ヘリコプターの語源と表記

 

 この作文は、前半が15年前に書いたもの、後半が最近書いたものである。まず1984年11月14日付けの『WING』紙に掲載された文章から――。

 ときどき、ヘリコプターとはどういう意味かという質問を受けることがある。つまり、語源は何かというのである。

 それに対する答えは、二つのギリシャ語の組み合わせということになろう。ものの本によると、らせんを意味する「ヘリックス」(helix)と、翼を意味する「プテロン」(pteron)をつないだ言葉で、「らせん状の翼」ということになる。ヘリコプターの特徴をずばり表現したものといえよう。

 この言葉の発端はレオナルド・ダビンチまでさかのぼる。この天才が、らせん形の帆を高速で回転させ空中に飛び上がるというヘリコプターの原理を考え出したことはよく知られているが、その装置を「ヘリックス」と名づけた。

 それから400年後、ヘリックスにプテロンをつないだのは、フランス人のポントン・ダメクールであった。この人は1863年頃、重量2kgくらいの蒸気機関で動く同軸反転式のヘリコプターの模型をつくり、模型と同時に言葉もつくったのである。

 もっとも、この場合はフランス語だから「エリコプテール」(HELICOPTERE)ということになる。しかし、それは直ちにイギリスやアメリカでも受け入れられ、英語の「ヘリコプター」(helicopter)となって普及した。ただし、このとき綴字の末尾の e が脱落した。

 このように末尾の e を落とすかどうかは、英仏共同開発の超音速旅客機コンコルドの命名でも論争になったことがある。余談ながら、「調和」とか「一致」という意味のコンコルドの綴字に e を入れるように主張したのは勿論フランスで、不要と主張したのはイギリスだった。模範的な国際協力として発足したSST計画は、名前のつけ方からして意見が一致しなかったのである。現在は英語でも e をつけて、フランス式の綴字(Concorde)を使い、日本語でもコンコードではなくて「コンコルド」と呼んでいる。

 さて、欧州各国に普及したヘリコプターという言葉は、スペインで「エリコプテーロ」になり、ロシアで「ゲリコプチエール」となった。もっとも本来のロシア語は「ベルトリヨート」といい、ベルトは回転する、リヨートは飛ぶという意味らしいから、まさしく「回転飛行」である。

 ドイツ語では「フブシュラウバー」(Hubschrauber)という。Hub(フープ)は持ち上げるとか引っ張り上げることで、哲学でアウフヘーベン(aufheben、止揚する)などというヘーベンからきている。またシュラウバーはシュラウベン(schrauben、ねじでとめる)からきていて「引っ張り上げるねじ(らせん)」という意味になり、これも名は体をあらわしている。

 中国語は「直昇飛機」(ジーシェンフェイジー)。何もいわなくても、文字を見るだけでヘリコプターの意味が伝わってくるような気がする。もっとも、最近の中国では簡体字が使われているので、実際は「直升飛机」(ただし、直は左側の縦の棒がなく、飛は最上部の冠のみ。そんな文字を想像してください)と表記され、不慣れな人にはやはり説明が要るかもしれない。

 ヘリコプターの呼び方が今のような状態に落ち着くまでは、さまざまな言葉が使われた。たとえばイギリスの科学者、ジョージ・ケーレイ卿は1843年、自作の回転翼機に「空飛ぶ馬車」(aerial carriage)とか「空の乗物」(aerial vehicle)という名前をつけた。1869年には、アメリカのある発明家が「空中自動車」(aerial car)という言葉を使っている。

 20世紀に入ってからも、多くの発明家がヘリコプターをつくるたびに、その名前も発明した。1907年、人類初のヘリコプター飛行を試みたフランス人、ルイ・ブレゲーは、みずからの飛行機械を「ジャイロプレーン」と名づけている。

 ほかにも「エアロモビール」「オートボル」「ジャイロコプター」「ジャイロプテール」「ヘリコジール」「ヘリコン」「エアロカー」など、さまざまな名称が考案された。そしてついには「ヘリオジャイロコプター」という欲張った名前まで登場したものである。

 しかし今も、ヘリコプターについてはいろんな俗称がある。アメリカでは「卵泡立て器」(eggbeater)、「風車」(windmill)、「くるくる鳥」(whirly bird)などといわれ、軍隊では「チョッパー」(chopper)という言葉が広く使われている。もともとは肉切り包丁のことだが、昔の力道山の空手チョップよろしく、敵をよく倒すという意味も入っているのかもしれない。

 日本では「ヘリ」とか「ヘリコ」という略称が使われる。「ヘリ」というのは、私はあまり好きではない。このコラムでも一度もこんな略称は出てこなかったはずである。また「竹トンボ」という人もある。玩具のような親しみやすい意味を込める場合と、ちゃちで壊れやすいという悪口にもなる。

 しかし今や、その竹トンボと同じ原理から発したヘリコプターは、最も近代的、先端的な航空機として、急速な発展を遂げつつあるのだ。

 

 ここからは本日の作文だが、ヘリコプターは日本語で「ヘリコプター」と書くのかと思いきや、ときどき「ヘリコプタ」という表記が出てくる。この表記を使う人は学者、研究者、技術者に多く、大学では昔から「ヘリコプタ」と書いてきたらしい。

 というのは、もはや40年ほど前に聞いたことだが、科学技術庁だか文部省だか、どこかの役所で科学技術用語の表記法を統一するための新しい基準をつくった。そのとき外来語のカタカナ表記は、4文字を超える場合は末尾の「ー」(長音符)をつけないというルールを定めたのである。

 したがってグライダーはグライダ、コミューターはコミュータ、シミュレーターはシミュレータ、コンピューターはコンピュータになる。逆にローター、センターなどはそのままでよい。

 木村秀政先生監修の『航空宇宙辞典』(地人書館、昭和58年初版)も、一応はこのルールにしたがっているようで、ヘリコプタ、グライダと書いてある。しかし、それならばスピナ(spinner)はスピナーとすべきではないかと思うし、スポイラーはスポイラ、レーダはレーダー、ヒータはヒーター、キャノピーはキャノピになるのではないか。「ドップラーレーダ」なんぞは2重の違反で、ドップラレーダーとすべきではないかと思う。

 15年前の権威ある辞書がこんな具合だから、最近に至っては4文字ルールを忘れたのか、ルール自体がなくなったのか、ロータかと思えばセンターになるし、スピーカーと書いたりコンピューターとやったり、要するに出鱈目なのである。同じ論文の中に長音符がついたり、つかなかったりする御仁も多い。「レーダ設備」とあるから「オイラ方程式」になるかと思うと、「オイラー方程式」と書いてある。おいらと書くとたけしみたいになるからだろうか。 

 原語の綴字からすれば data はデータでいいだろう。私もデーターとは書かない。けれども、ヘリコプタとかグライダと書くと、もとの綴字が helicopta とか glida のような気がする。つまり間違った原語を類推させるのだ。

 学者の好きな岩波の『広辞苑』には、ヘリコプター、グライダーと書いてある。学者諸君もそろそろジャーゴンによる姑息な差別化などはやめて、大多数の日本人が使っている表記によって立派な論文を書いてもらいたい。

(西川渉、99.8.24)

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