<米陸軍航空博物館>

廃棄された超大型ヘリコプター

 

 米アラバマ州フォトラッカーの陸軍航空博物館に長年にわたって展示されてきたボーイング・バートルXCH-62ヘリコプターが最近、廃棄処分になったらしい。1970年代初め、米陸軍の巨人輸送機として試作され、初飛行の直前に計画中止となった超大型タンデム・ローター機HLHである。

 この世に1機しかない歴史上の遺産だったはずだが、何故そんなことをするのか。多くの航空関係者の疑問に対して、博物館側は「このヘリコプターは結局飛ばなかった。不完全な構想から生まれた模型であり、アイディアの抜け殻にすぎない」

「構造的にも未完成で、電気系統の配線もなく、ローターヘッドは片方しか出来ていなかった。ブレードもそろっていなかったし、トランスミッション系統もなかった。上部構造もなく、内装もしてなかった。したがって、この物体は、どこから見ても航空機などと呼べるような代物ではなく、歴史的な意義もない」という理由を挙げている。

「外観は一見して、完成機のようにみえるけれど、実はベニヤ板や合成材を組み合わせただけで、完成後のイメージを示したものにすぎない。純粋主義者の中には、小さな破片の一つひとつに至るまで、航空機の部品ならば何もかも保存しておくべきだと主張するむきもあるが、本当のコレクションというものはそんなものではない」

「博物館の財源にも限度がある。それを有効に使うには、技術的、歴史的に意義のあるものに当てるべきで、この博物館にもそういうものは多数保存されている。それらは航空機として完成し、試験飛行をおこない、ロータークラフト技術の発展に貢献したものである」

「他方、このXCH-62の試作品は20年以上にわたって風雨にさらされたため外板は腐食し、別の場所へ移動することさえできない状態になってしまった。もはや、これ以上の費用を当てることはできない。これは無論、米陸軍のものである。したがって陸軍の財産処理の規則にしたがって、今回処分されたものである。決して、博物館だけで、単に予算がないという理由だけで廃棄処分にしたわけではない」

「これで品物はなくなったが、XCH-62に関する膨大な文書は、歴史的な資料として残してある。本機の開発の跡をたどるには、この文書だけで充分である。本機の研究開発はすべて陸軍の予算でなされた。外部の寄付や献金を仰いだわけではない。計画中止のときにも、それまでにかかった費用は全て支払ってある。したがって、これは陸軍の財産であった」


打ち砕かれたXCH-62

 これに対して、ある人はやむを得ないこととしながら、それにしてもこの陸軍航空博物館は資金不足で新旧2つの格納庫があるが、古い方は今にも崩れ落ちそうで危険な状態にあると指摘している。XCH-62も同様で、今年初めに見たときは至るところボロボロだったらしい。廃棄処分になってもおかしくないと述べている。

 しかし別の人は、処分する前に何らかの形で社会に呼びかけるべきではなかったかという。そうすれば誰かが名乗り出て、せめて運搬費用くらいは負担し、たとえばペンシルバニア州ウェストチェスターのヘリコプター博物館まで移送できたのではないか。そうすれば、そこでまた新たな保存の方法が見つかったのではないか。この人は昔、HLHの開発作業にたずさわっていた人らしく、歴史上の貴重な経験が永久に失われたと嘆いている。

 さらに別の人はワシントンのスミソニアン博物館ならば、この米国最大のヘリコプターを大きな格納庫に収納できるはずで、軍のお偉方が歴史的な遺産になぜ価値を見いだすことができないのかと怒っている。


ありし日のXCH-62

 博物館や陸軍としては、このXCH-62が先ず航空機ではないというのである。したがって航空博物館に保存するだけの価値はない。そんな、価値のない自分の財産を自分で処分しただけのことで、不当なことをしたわけではないと言いたいのであろう。

 しかし本音のところは、図体が大きいだけに、腐食が進んだからといって屋内に入れることもできず、費用もかかる。これ以上は持ちきれないといったところであろう。

 私自身も昔、ボーイング・バートル社の工場でこの巨体を見たことがある。また、ひと月ほど前に書いた米陸軍の新しい大型輸送用VTOL機の研究開発にかかわる記事の中で、このHLHに触れたばかりであった。

 ここで何をいう資格も権利もないが、いささか残念な気もする。

(西川 渉、2005.11.20)

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