FAA『防災ヘリコプター出動マニュアル』を読む――その3

 

 

第4章 通信連絡システム

緊急連絡ネットの確立

 災害発生後の情報の流れは、先ずヘリコプターの出動要請にはじまり、現場への派遣に至るが、これらの情報は関係機関に適切に流されなければならない。

 すなわち災害の発生に際して、その状況を見極めたうえで、このときヘリコプターの出動要請を責任をもって発することができるのは、被災現場にいるコマンドポスト(現場司令塔)1人である。この要請が中央の対策本部にゆき、ヘリコプター出動の指示が出ることになるが、その間の連絡網は図5の通りである。

(ただし、スキャナーの操作がうまくゆかず、今のところ掲載できません。いずれ出来上がったら掲載します)

 このネットワークにおける各部署の役割は次の通りである。

 

コマンドポスト

 災害状況を直接感知し得る現場最前線の司令塔で、防災計画の発動要請はここからはじまる。

 

インシデント・コマンダー

 防災計画の実施について責任を有する個人。この責任者から自治体の適切なスタッフや関係機関に緊急事態に対応する行動や支援の要求が出される。このインシデント・コマンダーまたは派遣部隊の代表責任者が航空機の支援の必要性を判定し、航空運航本部へ災害や緊急事態の内容を通報する。この通報の内容は次の通りである。

1.災害の種類

2.アラート・レベル

3.災害発生の場所

4.救助または緊急搬送を必要とする予想人数

5.派遣が必要なヘリコプターの種類

6.コマンドポストまたは着陸場所の位置

7.できることならば着陸地点の気象状態――風向風速など

8.着陸場所の障害物件の有無

 

 

航空運航センター

 航空運航センターはインシデント・コマンダーからの要求を受け、その内容を判断する。要求の内容によっては現場の司令塔と連絡し、さらに詳しい具体的な要求内容を確認する。

 この運航センターで最終決断を下すセンター長は、ヘリコプターの能力について熟知し、運航上のリスクを承知し、多くのプレッシャーの下で迅速的確な判断を下す能力を持っていなければならない。またセンター長はヘリコプターの出動と現場作業に関して全責任を持つ。

 この場合、運航センターはFAAに対して航空交通管制の支援を要求したり、また空中管制を依頼するか自ら完成を行う。管制官のいる空域では管制官の指示にしたがう。

 加えて運航センターは運航上のさまざまな業務に当たる。これには次のような任務が含まれる。

・外部ヘリコプターの支援要請

・必要とするヘリコプターの種類と機数

・運航予定期間の想定

・飛行任務の優先順位の決定

・ヘリコプターの現場着陸場や駐機場の保安確保

・燃料の手配と給油業務の確保

・地上、空中、病院、駐機場におけるヘリコプター間の調整

・地図、周波数、着陸場、駐機場、障害物、機体番号(登録記号)、乗員名など 所要の情報を掌握し、必要なところへ通知する

 

 現場ヘリポートの案内文書がない場合は、ヘリコプターのパイロットに緯度経度か付近の目じるしを伝える。

 運航センターは既知の情報を把握しているばかりでなく、災害活動の状況をよく見ていて、ヘリコプターのクルー、医療スタッフ、病院、航空交通管制官、現場司令塔などからくる情報を常に受けていなければならない。これらの情報は、災害の詳細が判明してくるのと相まって、その後の救援活動の内容を判断したり、必要性の有無を判断するのに役立つ。

 

FAA/航空交通管制

 現場空域の飛行制限はFAR14CFRパート91.137の規定によっておこなう。米国では災害航空支援に際してよく取られる措置である。

 この臨時の制限措置によって、災害現場の上空を飛行する航空機は安全に救援活動に専念することができる。制限措置の実行に当たっては、その必要性、空域の範囲、期間(日数)などを慎重に検討して決める。

 その上で、最寄りのFAA/ATC機関に要請する。この要請に当たっては、次のような条件を整える必要がある。

1.制限空域の場所と理由

2.予定の制限期間――「次の通知をするまで」という言い方もできる

3.制限高度――災害の種類と内容、風、建物の高さ、航空機数などで決まる

4.救助活動の責任者名

 詳細はFAR 14 CFR パート91.137「一時的飛行制限」に規定されている。

 

コミュニケーション・プラン

 ヘリコプターと災害現場、救援部隊、医療スタッフなどとの直接の連絡は迅速かつ正確でなければならず、最も重要なプランである。

 このプランには、次のような医療情報、任務の割り当て、航空交通管制が含まれる。

 

1.医療情報

 救急患者に関する医療情報は氏名、搬送手段、目的地を含めて、任務終了まで追跡する。また航空本部は医師や看護婦などの医療スタッフ、医薬品、医療器具の輸送も判断する。また、あらかじめ病院のベッドの空き具合を調べておき、患者の搬送先を指令する。

 具体的には次のような事項が含まれる。

@司令塔や航空本部はあらかじめ、医療関係機関――たとえば病院、救急ヘリコ プター、医師、赤十字、ボランティア組織などに警報を発する

A災害現場、被災者のいる場所

B特殊医療器具、患者の状態、輸送手段、空きベッド数

C一時的に容態を安定させ、輸送に耐えられるようになるまでの応急治療の場所

D負傷の程度によっては特別な輸送ケアが必要である。その場合の着陸場所

E航空本部は、患者の容態に応じた受入れ病院、ヘリコプターのETA(到着予 定時間)、空きベッド数、輸送途中のケアの必要性などを掌握する。

F問題点の記録――問題発生の原因と結果などを記録しておく。また写真、ビデオなどの記録を残す。これらは事後の分析と将来の対策に役立つ。

 

2.任務の割り当て

 各機体や乗員に対して飛行任務の割り当て、着陸場所、特殊な救助要件などを指示する。

3.航空交通管制

 ATCはFAAが直接おこなうか、その指示を航空本部が伝達するか、さらに警察ヘリコプターを飛ばして上空からおこなう。いずれにせよFAAの管制機関と空中管制の協力態勢が必要である。

 空中からのATCはごくせまい範囲で、特に災害地の現場上空や着陸場所について管制をする。また病院への飛行経路などを指示する。必要に応じてFAAの管制と調整しながら業務をおこなう。

 FAAの管制は飛行制限区域をNOTAM(Notice to Airman:航空安全情報)で流し、もっと一般的なレベルで救助飛行を支援する。その場合の留意点は次の通りである。

@被災地の現場では誰が管制をするのか明確にする。

A常にFAAと連絡を取る

B現場の位置をはっきりさせるためのランドマーク(地上のめじるし)を教える。

Cできればヘリコプターの救助活動がはじまる前に、飛行ルートを設定して、そ れから飛びはじめる

D着陸場所や駐機場へは、秩序ある流れをつくる。

E被災地へ飛ぶヘリコプターの管制

F飛行制限区域の管制

G被害状況の新たな情報を知り得たときは、それを司令塔へ伝達する

H問題点の記録。

 以上のような連絡網における最大の問題は医療情報、航空通信、地上通信などで、相互に分離され自立した周波数を使って、混信が生じないようにすることである。周波数が干渉すると、必要な情報の交換ができなくなる。

 したがって、さまざまな救助活動を分離して、各任務ごとに別個の周波数を割り当てるべきである。

 そうしておいて現地司令塔と航空センターでは、これらすべての周波数を同時にモニターし、必要に応じて補完的に相互の報告や要求を伝達する。たとえば病院が負傷者でいっぱいになっていて、これ以上の治療はできないとか、現場着陸場がヘリコプターでいっぱいだとか、無線情報によってよく監視しておき、新たな手を打つといったことをしなければならない。

 情報交換の混乱を避けるには、まず文書によって災害救助計画を決めておかなればならない。責任者を明らかにして、情報や報告書の流れを決めておく。

 なお、ダラス・フォトワース地区のHELPプランでは、いくつもの別々の組織や機関から集まってきたヘリコプターを統合的に指揮するのは、その現場における消防隊長であると定めている。ただし緊急事態の内容が暴動のようなときは警察隊長が指揮を執る。

 また各ヘリコプターが入り乱れて空中衝突を起こすのを防ぐために、警察ヘリコプターが上空から航空管制に当たる。そして各ヘリコプターが地上の指揮官の指示にしたがって、安全かつ迅速な救援活動ができるような管制をする。

 空中管制をおこなうヘリコプターのコールサインは「エア・コントロール」。またHELPにしたがって救援活動に従事するヘリコプターは、頭に「ライフセイバー」(救援機)という言葉をつけ、その後に各機の登録記号をつける。たとえばヘリコプターの登録記号がN4792の場合は「ライフセイバー4792」というコールサインになる。

 しかし、患者輸送用の担架を装備していないヘリコプターは「ライフセイバー」をつけず、本来のコールサイン(登録機号)を使用する。あくまでも人命救助がHELPの目的であり、それと他を区別するためである。

 ヘリコプターの管制のための周波数は122.75 MHz、および282.8 MHzとする。また上空のエア・コントロールが現場責任者やグラウンド・コントロールと通信する場合は、各現場ごとに割り当てられた周波数を使う。

 またHELPは「通常は別々の周波数が割り当てられている軍用機と民間機の航空管制を共通の電波でおこなえるようにしておく」ことを求めている。

 

 

第5章 着陸場所

 第5章は被災現場におけるヘリコプターの着陸場所をどのように設営するかを具体的に説明しているが、ここでは省略する。

 内容項目は先の表1に示す通りである。ただし緊急ヘリポートを普段からどのようにして確保しておくかは重要な問題である。

 なおHELPプランでは病院ヘリポートについて次のように定めている。そこにはダラス・フォトワース地区に存在する病院の緊急離着陸場が細大もらさず掲載されている。総数41か所の病院について、専用のヘリポートが存在し標識がつけてあるところと、普段は駐車場などに使われていて、いざというときにヘリコプターを降ろそうというところを区別し、いちいちどういう状態であるかの説明がついている。

 たとえばダラス地区で専用ヘリポートを持つ病院は、あの狙撃されたケネディ大統領が運び込まれたパークランド病院の屋上、メソジスト病院の屋上など7か所で、これらは標識があるために空からも見つけやすい。一方、ふだんは駐車場などに使っていて、いざというときにはヘリコプターを降ろそうという病院はダラス地区だけで23か所が挙げられている。

 また、それぞれに「病院南側の駐車場」「病院から南へ四ブロック離れたところにある教会の駐車場」「病院北東側の道路で、大きなX印がしてあるところ」「病院背後の三エーカーの空き地」「病院の南側にある駐車ビルの屋上」「病院南側の医師専用駐車場」「アパレル・マートの西側駐車場――病院まで車が必要」といった説明が書き込まれている。

 さらに場所を示すだけでなく、パークランド病院については「94年3月、三つ目の新ヘリポートが駐車ビル屋上に開設される予定」とあり、またメソジスト病院の屋上ヘリポートについては「VHF131.45メガヘルツでケアフライトと交信して着陸指示を受けること」などの注意が記されている。ほかに「気象条件が良くなければ不安全」とか「最大荷重15,000ポンドまで」などの注意書きも見られる。

 

 

第6章 計画の発動、演習、事後分析

 以上によって完成したヘリコプター活用計画がペーパープランに終わることなく、魂が入って動き出すのはこの章で説かれている要件が満たされるかどうかにかかっている。

 その第一は訓練である。危機管理の専門家は長年の経験から、危機に対応するための最善の方策は日頃の訓練につきることを知っている。特にヘリコプターのような特殊な機材を使いこなすには、あらかじめテストや訓練を重ね、それに慣れておく必要がある。昔からいわれてきたように「最良の教師は経験」なのである。

「防災ヘリコプター活用計画ができたならば、実際に発動する前に、何度かテストをしてみる必要がある。そして計画のどこに欠点や問題があるかを具体的に見きわめ、その都度修正して、現実的な実効あるものにしなければならない。また、いったん完成したのちも、常に訓練を繰り返し、関係者の身についたものにしてゆく必要がある」

「防災担当者は訓練によって、かなりのことを呑み込むことができる。航空の素人がヘリコプターの運航管理をするのは決して容易なことではない。しかし何度か繰り返して訓練をしていくうちに、航空法規や運航規程に発するさまざまな問題があることを、実地に即して知るようになる。最終的にはパイロットや運航会社の社員と同じような気持ちで、ヘリコプターを使えるようになることが望ましい」

「担当者が有効な訓練を受け、実地に即した経験をするには、現実的なシナリオが必要である。ブリザードの訓練をするには雪の中でおこなう必要がある。6月に冬の訓練をしても、ほとんど役に立たず」畳の上の水練に終わってしまう。

 訓練は時と場所に応じて、さまざまなシナリオが考えられる。地震、台風、洪水、火山噴火、竜巻、航空事故などである。したがって、それぞれの災害に対応する訓練を重ねていく必要がある。

 訓練の実施に当たっては、その「時期と目的をあらかじめ公表し、ヘリコプター運航者にも知らせておくことが重要である。それによって彼らは、自分がどこまでできるのかを実地に知ることができる。不意の訓練は、対応時間を測るのにはよいけれども、全般的な訓練のためにはさほど有効とはいえない」

 またヘリコプターの出動をどのレベルにするかも問題である。レベル3の訓練をするには軍隊の大型ヘリコプターまで出動させなければならない。そうなると費用や時間は大変なものになる。しかし、一度これをやってみると防災計画のすべてが試されるわけだから、どこに欠点があるかを充分に解明することができる。

 レベル2またはレベル1の中規模の訓練も、かなり現実的な訓練である。このレベルでも民間ヘリコプターの出動を要請することになるわけで、お互いに相当の経験をすることができる。また出動要請から現場到着までの対応時間を測ることもできる。

 

 机上の訓練もあり得る。「これは相互の連絡通信訓練である。担当者が電話や無線機によって出動要請、飛行の指示、救援内容の依頼などをするだけでも有効な訓練になる。しかも費用はほとんどかからないし、時間も最小限ですむ。この訓練を正しく実行すれば、非常に大きな価値があろう」

 このようにして防災担当者の習熟度を上げる必要があるのは何故か。それは、災害というのは文字通りの緊急事態であり、一種の戦争状態だからである。すべてが一刻を争って動いているために、ちょっとした判断ミスが大きな失策や二次災害を招く。逆にそうしたミスを恐れて、とっさの決断ができなかったのが、今回の阪神大震災の初動の遅れだったのではないか。担当者が自信をもって判断し、責任者が的確な指示を出すためには、日頃の訓練が必要だったのである。

 防災担当者が、そこまでの訓練を重ねていれば、それを見ている住民もわが町の防災対策に安心するだろうし、いざというときもヘリコプターの救援活動を信頼するようになるであろう。

 ただし、ここで問題なのは、行政上の防災担当者が頻繁に替わることである。せっかく防災計画を熟知し、訓練によって一連の動作が身につき、ヘリコプターにも慣れてきた頃、人事異動がおこなわれる。これでは、いつまでたっても防災担当者は素人のままということになる。このような特殊な知識と経験を必要とする職務は、在任期間について普通の職務とは異なる扱いをする必要があろう。

 こうして訓練を重ね、実戦に臨んだ上で、もうひとつ「重要なことは事後分析である。実際に起こった災害のあと、ヘリコプターに関して生じた問題点を確認し、原因を分析し、対応策を講じることは、その後のヘリコプターの有効利用にとってきわめて大切なことである」

「この調査をおこなうためには、実際に現場の作業にあたった人びとから実状を聞き取ることが大切である。防災担当者はできるだけ多くの人から具体的な問題を聞く必要がある。そして実態を知り、問題点を分析し、防災計画の修正作業をおこなわなければならない」

 そのことによって、いっそう完全な防災計画、ヘリコプター活用計画ができていくであろう。

(西川渉、98.9.7)

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