迅 速 と 公 開

――えひめ丸事故に見る米海軍の危機管理――

 

 

  

 ニューヨークで潜水艦に乗った。といっても、空母イントレピッドを用いた海軍航空博物館の一部として、同じ桟橋に係留してある誘導ミサイル艦グロウラー号である。

 この船は、アメリカが極秘にしている誘導ミサイル潜水艦の中で唯一公開されているもので、甲板の上には飛行機の形をしたミサイルが据え付けられている。

 内部の見学を希望する人は、艦の横に張ってあるテントの中で並ぶことになるが、テントの入り口には壁があって、その穴をくぐり抜けなければ中へ入れない。というのも、潜水艦の中には浸水防止のための隔壁が至るところにあり、艦内の往来はいつも壁の穴をくぐらなくてはならないからである。見学コースだけでも6か所の穴をくぐる必要があるので、この入り口をくぐれない人は見学ができない。その資格審査のための穴であった。

 そんな説明に脅かされて、無理な姿勢を取った挙げ句、ひょっとして背中を痛めたり、脚がつったりするのではないか。最初はこわごわと穴くぐりをしたが、慣れてくると大したことはない。見ていると、若い人などは初めからそんな障害物などは全く気にする様子もなく、ひょいひょいと通り抜けていた。


(この穴をくぐれなければ潜水艦の見学ができない)

 

 テントでは30分ほど並んで待たされた。相当に大きな船だが、艦内がせまいために20人ずつ区切って案内される。一と組が15分ほどかかるから、次の組は前の組が出てくるのを待たねばならない。

 並んでいるうちに、だんだん後方の列が伸びてゆき、テントの壁の穴をくぐってきた人が、係員にあなたは1時間待ちなどと言われている。そうするとたいていの人がへー?というような顔をして、並んでいる人を見回し、それから両手を広げて出て行く。

 やがて順番がくると、若い制服の女性が20人ほどを連れて艦内に入る。入ったすぐの通路の壁際に一列にすわらされ、「皆さんの乗船を歓迎します」というような挨拶があったが、まさかこの女性は本物の水兵ではあるまい。やがて壁の高いところに取りつけられたテレビ画面に、この艦の現役時代の航海ぶりとミサイル発射の瞬間など、数分間のビデオが映し出された。ミサイルは4基搭載で、水中からではなく、水面上からの発射である。

 ビデオが終わると、こちらへどうぞということになり、せまい急な梯子段を下がる。エンジンルーム、海図室、厨房、食堂、水兵の寝床などがある。どれもこれもせまくて、寝床は通路の横に蚕棚のような棚が3段に切ってあり、みんなが交替でもぐりこむ。乗組員は総員88人だそうである。

 シャワー室は直径1m足らずの円筒状で、使えるのは月に1度だけ。食堂もせまくて、一時に20人ずつ食事を摂る。無論アルコール類はなく、唯一の楽しみはアイスクリームだとか。ハワイ沖で実習船えひめ丸にぶつかった原子力潜水艦グリーンビルでは、16人の見学者が艦内で食事をしたようだが、さぞかし窮屈だったであろう。


(人一人が通れるだけの狭い艦内通路)

 

 いくつかの隔壁をくぐって奥へ奥へと入ってゆくと、潜望鏡のある司令室。せまくて、いろんなものがゴチャゴチャしているから、われわれ見学者20人が入ると動き回るのは難しい。そんな状態で、通常の航海をしたり、急浮上をしようとすれば、潜望鏡での監視を半分でやめたくなったり、海図への記入を省略したくなるのは当たり前。えひめ丸への衝突は当然の帰結であった。

 司令室の手前には艦長室。半坪くらいのせまい部屋で大変だろうとは思うが、戦争となればやむをえない。しかし戦争でもないのに、急浮上をやって見せたのはまずかった。

 艦長室の椅子の上には猫が丸くなって眠っていた。むろん模型ではあるが、誰かが「あの猫は、この船の現役中にも乗っていたのか」と質問した。案内の女性は「ただの飾りです」と答えたが、日本では遣唐使の昔から経典を運ぶ船など、ネズミの害を防ぐために猫をのせていた。とはいえ最新鋭の潜水艦では、そんなことはないだろう。

 さらに奥へ入ってゆくと、そこはもう艦の最先端で、魚雷発射室であった。青く光った大きな太い魚雷が何本も並んでいて、不気味である。係員が一時に2本ずつ、続けて毎分何本ずつ発射できますというような説明をしていたが、聞きもらした。

 ここまでで、およそ15分。魚雷室の手前から梯子を上がると出口であった。とにかくせまい。グリーンビルが何人乗りだったかは知らないが、グロウラーの場合は88人の乗組員がそれぞれ仕事をしているところへ16人の見学者が乗りこんできて、艦内を歩き回り、あれこれ質問すれば、どうしても本来の仕事は難しくなるであろう。


(魚雷室)

 ところで、えひめ丸の事故は、このほど査問会議の結論が出た。ワドル艦長の軍法会議は求めず、資格剥奪などの処罰を課するというものである。その是非については、特に遺族の心情を思えば、大いに異論もあろう。

 したがって門外漢の私には、それを論ずる資格はないが、ただひとつ査問会議のニュースを見ていて感じたのは、先ず連続12日間にわたって、途中土・日の休みはあったものの、朝から晩まで聴聞や審査が倦むことなく続けられたということである。しかも第2に、会議にあたっては遺族の傍聴を認めるなど、常に公開されたことである。

 そこには、時間をかけてゆっくりとか、内密に根回しをするとか、しばらく検討と相談の時間を置くとか、そういうことは少なくとも外から見ている限り感じられなかった。戦争のための軍隊だから悠長なことはしていられないということかもしれないが、私は非常にフェアな印象を受けた。

 査問を受ける艦長にも、逃げ隠れはしないという覚悟が見られた。初めのうちはカンカンに怒っていた日本の遺族も、艦長の態度振る舞いに接して、多少とも感情がおさまったというような報道もあった。

 事故は不幸である。起こってはならないことだが、万一起こってしまったあとは、どうすればいいのか。査問会議の結論の是非は別として、そこに至る処理の仕方としては模範的な一例ではなかったかと思う。わずか12日間の間に何もかもが明らかになり、それが公開されたのである。

 そうなると結論の内容もなんだか納得できそうな気がしてくる。これは事故に限らないが、自分が知らないうちに何か物事が決まると、その内容がどんなに良くても、不愉快に感じる人が多い。逆に、決定に至る過程を、その途中で充分に知らされていれば、内容の是非はさておき、それで良いだろうと感じることが多い。

 森首相だって、国民も国会議員も知らないうちに、5人組の密室談合だけで決まってしまった。これでは誰もが反発するのは当然である。一方、今回の自民党総裁選は4人の候補者が公開の場で討論して結論が出ようとしている。

 にもかかわらず、自民党幹部の中にはまだ5人組と同じことをやろうとして失笑を買ったむきもあるが、5人だけの問題ならば5人だけで決めるがよい。しかし、一国の首相選びなどはどう考えても5人だけの問題ではない。

 同じく、えひめ丸の事故も米海軍だけの問題ではない。ソ連の原潜クルスクのように自爆もしくは自沈ならば、一時は騒ぎになるが、査問会議や事故調査が公開されなくても、大きな不満は残らない。しかし、グリーンビルの場合は、外部の被害者が出たうえに、それが日本の船だったから日米両国の関係に影響しかねなかった。

 今この事故によってあまり複雑なこじれや、困難な問題が出ていないのも、査問会議の迅速かつ公開という2大要素によるものといってよいであろう。


(潜水艦グロウラー号の甲板に据えつけられた巡航ミサイル。
左右に翼があって、平面形は飛行機のように見える)

 

 そこで日本ならば、たとえば東京湾における潜水艦「なだしお」と釣り船との衝突事故の処理の仕方はどうだったか――この際は、そういう蛇足はつけ加えないことにするが、迅速かつ公開というアメリカの査問会議のやり方は危機管理という観点から見ても適切ではなかったかと思う。

(西川渉、2001.4.24)

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