAAの報告書は一般航空について次のように書いている。「一般航空は、航空界はもとより、米国経済の重要な要素である。定期航空が乗り入れないような地域にも、効果的な交通輸送手段を提供する。その隆盛があってこそ、航空機、関連装備品、アビオニクスなどの製造と販売、ならびにパイロット・スクール、FBO(空港サービス業)、金融、保険などの事業も盛んになり、全体として一般航空界を形成し、国家経済にも寄与するのである」

「航空界の将来の繁栄が約束されるためには、一般航空に関する新しい製品とサービスの創出が必要である。……アビオニクスやコンピューター技術に投じられる研究開発費は、飛行の安全を向上させるばかりでなく、操縦のやさしさをも増加させることになる。航空機を操縦する人がいなければ、航空界は存在しない。パイロットを増やすためには、操縦訓練プログラムをいっそう推進することが重要である」

 

 

 パイロットなくして航空は存在しないし、一般航空の繁栄なくして航空の繁栄はあり得ない。アメリカはそういうけれども、日本ではどうか。たとえば空港は特別会計によって建設され、特別会計の資金源は大手エアラインの着陸料であると説明される。だから一般航空機はなかなか大空港への乗り入れができない。羽田や伊丹などは既得権益を認められた一部新聞社を除いて、完全に一般航空を閉め出している。しかも大手航空会社は運輸省に、これ以上金をかけて地方空港をつくらぬように申し入れたりする。あるいは航行援助料も大手エアラインからの収入が大半だから、まずは定期便の管制が優先するのだという奇妙な理屈がまかり通る。

 それならば大手航空会社は自前の資金で空港をつくり、管制官も自分で雇ってはどうか。そんなことができないのは当然だが、特別会計だってあれは税金の形を変えたものである。ただ一般的な税金にするとみんな大蔵省に吸い上げられてしまうので、運輸省の自由がきくように形を変えたのである。そのむかし「どうだ、頭がいいだろう」といって自慢する役人がいた。

 そのうえで運輸省と航空会社が過去半世紀、官僚統制と事業規制の上に立って双方に都合の良い航空政策を進めてきたのである。いまでこそ表向きの看板は規制緩和に書き換えられたが、内実はなかなか変わろうとしない。羽田空港を中心とする規制は依然としてつづいている。運輸省が横田基地の共同使用を取り上げようとしないのも、空港が増えると本当の規制緩和が実現するのを避けようというのかもしれない。

 いかに自由競争といっても、航空会社は無論つぶれたくないし、官僚だって天下り先を確保しておきたい。しかし、そのような考え方をしていない国は世界中に沢山ある。その一例が上に見たアメリカ連邦航空局の報告書にほかならない。

(西川渉、『日本航空新聞』、2001年2月8日付け掲載記事に加筆)

 

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