<ヘリエクスポ2005>

パラパブリック機を見る

 

 近頃よく「パラパブリック」という文字を目にする。航空の世界は軍事分野と民間分野に大別されるが、民間分野をさらに分け、警察、消防、あるいはアメリカの国境警備、麻薬取締、テロ対策などの飛行をひとまとめにしてパラパブリックというらしい。日本ならば海上保安庁も入るであろう。

 つまりパラパブリックとは、政府や自治体の公的機関による緊急飛行任務のことである。もっとも、その中に救急飛行が入るかどうかはよく分からない。世界のほとんどの国で、民間ヘリコプター会社による運航が多いからだろうが、ここでは救急機も含めて、ヘリエクスポ2005の会場に展示されたパラパブリック機を見てゆくことにしよう。

シェリフとポリス

 パラパブリックの代表は警察である。去る2月6〜8日の3日間、ロサンゼルス南郊のアナハイムで開催されたヘリコプターショーでも、さまざまな警察機が見られた。

 最も大きいのはロサンゼルス・カウンティのシコルスキーS-61(写真P2080017)。西部劇などに出てくるシェリフ、日本語で保安官と訳されるが、いわば郡警察の運航する機体である。ちなみにポリスとは都市警察のことで、たとえばロサンゼルスの市警はポリス、郡警はシェリフという。 

 もっとも郡とはいえ、ロサンゼルス・カウンティは非常に広い。しかも海があったり、砂漠があったり、標高2,000m級の山もあって、気温と高度の変化が激しい。そうしたさまざまな条件に適合しながら、防犯任務や捜索救助にあたり、警察部隊や資機材を緊急搬送するには、やはりこれくらいの大型機が必要なのであろう。だが、ロサンゼルス・シェリフは小型機も保有する。会場には下写真のようにAS350Dが展示されていた。


ロサンゼルス・カウンティのAS350D

 もうひとつ同じように見えるのは、隣接するオレンジ・カウンティのAS350B2(下の写真)。その引渡しのセレモニーが展示会場でおこなわれた。オレンジ郡はジョン・ウェインの故郷で、その中心にあるのはジョン・ウェイン空港。ヘリコプターにも、この西部劇のヒーローの顔がロゴマークのように描かれている。こうしたAS350は現在、米国各地の警察で50機ほど使われている。


オレンジカウンティの警察に引渡されたAS350B2


オレンジカウンティ機の胴体に描かれたジョンウェイン

ロビンソン小型警察機

 タービン機に対して、ロビンソン社は安価で手軽な小型ピストン機R44ポリス(写真P2080013)を提案している。小さいながら所要のサーチライト、赤外線暗視装置、通信機器、拡声器などをそなえ、警察官をのせて交通整理、犯罪捜査、犯人追跡などをおこなう。運航費が安く、騒音も少ないから、パトカーのように四六時中パトヘリとして飛ぶのにも適するであろう。ちなみにロサンゼルス市警は1日24時間、常に2〜3機のヘリコプターを空に上げている。


ロビンソン小型警察機

クレーン機とファイアキング

 次は消防機である。最近は日本でも山火事が増えたように思われる。山火事の原因は熱波や落雷などの気象条件によるばかりでなく、山に入る人の公徳心の低下が大きいのではないだろうか。異常気象の所為にする向きが多いが、わずか何十年ほどで火事が急増するほどの変化があったとは思えない。

 原因はともかくとして、アメリカでは夏の火災シーズンになると、大規模な林野火災が発生する。欧州でも夏の地中海沿岸に多く、南フランスやイタリアの被害が大きい。

 そのイタリアに引渡されたのがS-64である。元来はシコルスキー社が開発した大型クレーン・ヘリコプターだが、その製造販売権をエリクソン社が買い取って、生産している。この緑色の巨体を、イタリアの森林公社は4機発注しており、下の写真はヘリエクスポの会場で引渡された2番機である。


イタリアに送り出される森林消火用のS-64

 水の搭載量はちょうど10トン。これを1分ほどで吸い上げ、火災現場に投下する。高層ビルの火事に対しては、機首前方に突き出したノズルから放水する。また水タンクを外せば、胴体部分は何にもなくなり、身軽になって木材搬出に使うこともできる。これがクレーン機本来の使い方である。

 下の写真「ファイアキング」も、旧S-61Nをカーソン社が改修再生したもの。胴体を1.25mほど短縮して自重を減らし、主ローター・ブレードを複合材に改めた。これでペイロードが1トン近く増加、速度も27q/hほど速くなった。

 消防装備は胴体下面に3.7トンの水タンクと長さ3.6mのシュノーケルがつき、機内には容積110リッターの泡タンク。ホースの先にはポンプがあって、深さ30センチ足らずの水たまりから28秒で3.7トンの水を吸い上げる。

 操縦席には、これらの装置を操作するために、水量計のほかタンクの「ドア開放」や「泡ポンプ・オン」などのスイッチがついている。放水量を加減することも可能。

 機内には15人の消防士が同乗できる。これがクレーン機と異なるところで、火災現場に迅速に飛んでゆける。ファイアキングの最大ペイロードは5トン、最大離陸重量は10トンで、巡航速度240q/h。この夏の火災シーズンまでに、カーソン社は5機を完成させる予定。


シコルスキーS-61を改修した消防機「ファイアキング」

ファイアホークで人命救助も

 もう一つのシコルスキー消防機はS-70ファイアホークである。1年前のヘリエクスポでロサンゼルス・カウンティ消防局(LAFD)が2機を発注したと発表されたが、今回はその1機が展示された。胴体下面に3.7トン入りの水タンクを持ち、シュノーケルで1分以内に水を吸い込む。キャビン内部には消防士をのせて現場へ送りこむ。このファイアホークを、LAFDは最近1機追加発注した。3機にする計画。

 なお、ファイアホークは去る1月10日、カリフォルニア南部の洪水に際して、土砂降りの雨の中で、10時間余の間に24回の出動をして38人を救助した。この間、乗員は交替なしで救助活動を続けたという。


ロサンゼルス・カウンティのファイアホーク

 上の写真MDエクスプローラーは、グランド・キャニオン国立公園の機体。といっても同じ公園内で遊覧飛行をしているパピヨン航空からチャーターしたもので、主な任務は消防、捜索、救難、救急など、緊急時の多用途機である。パピヨン航空はラスベガスの町の中でも、AS350でネオンの海を見下ろす夜の遊覧飛行をしている。

ベル429とアグスタ・グランド

 救急機では、新しく披露されたベル429が注目された。昨年のヘリエクスポで発表された427IFRを設計変更して、ひと回り大きな機体に発展させ、使い勝手を改善したもの。用途はさまざまに考えられるが、救急機としてはストレッチャー2人分と医療スタッフ2人の搭載が可能。特に胴体後部のドアには腕木がついて単なる貝殻ドアよりも大きく開き、ストレッチャーの積みおろしが楽にできる。すでに救急機として15機を受注した。

 ベル429は総重量3,175kg。日本のドクターヘリに使われているEC135(総重量2,835kg)やMD902(2,950kg)よりも大きく、BK117(3,350kg)より小さい。エンジンはPW207(1,100shp)が2基で、この出力は現用3機種よりもかなり大きい。初飛行は2006年初め、引渡し開始は2007年なかばの予定で、総数90機余の注文を受けている。

 アグスタウェストランド社も新しい救急機A109Sグランドのモックアップを展示した。機内は広くて患者2人分のストレッチャーを搭載、右舷上部にはホイストをつけて吊り上げ救助もできる。総重量はベル429と同じ3,175kg。


アグスタ・グランド

 救急ヘリコプターとしてよく売れているのは、ユーロコプター機である。とりわけEC135は昨年60機を生産したが、その3分の2が救急用であった。今年は2割増の72機を生産する計画。米国内でも需要が多く、110機の救急ヘリコプターを運航しているCJシステム・グループは昨年10機のEC135を発注した。同社は現在80ヵ所の病院にヘリコプターを配備している。

 ユーロコプター救急機の中ではEC145の需要も多い。昨年は59機が生産された。救急機としては、搭載量が大きいために豊富な医療機器を装備、患者2人を載せて長距離を飛ぶことができる。

 また5人乗りのEC120単発タービン機はターボメカ・アリウス2Fエンジンを装備して、227q/hの高速飛行性能と最大4時間余、730kmの航続性能を持つ。そのうえ650kg近い吊上げ能力を有し、乗り心地も快適。アメリカでは本土安全保障省(DHS)が55機を発注し、フィラデルフィア工場で最終組立ての準備が進んでいる。

エンストロームの不満

 エンストローム社はヘリエクスポでの記者会見で、米本土安全保障省(DHS)がユーロコプターEC120を採用し、エンストローム480Bをしりぞけたことについて不満を表明した。エンストローム社によれば、モデル480B単発タービン機はDHSの要求事項にすべて適合しているという。

 選択装備品の一部、FAAの型式証明を取っていないものがあるが、いつでも取れることで、さほどの問題ではない。すでに型式証明取得の準備を進めていたところで、その中にはローターブレーキ、赤外線カメラ・マウント、夜間暗視装置の取りつけ、あるいは左右どちらの席でも操縦可能とすることなどが含まれる。

 エンストローム社は昨年23機を生産、前年は17機であった。今年は32機の計画である。

パラパブリック機は発展するが

 以上、パラパブリックだけを見てきたが、世界の民間ヘリコプターは今、どのような状態にあるのだろうか。ヘリエクスポの主催者、国際ヘリコプター協会(HAI)の2004年5月の調査によると、ヘリコプター事業の収入源は世界的に見て、53%が石油および天然ガスの開発支援飛行であった。次いで23%が救急飛行である。

 ところが日本は、この両分野の事業がきわめて少ない。総収入の4分の3を占めるべき仕事がほとんどないのだから、苦しいのは当然であろう。かつては、それに代わるものとして農薬散布や物資輸送があった。しかし最近はどんどん減っている。

 他方、原油価格は異常に高騰してきた。そうなると世界各地の海底油田の開発が活発になる。現に最近は、そのための大型ヘリコプターが売れ始めた。しかし、わが大陸棚には原油の埋蔵がほとんど期待できない。

 多少の期待があったサハリンはロシアのものになり、その石油開発にはロシアのヘリコプターが飛んでいる。尖閣諸島の石油も、いつの間にか中国が手を着け、わが方は歴史上の主張を繰り返すのみ。ヘリコプターを使うかどうかはともかく、抗議ばかりしていないで、中国のようにさっさと開発に着手したらどうなのか。

 かくて、日本の民間ヘリコプター界は上に見たようなパラパブリックばかりが盛んになり、事業分野は寂しい状態が続いている。無論パラパブリックは国民の生命と財産を守る重要な仕事で、ヘリコプターの最も得意とする任務である。しかし、それだけでヘリコプター界の健全な発展はあり得ない。

 軍用機やパラパブリック機の発展は、実は戦争や災害や犯罪の増加に伴うもので、必ずしも喜ぶべきことばかりではない。そんな矛盾した気持ちを抱きながら、ヘリエクスポの会場を見て歩いたことだった。

(西川 渉、『ヘリコプタージャパン』2005年3月号掲載に加筆)

 

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