政府刊行物に見る日本の防災計画

西 川  渉

(『航空情報』96年10月号所載)
阪神大震災から1年半、2度目の防災の日を迎えようとしている今、日本の防災計画はどこまで進み、どこまで進んでいないか。その現況について、関係省庁の公刊している刊行物を見ながら、主としてヘリコプターの観点から対策の進展ぶりを検証してみたい。果たして、われわれ国民の生命・財産は護られているのだろうか。

早くも薄れる阪神の記憶
 政府刊行物に目を通す前に、先日ちょっとした出来事があった。それは勤務先の先輩の話だが、この人はすでに会社役員などの日常勤務を退いて、自分の住んでいる町でボランティア活動をしている。その活動の中で、かねて市役所から震災の際には住民どうしの助け合いが大切であるとして、その準備を求められていた。
 ところが助け合いといってもどうすればいいのか、防災器具を買うにしても費用は誰が負担するのか、そもそも老人ばかりでどのようにして人命救助や消火作業をすればいいのか。何か事があった場合は、他人(ひと)様を助けるどころか、自分が生き延びるだけでも精一杯ではないか。いったい何ができるのか、はなはだ疑問である。
 そんなことを私に言われたので、こちらからはヘリコプターによる消火や救急の話題を持ち出し、しかし日本ではほとんどおこなわれていないのが残念という話をした。
 それを聞いて、わが先輩は早速ご自分の住む市役所へ、ヘリコプターによる救援活動について訊きに行ったらしい。後になって電話をもらったところでは、何の具体策もなかった。そこで、他所(よそ)はどうかと思って、同じことを隣町の市役所へ訊きに行った。結果はやはり同じで、取りつく島もない。おまけに防災担当の職員からは、震災が起これば自分たちも被災者になる。出勤できるかどうかも分からないといわれたそうである。
 いったい全体、日本はどうなっておるのか。どこか狂ってしまったのではないかというのが、腹立ちまぎれに私へかけてきた先輩からの電話である。まことに、その通りであろう。阪神大震災で露呈したように、日本の防災態勢は、危機管理などという立派な言葉を使わなくても、すっかり崩れ去ってしまった。あるいは、もともとなかったのかもしれぬが、それならば教訓が生かされなければならないはず。1年半にして教訓どころか、早くも記憶が薄れてかけてきたのではないかと思われるのである。
 私の先輩が住んでいる県でも、調べてみると防災ヘリコプター2機を保有する。けれども市役所の防災担当者はヘリコプターのことなど考えてみたこともないらしい。誰がどのように使うのか。防災計画の中に組みこまれてはいないのか。まことに心もとない限りである。
 もとよりヘリコプターを使わぬからといって、防災意識が低いとか防災準備が不十分とか、そんな短絡的なことを言うつもりはない。けれども当面、何か有効な手段があるならばともかく、市役所の防災担当者ですら打つ手を持たず、開き直らざるを得ないありさまなのである。
 もちろん自ら被災者になり、わが家が押しつぶされ、家族が怪我をすれば、それでも出勤せよとはいえないであろう。しかし、だからこそ被害のなかった近隣地域から救援に駆けつける必要がある。それには、救急車や消防車はもちろん、ヘリコプターが必要なことは阪神大震災でとっくに実証されたことである。

防災憲法はヘリコプターを無視
 まず取り上げるべきは、あらゆる災害対策の基本となる『防災基本計画』である。総理大臣を議長とする中央防災会議が、阪神大震災から半年間で旧来の計画を見直し、昨年7月に公表した。
 その内容とヘリコプターとの関連は計画公表の直後、ほかのところでも書いたので、ここでは簡単に触れるだけにしたい。先に結論をいうならば被災現場での直接救援活動にはヘリコプターを使わないということである。
 本書の中の「震災対策編」を見ると、災害応急対策として、情報の収集、災害対策本部への職員の参集、緊急輸送の3点にはヘリコプターを使うけれども、肝腎の「救助・救急、医療及び消火活動」には、ヘリコプターの「ヘ」の字も出てこない。それどころか「住民および自主防災組織は、自発的に被災者の救助・救急活動を行う」とか「住民および自主防災組織等は、自発的に初期消火活動を行うとともに、消防機関に協力するよう努めるものとする」などと書いてある。
 してみると、冒頭のわが先輩に求められていたのは、自発的な行動だったのである。市役所の職員も、おそらくはこの防災基本計画に忠実に従っていたのであって、ヘリコプターなんぞは考えないというよりも、考えてはいけなかったのである。他人に頼らず、老人であろうと子どもであろうと自力で脱出し、生きのびなければならないのである。
 実際は、そうした個々人の努力には限界があるからこそ組織力と技術力を使った対策が必要なのであり、そのための最速、最良の手段がヘリコプターではないかと思うのだが、そんな考え方は基本計画の採るところではない。
 しかし、そうなると、この計画はわが国の“防災憲法”とでもいうべきものだから、それにもとづいてつくられる全国の「地域防災計画」も同じような方針にならざるを得ない。結局、ヘリコプターは全国どこでも人命救助や消防には使われず、住民は自分だけで生命と財産を守らなければならなくなったのである。

山火事には使うけれど
 同じような考え方に立つのが『消防白書』である。昨年12月に発行された直後、私は期待に胸ふくらませて本書を読んだが、結果は失望させられただけであった。
 いうまでもなく消防庁は消防と救急の大元締めであり、防災問題の最先端を突き進むはずの役所である。本書でも冒頭大きく阪神・淡路大震災が取り上げられ、災害の状況、消防庁の対応、今後の課題などが論じられている。
 しかし、これからの対応策の中で、ヘリコプターに関しては、むしろ否定的な見解が取られている。すなわち「建物火災については、屋根にさえぎられ火面に有効に水がかからず、十分な消火活動が期待できないことなどから、ヘリコプターによる空中消火は実施されていないのが現状」である、と。
 この議論は震災直後、繰り返し聞かされたところで、おそらく多くの人が納得できなかったにちがいない。それを震災から1年近くを経た白書にも書くほどだから、これはもはや消防庁の信念ともいうべき基本理念であろう。これからは、屋根のある建物は万一火がついても、消防車が来るのを待つほかはなくなったのである。
 いつぞや、これは消防庁というわけではないが、霞ヶ関のある担当者が「自分の目の黒いうちは、絶対にヘリコプター消防はやらせない」と発言したという話を聞いた。それが本当ならばまことに恐ろしい話で、彼らにとっては国家も国民も防災もないらしい。ひとり自分の面子と権力の誇示だけが大事なのである。
 したがって白書もまた、ヘリコプター消防を無視し、言外に絶対にやらせないといわんばかりである。「消防の科学技術の研究」という章を見ても、阪神大震災の被害調査の結果として、たとえば「少量水による大火災の延焼阻止技術の開発」、「可搬式動力ポンプによる長距離送水技術の開発」を研究するとなっている。
 たしかに、あのときは水道が破断して水がほとんど出なかった。そのため数キロの区間で神戸港の水を引くことになった。しかし咄嗟のことで、応援部隊との間で消防ホースの規格が合わないなど、なかなかうまくゆかなかった。その点の改善をはかろうというのがここに掲げられた研究課題であろう。
 しかし、素人の私から見ても、ホースを何キロもつなぐよりは、ヘリコプターで大バケツに水を汲んできた方が早いだろうし、少量の水で火を消すには消火剤を混ぜればいいのではないか。消火剤の混入だけで水の消火効果は何倍にも高められるはずで、現に日頃からおこなわれている方法である。そういえば消火剤は人体に有毒だから市街地の火災には使わないというのが、震災当時の政府見解であった。この研究も、それを受け継いだのかもしれない。
 とはいえ、何も少量水や長距離送水の研究をするなというのではない。それに加えて「ヘリコプターによる空中消火技術の開発」といった1項目を入れてはどうかと思うのである。
 その一方で、本書にはヘリコプターによる消火活動の実績が立派な表になって掲げてある。それは表1の通り、平成6年は51件もの空中消火がおこなわれた。実はこれ、すべて林野火災を対象とするものばかりで、林野火災であれば「ヘリコプターによる偵察及び空中消火は極めて効果的である」と説明されている。
 つまり、山火事にはヘリコプターを使うけれども、都市火災には使わないというのが消防庁の基本方針らしい。とすれば、なぜヘリコプターの配備先を県庁所在地や政令指定都市といった大都会にばかり置いておくのか。そのうえヘリコプターの数だけは、どんどん増えていくのも不思議である。山火事の発生が増えているのだろうか。
表1 空中消火の実施状況

60
61
62
63
実施件数
26
36
35
39
19
16
10
23
33
51

[出所]消防白書(平成7年版)

 平成7年度の増加は10機余りで、全国の消防・防災ヘリコプターは表2の通り、40機を越えるに至った。2年後には全県配備が完成するというが、このような現実の動きと『消防白書』の内容を考え合わせても、私には得心がいかない。


表2 消防・防災/警察ヘリコプターの機種別配備機数

機 種
消防・防災機
警察機
合 計
[注]この表は筆者自身が7月
16日現在の機数を数えたもの
で、当局の公式数値とはやや
異なるかもしれない。しかし
概数としては間違いないであ
ろう。
AS365
AS332
A109
B206B
B206L
B204B
B222
B412
KV107
BK117
S-76
19

――
――
――

――

――
12



27
29
――

10


24


27
29


18

15
合 計
44
87
131

立派な緊急提言は出されたが
 次に救急問題を見てみよう。阪神大震災では、少なくとも当初の3日間は43,000人を越える負傷者に対して、ほとんど救急医療の決め手がなく、6,300人余の犠牲者を出すに至った。
 今年5月に発行された『厚生白書』では、「発災直後から2〜3日間の初期救急医療については、被災地内の医療機関の診療活動に加え……被災地外からの応援……によって確保された」とあり、1月23日には現地対策本部を設置して「迅速な情報収集や地元自治体との円滑な連絡体制を確保し、その活動を支援しながら災害応急対策等を実施した」と書いてある。
 たしかに現場の医師や看護婦など個々人の献身ぶりには頭が下がるが、国民の健康と医療をあずかる厚生省の救急システムとして、確保とか円滑といった表現が使えるような状態だったのだろうか。なにしろ1年前に同じような地震に見舞われたロサンゼルスでは、もとよりさまざまな条件が異なるとはいえ、犠牲者は阪神の100分の1以下、58人だったのである。
 阪神大震災から3か月も経たない4月8日、名古屋で開かれた日本医学会総会では「阪神大震災に学ぶ」と題する緊急シンポジウムがおこなわれた。多数の医師が現場での生々しい治療体験を報告したが、問題になったのは患者の搬送が十分にできなかったことで、「ヘリコプターがもっと使われていれば、もっと多くの人が救われたのではないか」という意見が多かった。
 そこで厚生省は同月「阪神・淡路大震災を契機とした災害医療体制のあり方に関する研究会」を発足させ、翌5月には「震災時の医療対策に関する緊急提言」を取りまとめた。その9項目のひとつがヘリコプターに関するもので、表3のような内容となっている。
 なるほど立派な提言である。しかし提言から1年余を経て、ここにあるような緊急医療用のヘリコプター搬送システムが“構築”されただろうか。提言を受けて実行に移すべきは誰なのか。ヘリコプター以外の8項目の提言は実現したのだろうか。それとも緊急提言とは犬の遠吠えのように、宙に向かって吠えるだけのことだったのか。
表3 震災時の医療対策に関する緊急提言

1 災害医療情報システムの確立
2 災害医療拠点病院の整備
3 地域レベルでの災害対策の強化
4 病院レベルでの災害対策の強化
5 医薬品等の供給システムの整備
6 災害搬送システムおよび広域搬送システムの確立
(1)災害緊急医療用として優先的に使用できるヘリコプターの整備
(2)指揮系統の明確化、手続きの簡素化等ヘリコプター搬送システムの構築
(3)平時からのヘリポートの確保、および災害時の緊急ヘリポートの確保
7 災害に関する総合的研究の推進
8 医療関係者に対する災害医療研修・訓練の実施、および医療ボランティ
アの活用
9 国民に対する災害時初期医療ケア対応の普及啓発

[注]第6項以外は細目を省略
[出所]厚生白書(平成8年版)





増えつづける路上の死者
 ヘリコプター救急が本当に役に立つには、災害時だけを考えるのではなく、普段から実行されていなければならない。災害時だけうまくやろうとしても実際は何にもできないことは阪神大震災で実証ずみである。
 周知のように欧米では盛んにヘリコプターが救急搬送をおこない、日常的な活動となっている。その結果、普段の交通事故でも年間何万、何十万という人びとがヘリコプターに救助され、その中の1〜2割の人が、ヘリコプターがなければ命を喪くしただろうと見られている。
 だが日本ではどうか。去る6月に出た『交通安全白書』によれば、道路交通事故の死亡者数は昭和「63年に1万人を突破して以来、平成7年まで8年連続して1万人を超えるというきわめて厳しい状況にある」。
 そのため「平成8年3月12日、中央交通安全対策会議において、8年度から12年度までを計画期間とする第6次交通安全基本計画を作成」した。計画の内容は高齢者の安全対策、道路交通環境の整備、シートベルト着用の徹底、事故多発地点の対策、情報技術の活用、運転者教育の充実、車両の安全性の確保、効果的な指導取締りなどがあげられている。しかし、どれほどの効果があるのだろうか。本書でも「道路交通事故による死者数は……平成12年には12,500人程度になるものと予測」している。
 これらはすべて予防対策である。事故の未然防止が重要なことはいうまでもないが、それだけでは限界に達していることは事故の統計が示す通りである。事故が起こった後の措置も考えるべきではないかと思いながら読んでいくと、最後に「救助・救急体制の整備」という項目が出てきた。
 その半頁ほどの対策の中に救急救命士の養成、消防・防災ヘリコプターの全国配備、救命救急センターの整備促進といった方策が書いてあり、「ヘリコプターによる救急業務の実施を推進することとしている」という文言も見られる。しかし、主語がはっきりしない。これらの対策を実行するのは、白書を書いている総務庁なのか、先に緊急提言をした厚生省なのか、救急車を走らせている消防庁なのか、あるいは他に誰かいるのか、はなはだ曖昧(あいまい)なのである。
 実は先ほどの『消防白書』には、「傷病者の救命効果を上げるためには、ヘリコプターを利用した救急搬送がきわめて有効である。……今後は……救急搬送にヘリコプターが有効に活用されるシステムの整備を研究し、積極的に推進していくことが必要である」と書かれていた。これも何だか第三者的な文章で、消防庁にその気があるのかないのか。そのうえ「積極的に推進していく」といいながら、まだ研究段階にあるようだから実行されるのはいつのことやら、よく分からない。
 とはいうものの、総務庁と消防庁の間には何らかの意思の疎通があるらしい。総務庁が中心となって昨年来すすめてきた「交通事故における救急ヘリコプターの実用化に関する調査研究」の結果、今年3月付けの報告書には「救急ヘリコプターの運用主体は、原則として、現行の救急体制を基本とした枠組みをベースにすべきであり、消防・防災ヘリコプターをもって救急ヘリコプター・システムの構築を図ることが適当」と書かれている。
 消防・防災ヘリコプターとくれば、これは消防庁の担当である。それならそれで機材を増やすばかりでなく、もっと迅速に「システムの構築」にも取り組んでもらいたい。と思ったところ、『交通安全白書』によれば、何と「平成8年度において実施すべき交通安全施策に関する計画」の一環として、再び委員会をつくり、「交通事故における救急ヘリコプターの実用化に係る運行計画策定等の調査研究」をすることになっている。さすがに霞ヶ関の秀才諸君は研究の好きな勉強家ぞろいで、感嘆するばかりである。しかし諸君が研究している間に、路上の死者がどんどん増えていることも忘れてはならない。

すぐれた機動力と対応能力
 では運輸省はどのようなことを考えているのだろうか。『運輸白書』によると、今後のあり方として「緊急物資の輸送や負傷者の搬送手段としてヘリコプターの活用が有効であり、今回の震災においても、その重要性が改めて認識された。このため自治体が災害時における臨時ヘリポートの候補地をあらかじめ指定する際には、運輸省としても専門的なアドバイスを行うなど積極的に協力」していくとのことである。
 一方、阪神でのヘリコプターの直接救援活動は、海上保安庁が患者7人と医師等11人を輸送、「1月20日から民間ヘリコプターによる食料品等の緊急輸送を実施した」と書かれている。そこで『海上保安白書』を見てゆくと、これは期待のもてることが書いてある。もともと海上保安庁は、ヘリコプターによる人命救助に関しては、豊富な経験と実績をもっている。台風などの海難事故で、ヘリコプターが遭難者を吊り上げる場面は、テレビでもしばしば目にするところである。
 阪神大震災の当日も、地震発生から4分後の午前5時50分には、巡視船艇5隻が大阪湾で被害状況の調査に着手した。海上保安庁はもともと24時間体制で勤務しているから、これらの船艇もすでに行動中だったのである。
 そして1時間後の6時50分には近畿地方の各保安部署や八尾航空基地の全職員に非常呼集がかかった。午前7時には災害対策本部が設置され、7時25分には八尾基地からヘリコプターが発進、大阪から神戸、姫路に至る沿岸海域の被害状況の調査がおこなわれた。
 また各地の巡視艇や航空機に対して、次々と大阪方面への派遣命令が出されている。そして「当日中に巡視船艇36隻、航空機13機の体制確立」ということになった。さすがに素早い対応である。
 しかし当然のことではあるが、海上保安庁の任務は海上の事故や災害に限られる。河童ではないけれども、陸(おか)には上がって行けぬらしい。被害のほとんどが陸地で発生していただけに、せっかくの機敏な動きや体制確立も、残念ながら被災者を直接救助するシーンは見られなかった。
 わずかに19日、ポートアイランドの「埠頭で発生した倉庫火災に対し、消防船により……消火活動を実施した」り、「巡視船1隻、航空機7機により、患者7名、医師等11名を輸送した」のが直接の救援活動であった。その後、途絶した陸上輸送に代わって、巡視船や航空機で救援従事者、毛布、清水、食料品、日用雑貨などを送り届けている。
 だが海上保安庁には多数のヘリコプターがある。それによって難破船や漂流中の海面、孤立した磯場などから吊り上げた人数は、『海上保安白書』によれば、平成6年に91人。昭和31年からの吊り上げ実績は2,258人に達する。
 救急患者や医師の緊急輸送実績も少なくない。したがって、阪神大震災のような場合、海上とか陸地とかのテリトリーにこだわらなければ、内陸部の被害に対しても、もっと積極的、直接的な救助活動ができるはずである。ヘリコプターが着陸できないようなところでも、お手のものの吊り上げ救助をすればよいであろう。
 そう思って本書を読んでいくと、「今後の防災への取組」の章で「阪神・淡路大震災を踏まえた課題」の一つに「海上からの陸上支援のあり方」が取り上げられている。それは、遠慮がちではあるが「有機的な連携体制の確立……海上から陸上支援できる内容の検討……などを推進する必要がある」としている。
 私は是非この「あり方」を進めて、次の災害時には海岸線にこだわらず、陸上でも山中でも、必要なところへはどんどんヘリコプターを飛ばし、日頃の実力を発揮していただきたいと思う。助けを求めている方からすれば、救助者の担当区域が陸であろうと海であろうと、そんなことはどうでもいいのである。ここは被災者の立場に立って考えるべきであろう。
 なお、この白書によれば、平成6年度末現在、海上保安庁が保有する巡視船艇は、オイルフェンスを張るような特殊なものも含めて420隻。そのうちヘリコプター2機の搭載ができる巡視船は3隻、1機搭載の巡視船は8隻である。また航空機の保有数は表4の通りで、総数70機に達する。機動力に富み、迅速な対応能力をもつ心強い防災機関ということができよう。
表4 海上保安庁の保有航空機数

機 種
機 数
飛行機
ファルコン900
YS-11A
ビーチ200T
ショートSC-7
セスナU206G
ヘリコプター
AS332L1
ベル412
ベル212
ベル206B
S-76C
2機

16




35

合        計
70機

[出所]海上保安白書(平成7年版)


ヘリコプターを積極活用
 もうひとつ頼もしいのは『東京都地域防災計画』である。これも阪神大震災の教訓を踏まえて従来の計画を見直したもので、今年3月に公表された。先の『基本防災計画』がわが国の防災憲法であるとすれば、東京都の計画はその憲法に“違反”して、ヘリコプターを積極的に使うという考えに立っている。
 その最たるものが、火災に対するヘリコプターの活用である。まず準備段階では、「火災の拡大防止」のところで「同時多発性・広域性を有する地震火災に対応するために、震災時の消火活動、救助救急活動に有効な特殊車両や資機材を充実するとともに、通常の消化力では対応が困難な(場合にそなえて)、消防救助機動部隊(ハイパーレスキュー)の整備・育成や航空消防体制の強化……をはかっていく」ことにしている。
 ハイパーレスキューとは、何とも恰好のいい名前をつけたもので「地震等により甚大な被害が発生した地域の救助活動、破壊消防、消火活動等を迅速に行うため、特殊技術、能力、装備を有する部隊」である。そして、「ヘリコプターとの連携により早期に部隊を展開し、探索、救助、救命等一連の震災消防活動を行う」任務をもっている。
 一方、ヘリコプター自体も6機を整備して航空消防活動体制を強化する。そのための具体策は表5の通りだが、ここで初めて「航空機の空中消火」という文字が出てきた。それを、いっそう具体化するために、昨年10月の草案では「第5章 調査研究」のところでヘリコプター消火の調査・研究をおこなうことを明言し「市街地大火の火災性状を明らかにするとともに、ヘリコプターによる空からの有効な消火方法について調査・研究を行う」となっていた。
 それに対して今年3月の成案では、横槍が入ったのかどうか知らないが、「市街地火災等に対する有効な空中消火装置等の調査研究」ならびに「消火薬剤等の活用を踏まえた航空機による消火方法の調査研究」という文言になった。ヘリコプターという文字が消えたのは何故か。消防飛行艇のようなものも考えるといった積極的な姿勢とも考えられるが、真相は分からない。
表5 東京都のヘリコプターによる航空消防活動体制の強化

1 東京消防庁屋上に照明設備を整備し、夜間の活用をはかる
2 航空活動拠点の整備
@震災時の航空機による消防活動拠点の確保
A応援航空機の受け入れ体制および施設の整備、燃料の備蓄
B航空機の空中消火用推理の確保
3 航空施設の耐震性の強化と燃料備蓄施設の整備
4 被害状況把握のため、東京ヘリポートと多摩航空センターに
常時、情報収集機(ヘリ・テレ搭載機)を配備する
5 応援消防航空隊との連携体制の整備

[出所]東京都地域防災計画(平成8年3月)

 以上のような準備計画に対して、いよいよ地震が起こったらどうするか。「第3部 災害応急対策計画」の中にさまざまな規定があるが、まず災害対策本部を設置する。けれども、国の基本計画と異なるところは、本部への職員の参集にあたってヘリコプターを使うようにはなってはいない。これは所要の人員がすでに防災センター周辺の住宅に住んでいるためである。
 すなわち「夜間・休日等の勤務時間外に大地震が発生した場合、職員の参集の遅れや情報の混乱……が懸念される。このため都では……災害対策職員住宅を整備し、発災初期の活動体制に必要な人員を確保している」

空中消火活動を明記
 こうして対策本部が発足したならば、次は情報収集などの活動がはじまる。その中で警視庁や東京消防庁はヘリコプターを飛ばし、被害状況を把握する。
 次いで外部への救援要請もはじまるが、重要なのは自衛隊への要請であり、自衛隊からの救援部隊は必要に応じて空中消火をおこなうことが明文化されている。阪神大震災のときのように、やるべきか否かを論議しているうちに時間が経ち、手のつけられぬような大火となって、3日間にわたって燃えつづけるというようなことは、これでなくなるであろう。
 次に東京消防庁航空隊の活動に関しては、およそ表6のように規定されている。すなわち航空機による消火活動をおこなうことが、きわめて明解に記されているのである。
 また怪我人の救助に関しても「第3部第10章 救助・救急」のところで、上述のハイパーレスキューを被災地へ効果的に投入し、迅速な救助活動をおこない、「救急車およびヘリコプター等を活用して、医療機関へ迅速に搬送する」ことが定められている。さらに「第11章 医療救護」では、病院からの2次輸送にヘリコプターを使うことになっている。
表6 東京消防庁航空隊の活動

1 発震後、直ちに情報収集活動を行う
2 地上消防部隊との連携のもと消火活動をおこなう
3 消防部隊および資器材等の輸送
4 上空からの非難誘導、命令伝達、情報伝達
5 救急患者、医師、医薬品の輸送
6 応援航空機の受け入れと統括調整

[出所]東京都地域防災計画(平成8年3月)

 そのほか東京都の防災計画には、もっと広く航空施設を利用するという考え方があり、国が広域防災基地として位置づけた立川基地跡地の中に、東京都も「防災センター機能をもつ多摩防災基地を設置し、整備を進めている」。また「調布飛行場(コミューター空港)については……防災拠点機能を高め」、「羽田空港等が使用不能に陥った場合や、空港のアクセスが絶たれた場合に、横田飛行場等の米軍基地の活用ができないか、その方法等について関係機関と調整を進める」ことにしている。自衛隊だけでなく米軍との関係もあらかじめ調整しておこうというのである。
 また民間航空も活用してゆく考えで、今年1月、調布空港協議会との間で「災害時の航空機による緊急輸送業務への協力に関する協定」を結んでいる。災害時の医薬品、食料、人員の空輸体制を強化するためで、防災機、警察機、自衛隊機だけでは間に合わないようなときに、応援を求めることになるのであろう。
 余談ながら、アメリカでも災害対策には公用機や軍用機と共に、事業用もしくは自家用民間機が使われる。そこで意外に思われるのは、出動要請の順序が警察・消防機の次に民間機がきて、軍用機はその後という規則になっていることである。これは、いうまでもなく軍隊の本来の目的が国防だからである。もちろん災害出動も拒否するわけではないけれども、災害出動に追われている間に敵に攻め込まれたらどうするのか。
 まさかとは思うけれども、もしも日本侵略をもくろむ国があるとすれば、それは国際問題が紛糾したときよりも日本国内の政治・社会情勢が混乱しているようなときが付け目である。地震や火山噴火などの自然災害で被害が広範囲に及び、沢山の被災者が出て、自衛隊の手がすっかり取られるといった事態もそのひとつであろう。
 災害出動だからといって、政府や自治体など公的機関だけの問題ではない。むしろ日本の現状からすれば、もっと商用航空の起用を考えるべきではないだろうか。その方がビジネスの原則にのっとって、いち早く所要の防災態勢をととのえることができるかもしれないのである。

地震のくる前から被害
 以上のほかにも、『防災白書』、『警察白書』、総理府の『時の動き』などを渉猟したが、ヘリコプターの積極的な活用計画は見あたらなかった。
 最後に蛇足をつけ加えさせていただきたい。私も、これだけ沢山の官庁文書をいっぺんに読んだのは初めてのことだが、「システムを構築する」とか「手段を確保する」とか「鋭意努力する」とか「計画を推進する」とか、勇ましく立派な言葉が多くて目がくらみそうになった。言葉づかいが派手なのは実質的な中味が乏しいせいかという疑念がわいたのも事実である。それに「等」という文字が無闇に多い。あとで目配りの不足を難じられるのを予防するためであろうか。
 もうひとつ、索引のついた親切な白書が少ない。索引があれば、ヘリコプターとか航空という文字だけを拾ってゆくこともできるのだが、実際は1頁ずつめくって行かなければならなかった。これだけコンピューターが発達すれば、索引をつくるくらいは何でもないだろうに。
 それから、どの本も無闇に高い。カラー写真を初め、表やグラフが色刷りになっているせいか、『防災基本計画』の800円を除いては、2,000円前後から3,000円に及ぶものばかりである。「白書」といいながら表紙が美しいカラーで彩られているのも頷けない。政府の考え方を広く国民に知らせるためには体裁にこだわらず、もっと値段を下げて多くの人に買いやすくすべきであろう。おかげで筆者のふところは、地震のくる前から被害を受けることとなった。


参考文献

『防災基本計画』中央防災会議・国土庁編、平成7年8月4日、800円
『警察白書』(平成7年版)警察庁編、平成7年9月1日、1,500円
『海上保安白書』(平成7年版)海上保安庁編、平成7年11月15日、1,900円
『消防白書』(平成7年版)消防庁篇、平成7年12月1日、1,900円
『運輸白書』(平成7年版)運輸省編、平成8年1月19日、2,900円
『交通事故における救急ヘリコプターの実用化に関する調査研究報告書』総務庁、平成8年3月
『東京都地域防災計画』(平成8年修正)東京都、平成8年3月
『厚生白書』(平成8年版)厚生省編、平成8年5月27日、2,400円
『交通安全白書』(平成8年版)総務庁編、平成8年6月25日、3,000円
『防災白書』(平成8年版)国土庁編、平成8年7月1日、2,700円
『時の動き』(政府広報月刊誌)総理府編集、各190円

目次へ戻る