へき地医療とヘリコプター

 

 10月21日、東大医学部の鉄門記念講堂で第10回へき地・離島救急医療研究会の学術集会が開催された。主宰は久留米大学医学部の坂本照夫教授で、私に特別講演の機会が与えられた。専門の救急医の先生方を前にしてどんな話ができるかと思ったが、長い間ヘリコプターを飛ばす仕事にたずさわってきた経験から、へき地医療におけるヘリコプターの役割について考え、話の中で以下の3点を提案した。

  1. 救急患者に対する初期治療を原則15分以内に開始するよう、何らかの法規で正式に定める。
  2. メディカル・コントロールの制度を欧米なみに充実し、救命救急士の教育養成を促進して人数を増やし、能力を高め、治療上の権限を拡大する。
  3. 無医地区と救命救急センターの全てにヘリコプターの臨時離着陸場を設置する。そのうえで、全国71機が配備されている消防防災ヘリコプターに前項の救急救命士をのせ、へき地の救急医療に活用する。

 提案の詳細は別途、本頁でもご報告することとし、取りあえず、この学術集会のプログラムから、私の抄録をここに載せておきたい。

へき地医療におけるヘリコプターの役割

 へき地医療もしくは医療過疎の問題は、いうまでもなく施設不足と医師不足にしぼられる。もっとも、単純な不足ではなくして偏在による不足であり、経済的な問題もからんで、単に施設の増設や医師の増員をはかるだけでは解消できない。何か根本的、構造的な解決策が求められるゆえんである。

 しかし当面、そうした解決策を待っていては、百年河清をまつような結果になりかねない。そこで手っ取り早く、といっても決して安易な問題ではないが、ヘリコプターをもっと本格的に活用することが次善の策となろう。

 この問題をいち早く見抜いて実践に移したのが、ご存知アール・アダムス・カウリー博士(1917〜1991)であった。へき地医療におけるヘリコプターの機能と効果を説いた博士の古典的な論文のひとつでは、1971年のアメリカで救急患者の死亡率が農山村地域と都市部との間に大きな差異のあることから、「こうした事態を改善するには、救急体制と医療機関の充実が必要になる。しかし、それには時間と費用がかかる。今すぐ効果を上げる方法は、ヘリコプターを利用することだ」と明言している。

 背景にあるのは、折から激戦続くベトナム戦争であった。カウリー博士は「ベトナムのジャングル地帯には電話も道路も救急車も病院も何もない。けれどもヘリコプターを投入しただけで、そうした不備の大半が解消された」と見て取り、米メリーランド州知事を説得して、州警察のヘリコプターによる救急体制の構築に乗り出した。このシステムはボルティモアのショック・トラウマ・センターを中心に、州内全域を網羅するに至る。今では岩手、青森、秋田の3県を合わせたよりも狭い地域に8ヵ所のヘリコプター拠点を置き、年間9千件近く出動、その7割を救急業務にさいて6千人を超える患者を救護している。

 こうした密度の高いヘリコプター配備は、ヨーロッパでもドイツ、スイス、イタリアなどに見られるが、いずれも15分以内の治療着手を目標として医療過疎の解消に効果をあげている。

 ヘリコプターは決して高くて不安全な手段ではない。アメリカやスイスでは夜間飛行はもとより、およそ200ヵ所の病院ヘリポートへの計器進入も実現している。

 厚生労働省の「へき地保険医療対策」もヘリコプター救急の活用について、もっと積極的、本格的な方策を打ち出すべきであろう。

(西川 渉、2006.10.23)

 

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