西 川  渉

(1997年2月28日、日本航空機操縦士協会での講演要旨)








 国際ヘリコプター協会(HAI:Helicopter Association International)の年次大会は、今年2月2日(日)から4日(火)まで、「HELI-EXPO'97」の呼称で、ロサンゼルス南郊のディズニーランドに近いアナハイムで開催されました。この大会は毎年1回、冬のヘリコプター閑散期に開かれるのが常で、今年は数えて49回目。したがって来年の50回目は「ゴールデン・アニバーサリー」として盛大に開催されるもようです。会場は今年と同じアナハイム・コンベンション・センターの予定です。

 今年の開催規模は参会者が12,000人以上、展示団体または企業は400社余り、展示されたヘリコプターは65機前後でした。そのうち10機は近くのアナハイム・スタジアム前の駐車場を臨時のヘリポートにしてデモ飛行――というよりは見込み客の試乗飛行をしていました。

 これらの機種と機数は次表の通りです。もっとも、この表は私自身が展示会場を歩き回って数えた結果ですから、主催者の公式数字といったものではありません

 この表でみる限り、全体の数は屋内展示機を初め、飛行デモ機もモックアップもひっくるめて68機になります。モックアップまで勘定に入れるかどうかは問題ですが、HAI事務局は大会前に展示機はおよそ65機と発表していました。そこで下の表からモックアップを除くとぴったり65機になります。一方『アビエーション・ウィーク』誌は屋内展示が65機、デモ機が10機と報じていましたが、これは多すぎるようです。

 


49回HAI年次大会参加ヘリコプター

機 種
機 数
内 容
ベル
 407
 427
 430
 206B
 206L
 222
 212
 BB609








407の1機は試乗デモ機、1機はロス警察向け3機の1番機。427はモックアップ。 2機の430のうち1機は世界一周記録機。BB609は胴体モックアップ。          
シコルスキー
 S-76B
 S-64


S-64は米エバーグリーン社出展の9トン積みクレーン・ヘリコプター
MDHS
 MD900
 MD600N
 MD520N
 MD500




MD900のうち2機は試乗デモ機。またMD600Nのうち1機は試乗デモ機。
カマン
 K-MAX

   ――
ユーロコプター
 EC120
 EC135
 AS350
 AS355
 AS365N2
 BK117
 ラマ







EC120のうち1機は試乗デモ機、1機はモックアップ。EC135、AS350、AS365のうち各1機は試乗デモ機。
アグスタ
  109パワー

   ――
ロビンソン
 R22
 R44


R44のうち1機は試乗デモ機、1機はフロート装備
シュワイザー
 330
 300


   ――
エンストローム
 F28F
 280FX
 480



   ――
ヒラー
 UH-12E

   ――
ローターウェイ
 EXEC162F

   ――
ULTRA SPORT
 単座型
 複座型


   ――
特殊機
 ベル47B
 ヒラーYH-32
 ヒラーYROE-1
 ベル209 コブラリフター
 ベル204B





YH-32は米陸軍向け試作機。ラムジェットをローター・ブレード先端から噴射する仕組みで、愛称「ホーネット」 。YROE-1は矢張り米陸軍向け試作機で、背中に背負って飛ぶローターサイクル。 ベル209は攻撃ヘリコプターを機外吊り下げ専用機(2,100kg)に改造したもの。価格は90万ドル。204Bはテールブームを延長し、ローターを大きくして205の動力系統を装備する物輸機。
合     計
68   ――

 

(ベル427のモックアップ。稲垣建二氏撮影、Helicopter PARADISEより借用)







ヘリコプター界4つの課題

 さてHAIは今年の総会で、世界のヘリコプター界が当面している問題について、大きく4点の課題を発表しました。その4点に私の見聞や体験をつけ加えてご報告いたします。



(1)空域と離着陸場の問題

 まず「空域と離着陸場の問題」。HAIの英語表現では「Access to Airspace and Landing Sites」――空域と着陸場所へのアクセスは常に自由でなければならないという主張です。問題としている内容は「ヘリコプターの運航は空域も着陸場所も、近年ますます制約を受けるようになってきた。これらの制約はヘリコプターの活用を阻害し、経済的な損失をもたらす」。

 そのためにHAIの主張するところは、ヘリコプターといえども空域や着陸の場所について、空港であろうと未開地であろうと、公正な(フェアな)アクセスを認められるべきである。空港に関しても、1990年の法律に「航空機は種類と用途を問わず、(つまり大型ジェット旅客機であろうと、小型の自家用ヘリコプターであろうと、いかなる航空機も)米国内の公共用の空港には公正かつ平等に乗り入れることができる」と定められている通りとしています。

 このような空港乗り入れに関する問題は、日本では米国よりもはるかにきびしく制約されております。したがって日本の航空界としては、もっと明確にこの問題を認識し、検討の課題として取り上げるべきではないでしょうか。

 また空域に関して、航空当局はその義務を果たすべきである。みずからの機能や権限を放棄して、他の勢力にゆだねるべきではないと主張しております。これはどういうことかといいますと、昨年末フェデリコ・ペーニャ運輸長官が辞任の直前、グランドキャニオン上空の飛行禁止命令に署名したことです。これをジェンセン理事長は「イタチの最後っ屁」といって怒っております。「イタチの最後っ屁」を英語で何というのかなどという質問をされると困りますが、彼にいわせると運輸長官は航空専門家の意見を無視して、単なる政治的な理由だけで署名した。「あのやり方は全くフェアではない。職権の乱用だ(テリブル・ユース・オブ・パワー)」といって、記者会見の席でも大声を上げ、テーブルを叩いておりました。運輸長官は署名をすると、そのままいなくなり、後には悪法が残りました――まさに最後っ屁というべきでしょう。

 グランドキャニオンの遊覧飛行は、かつて低空を飛び過ぎて事故が頻発し、1987年以来SFAR50-2と呼ばれる規則によって上空3,000ft以下の飛行が禁止されてきました。それが今回の新しい規則によって今年5月1日から飛行禁止区域が2倍に拡大、キャニオン地域全体の8割が飛べなくなるのです。

 しかし現在、航空の安全を監視している米国運輸安全委員会(NTSB)も、グランドキャニオン上空が危険とはいっていません。また地上の観光客から騒音の苦情があるといっても、実際は10万人中7〜8人。しかも実態は、ほとんど国立公園管理事務所の職員らが誘導して苦情をいわせている、というのがHAIの主張です。

 さらにジェンセン理事長によると、「FAAはみずからの空域管制権を放棄して、地上の公園管理者に譲ってしまった。このままでは、やがてグランドキャニオン上空1万mをジェット旅客機が飛んでも、公園管理者が騒音の理由をもって通過を拒否するようになるだろう」ということです。

 今後の解決策としては、ジェンセン理事長の提案ですが、アトランタ・オリンピックで使ったようなGPSデータリンク・システムをこの一帯に配備して、ヘリコプターや飛行機の正確な高度、位置、飛行経路などの記録を取り、これらの航空機がいかに正しく騒音回避の飛び方をしているかを明らかにすることです。

 問題はむしろ、これら遊覧飛行以外の上空通過の航空機、軍用機、さらには皮肉なことですが、公園管理事務所がチャーターしているゴミ処理のためのヘリコプターにあるのではないか。地上の観光客を悩ませるような騒音は、これらのヘリコプターによってまき散らされていると主張しています。

 またFAAの姿勢は、この問題の解決策として静かな航空機の開発を急ぐべきだとしています。

 余談ですが、フェデリコ・ペーニャ運輸長官は、グランドキャニオン上空の飛行禁止命令に署名したのち、1月20日クリントン大統領の2期目の就任と同時に辞任しました。辞任の理由は自分自身の意思ということになっていますが、実際は昨年5月に起こったバリュージェットの事故で後の対応を誤ったからではないかというのがもっぱらの噂です。もちろん私はアメリカの政界のことは全く知りませんので、本当のことは分かりませんが、この人は3年9か月間、運輸長官の座にあってクリントン政権の中では重要な立場にありました。

 それでもバリュージェットの事故が起こって、それに対する後始末に失敗した。あるいは事故の直前、同航空の安全に疑問があるというFAA内部の意見を無視して拡大事業計画を容認していた。そんなことから辞任に追い込まれたのではないかというというわけです。一方、事故を起こした会社のトップはそのまま残って、事業を縮小しながらも運航を続け、将来の再起を期している。

 これが日本ならば日航の御巣鷹山の事故に見られたように、社長は責任を取って辞めるけれども、運輸長官や航空局長が辞めるようなことはなかったでしょう。日米の反応が逆であるところが考えさせられるところです。




(2)軍用機の放出

 2番目の課題は、米国防省が軍の余剰ヘリコプターを安く放出しているという問題です。放出量は、米陸軍だけで数年間に3,000機以上という計画で、2〜3年前から始まりました。旧ソ連の放出軍用機も数知れぬほどで、これらの放出機はアジア、ヨーロッパ、北米、南米の至るところで悪影響を及ぼしているそうです。

 そのひとつは安全が損なわれるという問題。軍用機としての耐空性と民間機としての耐空性は別ですから、耐空性基準の異なる機材をそのまま使っていいのか、というのがHAIの主張です。そこで取りあえずの処置として、ジェンセン理事長は放出機の胴体に大きく目立つようなマークを入れるよう要求しています。高さ12インチ(30cm)の文字で「ノンサーティフィケイト」と書くべきだ。「そんな長い文字は書けないというならば4文字でJUNK(がらくた)と書いてはどうか。いや、ジャンクではないというのならば、後に『?』マークをつけるのもいいかもしれない」と皮肉たっぷりに語っています。

 このような放出機を安く買い入れた民間ヘリコプター会社は、制限つき、条件つきの耐空証明で飛ばすことになります。たとえば木材搬出(ロギング)に使うわけですが、これは本来そのヘリコプターが想定して設計されたような仕事ではありません。したがって悲劇的な結果に終わることが多いというのです。 

 もうひとつは、こうした機材が安く放出されるために、新製機が売れなくなる。これは航空工業の産業破壊につながるというのがHAIの主張です。特に最近は米国各地の市、カウンティ、その他の自治体の警察や消防が軍の払い下げ機を使うようになりました。HAI大会の前日に訪ねたロサンゼルス警察でも、最近2機の軍用型ジェットレンジャー、OH-58Aの払い下げを受けたようで、無償で貰ったといって嬉しそうでした。

 HAIとしては、軍の余剰ヘリコプターの放出の結果どんな影響があるか、官民共同で徹底的に調査し、その結論が出るまでは、放出を中断するよう要求しています。

 とはいうものの、そのHAIの今大会の展示者のひとつがアメリカ国防省でした。そのブースの前に立ち止まったところ、すぐに「入札への招待」(インビテーション・フォア・ビッズ)という案内書を手渡され、次の入札は3月5日午後3時が締め切りで、翌日開票する。2月13日からは機体を公開するから実機の点検もできる。何でも3機のUH-1ヘリコプターが入札の対象になっているらしく、前回は16万ドルだったから、それを参考にして、よく検討して貰いたい。日本からはファックスでも入札できるから宜しくというようなことをいわれました。

 HAI自体、ヘリコプターの放出に反対していながら、その主催する会場に反対の対象者が堂々と店開きをして、参会者に放出品の入札を進めているわけで、まことに奇妙な感じがしました。感情的なしこりはないのかどうか。少なくとも私にはよく理解できません。そこのところを聞いてみると、答えは勿論HAIがサープラス・ヘリコプターの放出を望んでいないことは知っているが、「それはそれ、これはこれ」というような返事が返ってきて、さっぱりしたものです。

 どういうふうに解釈したらいいのでしょうか。それぞれ自分の権利は主張するけれども、人の権利もまた認めるということか。それが彼らのいうフェアプレーということでしょうか。私には、まだ分かりません。

 この問題は幸か不幸か、日本では起こっておりません。自衛隊が古い航空機を放出しないからで、むしろ私など、運航会社にいたときはどうせスクラップにするのであれば、安く払い下げて貰いたいと考えたものです。中古機だから不安全とは限りません。それをうまく安全に使いこなすことができるかどうかは、運航会社の実力によるものだなどという自負もあって、貧乏なわれわれはよく中古機をアメリカまで買いにゆきました。最近も中古機の取引は盛んなようですが、米軍の払い下げ機を買って来るという度胸のある会社が日本にもあるのかどうか、私は聞いたことはありません。しかし、そういう選択肢があっても悪くはないでしょう。

 もともと自衛隊は払い下げをする気はないようです。法律か何かで禁じられているのかどうかよく知りませんが、仮にアメリカのようにタダ同然で警察や消防に払い下げようとしても、日本の警察は自衛隊のお古なんぞ使えるものかと言うそうです。その話を聞いて、納税者としてはいささか複雑な気持ちになりました。払い下げによって、国または自治体の経費が少しでも節約になるならば、それはそれでいいことではないかと思います。

 とはいえメーカーや商社の立場からすれば、HAIと同じように航空機産業を破壊に導くという論議にもなるわけです。したがって、この辺りの論議は立場によって全く反対の結論になるわけで、どちらか一方に軍配を上げるのはなかなか難しいような気がします。

(注――講演のあと、ある警察のパイロットから、自衛隊が払い下げをするならば自分たちは受け入れる用意があると言われた。このあたりの問題は防衛庁、警察庁、消防庁、運輸省など、関係機関の間で早急に検討する必要があるのではないだろうか)


(3)政府機関による民間市場の侵害

 いささか激しい言葉使いですが、この問題は民間企業で可能な産品やサービスを、政府機関が横取りするのは不合理という主張です。その結果は、政府みずからを含めて、すべての人びとに損失をもたらす。というのは、民間企業が利益を上げられなければ政府の税収が減る。すると、税金で成り立っている政府の存続基盤が危うくなるというわけです。

 HAIとしては、政府による公共事業の必要性は認める。しかし本来、いかなる場面でも民間企業を最大限に活用すべきだということを強く要望しています。アメリカでは政府が民間企業と競合することは法律によって禁じられているそうです。したがってHAIは、公共機関の航空機がサービスを提供して何らかの補填や弁済を受けることには強く反対しています。

 具体的には何かといいますと、最大の問題はヘリコプター救急です。ご承知のように米国では、ヘリコプター救急は主として民間事業会社が病院との契約によって飛んでいます。そのような救急専用の民間ヘリコプターは全米で350機くらいです。

 しかし、そのほかに警察ヘリコプターの中にも救急任務に当たっているものがあります。何故か消防ヘリコプターではありませんが、その救急装備をした警察ヘリコプターが100機くらい飛んでいる。それが市場侵害というのがHAIの言い分で、そういうところも民間ヘリコプター会社にまかせるべきだというのです。

 しかも、第2の問題にあったように、警察が軍の無償の放出ヘリコプターで救急搬送をするとすれば、これは運航会社の権利を侵害しているばかりでなく、メーカーのチャンスをも奪っていることになります。

「この行為は納税者にお返しをするつもりかもしれないが、実は納税者に損害を与えている」。むしろ民間企業に仕事をさせて利益を上げさせ、それだけ多くの税金を取る方がいいではないかというのが、HAIのジェンセン理事長の論法です。

 いまや戦闘機だってリースでゆこうかという時代です。オーストラリア空軍は戦闘機の格闘訓練の際の救難ヘリコプター数機をロイド・ヘリコプター社からチャーターしているし、イギリス海軍は北海の警備と捜索救難をやはり民間ヘリコプターに委託しています。

 日本では、いつの間にか救急飛行は自治省消防庁が担当することになりました。それ自体問題ですが、もっと問題なのは、自分で担当するといいながらいっこうに実行しないことです。すでに阪神大震災から2年が過ぎ去り、総務庁主催の各省庁担当者と専門家から成る検討委員会で消防庁という結論が出てから1年。机上の空論は未だに続いていて、まだ何にも手が着いていないのが日本のヘリコプター救急の実態です。東京直下型地震はいつ起こってもおかしくないと言われているのに、政府はまたしても阪神大震災の二の舞を演ずるつもりでしょうか。

rescue helicopter




(4)ヘリコプター専用航空路の設定

 米国では今、全米にヘリコプター専用航空路を設定する計画が進んでおります。そのための下準備として、昨年夏のアトランタ・オリンピックでGPSを使った大規模な運航実験がおこなわれたことはご存知の通りです。その結果をまとめた報告書が今大会で公表されるかと思っていましたが、間に合わなかったのかどうか、出ませんでした。しかし間もなく公表されるでしょう。

 それに関連して国防省のブースで「ロー・アルティチュード・ルート・マップ」を見かけましたので、質問をしてみました。これまでの私の理解は、当面ロサンゼルスとかニューヨークを中心とする東海岸地帯(ノースイースト・コリダー)、あるいはメキシコ湾沿岸などに局地的な航空路をつくるのかと思っていました。ところが、そうではなくて全米に張り巡らすのだといって見せてくれたのがこの地図です。

 ただし、これはまだ計画図でして、実際の航空路になるのは2〜3年後だそうですが、とにかく広大な米国土に網の目のように、低高度のヘリコプター専用航空路を設けようというわけで、アメリカ政府の並々ならぬ意欲が感じられました。

 なお、この地図は展示用の地図で、会場には一部しか置いてなかったのですが、私が余り熱心に、というよりも執拗に質問したせいか、説明してくれた国防省の職員も「誰にもいうなよ」と言って片目をつぶりながら、小さく折りたたんで私のポケットに入れてくれました。したがって、この地図には、ご覧の通り「展示用――持ち出し禁止」というスタンプが押してあります。

 
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