<緊急提言>

GPS航法システムで早急な安全対策を

 

気象の急変に起因する事故

 一昨24日、トヨタ自動車の社用ヘリコプター、AS365N2双発機が愛知県東部の山中で遭難した。乗っていた8人は全員死亡――まことに傷ましい限りで、弔意のあらわしようもない。

 この事故は、新聞報道で読む限り、天候の急変に遭遇したVFR機の典型的な事故である。1990年8月の宮崎県日向市における旭化成のヘリコプター事故(10人死亡)も、91年8月の但馬路線における阪急航空不定期便の事故(8人死亡)も同様の原因であった。

 このように、比較的好い気象条件で有視界飛行をしていたヘリコプターや軽飛行機が、天候の急変に遭遇して事故を起こす例は決して少なくない。といって単に天候が悪いだけで事故が起きるわけではない。天候が悪くなっても、それなりの準備がしてあれば事故にはつながらない。その準備とは航法システムである。

 天気が良ければ、ヘリコプターや軽飛行機は地上の事物を視認しながら飛行する。悪ければ初めから飛ぶことはない。一方、定期旅客機などは天気が悪いので飛べませんというわけにはいかないから、天候の如何にかかわらず計器飛行をするのが原則である。

 もちろんヘリコプターや軽飛行機も計器飛行の装備は可能であり、そういう装備をした機体も少なくない。そのような機体に、計器飛行の資格を持ったパイロットが乗り組んでいれば、天候が急変してもまず問題はない。

 しかし有視界飛行だけを前提にして、計器飛行装備のない航空機で、資格もない乗員が好天の中を飛んでいるとき、不意に気象状態が悪化したらどうなるか。離陸前には気象情報を取って、これから飛んで行く飛行経路上の天候を予測するのは当然だが、局地的な気象の変化はなかなか予測がむずかしい。そんなとき突然、霧にまかれたりすると、自機の位置、姿勢、飛行の方角などを見失って恐ろしい結果を招来する。

 

カナダ運輸安全委員会の調査と分析

 このことは、かつてカナダの運輸安全委員会が197685年の10年間に起こった国内のジェネラル・アビエーション機の事故原因を実証的に分析した結果によって如実に示された。この調査結果は1990年、A4版200頁を超える膨大な報告書となって公表されている。その一部を示すと次表のようになる。

 

 天候悪化によるカナダの航空事故

事故件数

死亡事故

対 比

死亡者数

重傷者数

全ての事故

天候悪化による事故

5,994

 352

 761

 177

12.7

50.3

1,618

 418

1,031

 105

対   比 

 5.9

 23.3

 ――

 25.8

 10.2

[出所]カナダ運輸安全委員会(CTSB)、199011

 

 この表によると、10年間のあいだにカナダで発生したジェネラル・アビエーションの事故は総数5,994件であった。これはヘリコプターや軽飛行機の事故を対象としたもので、大型旅客機など定期便の事故は含まれていない。

 このうち天候悪化に起因する事故――厳密には有視界気象状態で飛んでいて天候が悪化したことによる事故は352件で、5.9%であった。一見して少ないように見えるかもしれない。

 しかし、死亡事故だけを取り出して見ると、死亡事故の総数が761件、うち天候悪化に起因するものが177件で、その割合は23.3%にはね上がる。同じように死亡者の人数も全体では1,618人だが、そのうち418人、25.8%が天候悪化に起因する事故の死亡者であった。

 見方を変えて、事故総数5,944件中死亡事故は761件で、その割合は12.7%である。ところが天候悪化による事故は352件、うち死亡事故は177件で、ほぼ半数が死亡事故になっている。

 要するに、天候悪化による事故は、絶対数は必ずしも多くないが、いったん起こると死亡事故になりやすい。したがって死亡事故の中に占める天候悪化の事故は割合が大きい。結果として一般航空事故の死者は、4人に1人が天候悪化に起因するものである。

 

 

対策は計器飛行システム

 こうした事態を防ぐにはどうすればいいのか。機体および乗員が計器飛行の準備をすることである。

 今の計器飛行システムは地上の電波を頼りに、管制官の支援を受けながら、一定の飛行経路を飛ばなくてはならない。この方式でヘリコプターや軽飛行機が計器飛行をしようとすると、地上の施設や管制官の人手が膨大なものになり、とても現実的ではない。機体に搭載する機器も決して安くはない。したがってヘリコプターなどは初めから計器飛行を諦め、天候が悪い中を無理に飛ぶようなことはしないのが現状である。

 しかし1990年代に入って、米軍用に開発されたGPS(グローバル・ポジショニング・システム)が完成し、湾岸戦争で威力を発揮した。巡航ミサイルなどの命中精度を上げるのはもちろん、砂漠の中を歩き回る兵員もこれを持っていれば迷子になる心配はない。米国内の留守家族からは、砂漠で闘う兵士に向かってGPS受信機がどんどん送られたそうである。

 それを民間でも流用するようになった。まず漁船にはじまり、次いで「カーナビ」に応用されたが、これは今や大して珍しくもなくなってきた。次はいうまでもなく航空機である。

 GPSの良いところは地上の施設がほとんど要らないことである。航空機には人工衛星から発射される電波を受けるだけの簡単な受信機を搭載すればいい。したがって現用航法機器にくらべると遙かに小さく、軽く、安い。

 しかし車の速度と航空機の速度は違うから、高速の航空機の場合は計算が間に合わずに精度が粗いとか、高度の誤差が大きいなどといわれる。もっとも最近は、こうした問題もどんどん解消しつつある。

FAAのGPS実用化計画

 そこでFAA(米連邦航空局)は、1999年までにGPSを正式の航空用航法装置として実用化するため、次表のようなプログラムをつくり、すでに4年前から作業を開始した。

 

第1段階(199394年)

補助的航法装置として使用

第2段階(199598年) 

補助的かつ主航法装置として使用可

第3段階(1999年以降)

主航法装置として使用を認める

 

 すなわち1993年から2年間はGPSを補助的、参考的な航法装置として使うことを認める。そして95年からは従来の装置を搭載しておく必要はあるが、スィッチを切って、GPSを使うだけでもよい。そして1999年からは従来の装置を取りおろし、GPSだけで航法をしてもいいようにしようという計画である。

 こうしてGPS航法が実現すれば、従来のような高価で人手のかかる地上施設は殆ど不要になる。機上の搭載機器も安くてすむから運航者にとっては経済的である。さらに計器飛行だからといって今のような航空路沿いに飛ばなくても、自由に目的地へ直行することができる。

 このことを去る11月に辞任したデビッド・ヒンソンFAA長官は「フリーフライト」と名づけ、その推進に当たってきた。ついでにいうと、同長官は、やはり同じ時期に辞任したペニア運輸相と組んで、米国のATC(航空交通管制)を民営化しようと考えた。在任中には実現しなかったけれども、その動きはこれからも続いていくであろう。

 それはさておき、GPS航法とヘリコプターとの関係は、昨年夏アトランタで開発されたオリンピックに際して約50機のヘリコプターが参加し、人員輸送、貨物輸送、救急、警備などさまざまな実務につきながら実験飛行をおこない、大きな成果を上げた。

 また1年以上も前から、テネシー州チャタヌガのエルランガー病院を初め、いくつかの病院でGPSを使った計器着陸が認められ、多少の悪天候でも救急飛行ができるようになった。これで多数の救急患者が命を喪くさずにすんだはずである。

 いずれもFAAの積極的な計画推進によるものだが、こうしたGPS航法への移行は、米国だけではない。多くの国で計画が進行しつつある。

 このようにGPSは航空機の運航の安全性を高め、経済性を高めることができる。いつぞや運輸省の幹部が「あれは米軍の軍事施設だから、戦争でも始まればいつ何時使えなくなるかもしれない。FAAは同じ国だからいいけれども、日本としてはそうはゆかない」と語るのを聞いたことがある。

 まるで日米開戦前夜のような考え方には呆れるばかりだが、単に通達や指導、あるいは「天候が悪ければ引っ返せ」といった訓話だけで安全が確保できるはずはない。もっと具体的な対策を実施に移さなければ、トヨタ機のような事故は今後もなくならないであろう。

 

企業の対策と国の対策

 これは今回の事故に限らないが、新聞を読んでいて気になったのは、航空局は何を監督していたのかという論調が多いことである。朝日新聞は「運航規程、民間任せ」という3段の見出しを掲げ、毎日新聞は「社用運航には法的な根拠がなく、運輸省航空局でも正確な実態は把握していない」と書いた。正確な実態を把握して、安全確保のために何をせよというのだろうか。

 もとより、これらの記事には「監督」という言葉は出てこないけれども、何だかバカな民間会社は航空機の飛ばせ方まで役人が監督していないと出鱈目で危険だといわんばかりである。新聞記者が急に役人のような考え方になるのは飼い慣らされた記者クラブのせいかもしれない。

 安全は監督や叱責やお説教だけでは保てないし、個々の社用機や自家用機の実態を正確に把握しようとすると、それだけで役人の数を何倍にも増やさなければなるまい。企業レベルの問題に国家が口出しをしても大した役には立たない。もちろん企業にとって社用ビジネス機の安全は他人(ひと)ごとではない。みずから対策を考えて実行しなければならない。

 今ここで政府がなすべきことは安全確保のための仕組みをつくることである。個々の企業では及ばないような国家的な仕組み――航空管制のあり方を見直し、航法システムの改善などを具体的に実行してゆくことであろう。

 カナダ運輸省の事故分析やFAAのGPS移行計画は、そのヒントにならないだろうか。

97年1月26日深更、西川渉)

「本頁篇」へ) (表紙へ戻る