<HELI-EXPO 2006>

ダラス・ヴァーティポート

 ダラス・コンベンション・センターは、おそらくヘリコプター年次大会の会場としては最もふさわしいところであろう。屋上に大きなヘリポートがあるからで、参会者は屋内に展示されたヘリコプターを見たあと、今度は屋上に行ってそれが飛んでいるところを見ることができる。あるいは、それに乗って自分も飛行体験ができるからである。

 今回のヘリコプター・コンベンションはそうした理想の状態で開催された。屋上に上がってゆくと、10機ほどのヘリコプターが入れ替わり立ち替わり、人をのせて離着陸を繰り返していた。

 このヘリポートは、コンベンション・センターの駐車ビル屋上にあって、将来はティルトローター機などの定期旅客便の運航拠点をめざしている。何年か前のHAI大会がここで開催されたとき、ベルXV-15ティルトローター実験機が飛来して公開飛行を見せたこともある。まさにヴァーティポートというべき光景であった。

 今回は小型ヘリコプターばかりが飛んでいたが、そのひとつユーロコプターAS350に乗せてもらうことができた。


われわれの乗ったユーロコプターAS350

 ヘリポートの大きさは下図の通りである。コンベンションの当日は、ここに一時に7〜8機の小型機が停まり、交互に発着していた。 

 上図は10年ほど前のものだが、人工衛星でとらえた最近の垂直写真が見つかった。下図のとおりである。

 下の写真は今回、上と同じ場所を着陸進入中のヘリコプターから撮ったもの。逆光が風防に反射して、汚くてよく見えないが、8機ほどのヘリコプターが停まっている。

 この施設については、出来上がる前にも現場を見に行ったことがある。そのもようを当時、今から10年余り前のことだが、専門誌に書いた。ここに復刻して掲載しておきたい。

建設すすむヴァーティポート

――『ヘリ・アンド・ヘリポート』誌(1993年5月号)――

 ダラス市内に建設中のヴァーティポートを見せてもらった。コンベンンョン・センターの駐車ビルの屋上に設けようというものである。

 前日までマイアミビーチで開かれたHAI(国際ヘリコプター協会)年次大会に参加したグループ・ツアーの一行十数人。そのスケジュールの中に、無理に願い出てこの見学を入れて貰った。そのため日程は土曜日の午後になったが、ダラス市の職員2人と工事会社の社員2人が特別に出勤し、冷たい風の中で工事現場を案内し、熱心に説明してくれた。

 ヴァーティポートの計画が公表されたのは1990年1月、このコンベンション・センターでHAI大会が開かれたときであった。そのため次にここでヘリコプター・コンベンションを開くときは、屋上でへリコプターやティルトローター機の発着がおこなわれるだろうという期待がかけられた。以来3年、未完成であることは分かっていたが、果して計画は進んでいるのか、その様子を見たいというのが筆者の希望であった。

なぜダラスにヴァーティポートか

 ヴァーティポートは、まだどこにも存在しない。けれども、従来のヘリポートに比べて、何か本質的な違いがあるわけではない。

 FAAの設計基準にも『ヴァーティポート』とは「地上またはビルディングその他の構築物上で、ティルトローター機およびロータークラフトの離着陸に使われる特定の場所」と定義されているだけである。しかし、その使用目的は旅客輸送のためというのがFAAの基本的な考え方である。

 つまり旅客輸送のために、主としてティルトローター機やティルトウィング機などのヴァーティクラフトが離着陸する施設ということになる。したがって機材が大きく乗降客が多ければ、その分だけ施設全体の規模も大きくなる。また旅客ターミナルや駐車場などの付帯施設がついて、定期便ということになれば就航率を高めるための計器着陸装置なども必要になる。

 余談ながら、上の「ヴァーティクラフト」という言葉は、ダラス市のヴァーティポート・プロジェクト当局が考えたものである。ティルトローターとティルトウィングの両方を含むVTOL機を表すもので、ヴァーティポートの対象となる航空機である。

 ダラス市がなぜ世界最初のヴァーティポートをつくるのか。それは決して偶然ではない。ダラスのすぐそばにはティルトローターを開発中のベル社があり、ティルトウィングを開発中の石田エアロスペース社もある。またアメリカン・ユーロコプター社も近い。こうしたいくつものヴァーティクラフト企業と施設を中心として、いまテキサス平原の真ん中がVTOL機のメッカになろうとしているのだ。

 一般市民の理解も深い。ヴァーティポートの建設に伴なう環境アセスメントに際しても、公聴会で反対意見をいう人は1人もいなかったというのが市職員の説明である。これができればコンベンション・センターの拡張と相まって、いっそう多くの人びとを集め、地域社会の発展に役立つことがよく理解されているのである。

ダラス・ヴァーティポートの概観

 では、ダラス・ヴァーティポートはどんな形状になるのだろうか。下図はコンベンション・センターの鳥瞰図である。中央に低く大きく弓なりに湾曲している建物かそれで、図の中央部に描かれた右半分が現在の建物である。それを図の左の方へ6区画に分けて増築しようというもので、この増築部分の屋上、図の左下方にロールウェイと航空機が描かれているが、これがヴァーティポートである。


ダラス市街地を背景とするヴァーティポート想像図

 なお「ロールウェイ」とは、普通のランウェイ(滑走路)ほど長くはないが、単なるヘリポートのような接地点でもない。ヴァーティクラフトにとっては、わずかでも滑走ができれば離着陸が楽になり、搭載量を増やすこともできるし、航続距離も伸びる。そのための極めて短かい滑走路で、これもダラス市の考案した造語らしい。

 しかしコンベンション・センターの増築工事は、全体がいっぺんにおこなわれるわけではない。目下のところは増築部分6区画のうち手前の2区画について工事がおこなわれている。したがってロールウェイも半分しかできない。そのもようは下図に示す通りで、まずはヘリポートとして使われる。この部分が完成するのは1994年1月の予定である。

 

 しかるのち第2期工事がおこなわれ、先の完成予想図のように約300mのロールウェイをもったヴァーティポートが出来上がる。

 以上により、この施設は当初はヘリポート、最終的にはヴアーティポートとして使われる。これらの設計は無論FAAの基準に従ったもので、その2段階の仕様は下表の通りである。

ダラス・ヴァーティポート/ヘリポートの設計仕様

   

当初段階
(へりボートとして使用)

最終段階
(ヴアーティボートとして使用)

面  積

着陸帯

接地点

駐機場

 

着陸重量限界

駐車場

ターミナル

気象条件

7,650u

100m×60m

2ヵ所(30m×30m)

ヴァーティクラフト2機+

ヘリコプター8機

22,680kg

25台分

185u

VMC

15,700u

300rn×60m

ロールウェイ(300m×30m)

ヴァーティクラフト4機+

ヘリコプター12機

22,680kg

60台分

370u

IMC

将来はハイドラント給油施設も

 この設計仕様をもう少しよく見てみよう。広さは、当然のことながらヘリポート段階でほぼ半分である。その中に30m四方の着陸帯が2か所できる。またエプロンは90m×36mの範囲で、そこにヴァーティクラフト2機とヘリコプター8機の駐機が可能となる。

 そして将来、増築部分が広かると、面積は2倍余りの1.5ヘクタール強となり、ロールウェイは300mまで延びて、駐機場もヴァーティクラフト4機とヘリコプター12機分に広がる。

 利用可能な航空機の重量は最大22,680kg。V−22オスプレイやボーイング・チヌークの総重量に合わせたものである。ただし構造強度は、その1.5倍の機体がふつかっても耐えられるようにできている。

 この屋上では燃料補給も可能である。5階建てほどの屋上へは螺旋状の通路を通って下の道路からタンク・ローリーが上がってくる。また将来は1階部分に大きな燃料タンクを置いて、ハイドランド施設をつくることになっている。

 駐車場は地上にあって、当初は車25台分。将来は60台分に拡張する。そこからエレベーターで上がると、屋上の旅客ターミナルに入る。タ−ミナル施設は第1段階の広さが約300u。ここに搭乗受付けカウンターや手荷物カウンター、一般待合室、特別待合室、事務室、パイロット待機室などかできるが、将来はもうひとつ同じような施設ができて、規模は2倍になる。


ヘリポート面から見たロビー(待合室や事務所などがある。2006年2月撮影)

テキサスらしい大型プロジェクト

 われわれは工事現場の事務所で説明を受けた後、大きなタンクローリーが上かって行けるという螺旋状の通路を通って屋上に出た。地上20mの高さである。工事の最中だから、鉄筋やコンクリートや枠板などがむき出しのままになっていて、足元には板切れや釘やワイヤなどが散乱している。

 その中を歩き回って写真を撮ったり、進入経路の説明を聞いたりした。前方進入方向の眺望はどこまでも広く、視野をさえぎるものは何もない。背後には、ダラス都心部の高層ビルが立ち並んで、すばらしい景観をつくっているが、その方へは飛行しない。眼下にはハイウェイが走り、川が流れている。これらが飛行経路の目安になり、進入離脱時の騒音や、万一の場合の危険を避けるのにも役立つ。

 着陸帯になると思われるあたりは、打ったばかりのコンクリートが足元から前方へ100mも広がり、とても屋上とは思えない。これはいかにも大きなことの好きなテキサス人らしいブロジェクトである。

 ヘリポートとしての運用時間は午前7時から午後10時まで。したがって当然のことながら夜間飛行もおこなわれるわけで、夜間の利用比率は4分の1くらいを見込んでいる。運用気象条件は有視界状態。視程5km、雲高300m以上ということになるが、将来ヴァーティクラフトによる定期便が飛ぶようになれば、着陸誘導装置をつけて計器着陸もできるようにする予定。

 年間発着回数は23,000回くらいの見込み。これは昭和60年当時の東京ヘリポートに匹敵する。もっとも最近は、東京ヘリポートの着陸回数もかなり減ってきた。

 ヴァーティポートの利用目的は、ほとんどが定期旅客輸送で、ほぼ90%を見込んでいる。あとは5%が遊覧飛行、3%が報道取材、2%が救急飛行など。


2006年2月現在のダラス・ヴァーティポートと背後の高層ビル群

まさに垂直航空のメッカ

 こうしたダラス・ヴァーティポートは1991年4月26日に着工した。ただし実際は準備作業に5か月間ほどかかったので、本格工事は9月に始まった。これまでの進捗状況は第1期計画の約8割で、今年12月には出来上がるという。 

 航空施設の工事費は総額およそ2,060万ドル(約25億円)。そのうち9割をFAAか負担する。あとの1割はダラス市の負担である。といっても工事の主体はダラス市であり、完成後の運営管理もダラス市がおこなう。

 ところでダラスの3大名物は、われわれグループ・ツアーの一行を案内してくれたバスガイドによれば、第1にケネディ大統領暗殺の現場、第2にダラス・カウボーイなるバスケットボール・チーム、第3はダラス・フォトワース空港に隣接する臨空ビジネス地区のラスコリナスだそうである。

 それを否定するつもりはないけれども、将来ティルトローター旅客機やティルトウイング・ビジネス機が飛ぶようになれば、ダラスの名物も変わってくるであろう。第1は世界最初のヴァーティポート、第2はヴァーティクラフト・メーカーの集積地、そして第3は、ここから各都市を結ふヴァーティクラフト定期路線というように。

 その頃になれば、ダラスの向こうにあるガーランドエ業団地の市営ヘリプレックスもヴァーティポートとしての機能をそなえ、オースチン、ヒューストン、サンアントニオ、フォトワースなどにもヴァーティポートができる。ヴァーティクラフトは、それらの都心部を結んで旅客輸送をするわけで、まさしくダラスは垂直航空のメッカとなるであろう。

【後記】当時、石田財団は、傘下に石田エアロスペース社を創設し、アメリカでTW-68ティルトウイング機の開発に乗り出した。同社はダラス近郊のアライアンス空港に工場を置いて作業を開始、私も同機のモックアップなどを見にいったことがある。しかし、この計画は残念ながら、途中で断念された。 (2006.3.22)

 上の建設中のヴァーティポート見学記から1年ほどたって工事が完成した。そのもようを書いたのが以下の記事である。

開港ダラス・ヴァーティポート

―― 『ヘリ・アンド・ヘリポート』誌(1994年10月号)――

 ダラス・ヴアーティポートについて本誌でご紹介したのは1年あまり前、昨年5月号であった。当時はまだ建設中だったが、それがいよいよ完成し、今年1月8日開港に漕ぎ着けた。

 当分はヘリポートとして使われるが、将来は民間型ティルトローター機などの実現を見はからって、106mのロールウエイを持つヴアーティポートとなる。したがって正式名称も「ダラス・ヘリポート/ヴアーティポート」ということになった。

 場所はダラス都心部に近いコンベンション・センターの屋上。同センターの増築工事に伴い、新しく建てられた展示ホールの南端にできた駐車場の上に当たる。

 全体は将棋の駒のような形で、底辺が103m、縦が120m。そのうち着陸帯の部分は広さ約6,000u。この中に三角形に「H」の文字を入れた2つの接地帯がある。それに隣接する台形状の駐機場は、広さがおよそ3,250u。駐機スポットは5か所で、ティルトローター2機とヘリコプター3機が同時に停められる。

 これらのヘリコプターが頭を向けている向こう側には、黄色い斜線塗装をした乗降区域があり、その奥にターミナル・ビルがあって、乗客待合室、トイレ、パイロット待機室などをそなえ、エレベーターで下へ下がると駐車場へつながる。

 総面積は15,700u。屋上ヘリポートとしては世界最大というのが、これをつくったダラス市当局の主張である。

 運用時間は早朝7時から夜の10時まで。休日も閉鎖せず、1年中開港している。

 着陸帯の設計強度は28,500kgの荷重に耐えられる。2つの接地帯は、ひとつが南西方向から北東へ向かって進入し、もうひとつは東南方向から北西に向かって進入する。したがって進入離脱の向きは90°の角度をもつことになる。進入表面の長さは1,200m、勾配は8分の1である。

 着陸帯の高さは地上4階建ての建物に相当するが、海抜では標高146mという。

 着陸料や停留料は無料。燃料補給は当面おこなわないが、構造的には道路から螺旋状の通路がヘリポート面までつながっており、車やタンクローリー車が上がうてくることができる。また将来は地階に燃料タンクを置いて、補給ができるようにする計画もある。

 ここには、鉄道も乗り入れてくることになっている。ほかにバス、タクシー、自家用車なども入ってくるから、ダラス地域における都市交通の空陸一体の結節点になる。

 市当局によれば「この施設は、ダラスのビジネス活動に必要な交通の要衝になり、ダラス市を一層活性化するであろう。特に将来ティルトローター旅客機が実用になれば、周辺各都市との間を結んで、定期運航が始まる予定だ」という。

 そうなれば近隣都市へ行く場合、遠くて混雑した空港まで出かける必要はなくなる。また長距離の旅行をするときも、ここからヘリコプターやティルトローター機で空港へ乗りつけ、大型旅客機に乗り換えて国内幹線でも国際線でも飛ぶことが可能になる。その日を、楽しみに待つことにしよう。

 もう一度、2006年の現在に戻ってインターネットで探してみると、下図のようなダラス・コンベンション・センターのマスタープランが出てきた。10年前の計画と異なり、長大な増築はやめたようである。したがって300mのロールウェイもここには描かれていない。


2006年現在のマスタープラン。中央やや右上にヘリポートが見えるが、
長いロールウェイのようなものは描かれていない。


勇ましい塗装をしたヘリコプターが降りてきた。ユーロコプターEC120である。

(西川 渉、2006.3.22)

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