ヘリスター――金メダル級の成功

 

 

(これは、かなり前に書いたものだが、今後ヘリコプターについて、実用化さるべきGPSによる管制と監視に関する実験のもようを記録に残して置く必要があると思い、ここに改めて掲載する)

 アトランタ・オリンピックは幾多の輝かしい記録を残して終わった。同時に、その支援にあたったヘリコプターも、金メダル級の成功をおさめることができた。このヘリコプター実験運航はオリンピックの支援を兼ねたもので、まだ終わったばかりだから、報告書も出ていない。そこでオリンピックの閉幕から2週間ほどの間に断片的に伝えられたところを整理すると以下のようなことになる。

 実験運航の目的は、都市交通機関としてのヘリコプターが、地上の混雑を避けてどこまで有効に使えるか。GPSを利用した低高度の計器飛行システムがうまく機能し、安全な航空管制ができるかどうか。地上の人びとに与える騒音の影響はどうか、といった問題点を実地に確認することであった。

 計画全体の構成は、アトランタ市内12か所にヘリポートを設け、それぞれを結んで低高度の飛行経路を設定した。経路沿いの航法と飛行監視の手段は、NASAの開発になるGPS/データリンク通信システムである。

 その装置を取りつけて実験運航に参加したヘリコプターは120機以上。準備段階では50機程度の予定だったが、その2倍を越えるヘリコプターがオリンピック期間中の17日間、アトランタ上空を自在に飛び回ったのである。

 飛行時間は総計1,500時間。一機平均12.5時間しかないようだが、実際はオリンピック直前になって急に追加された60機余のヘリコプターが殆ど警察機だったために待機が多く、したがって飛行時間の大半は具体的な飛行任務を持った約50機のヘリコプターによるものと思われる。とすれば、17日間で1機平均25〜30時間は飛んだであろう。月間50時間くらいの飛行に相当するわけで、まずは順当な飛行時間といえよう。 

 12か所のヘリポートには運航管理者を置き、夜間照明を設置した。また本計画の技術的な中心となったジョージア工科大学にはプロジェクト本部を置き、各機の飛行位置を監視するための設備を設けた。といっても高価な空域監視レーダーなどを設置したわけではない。ごく普通のパソコンを使って、そのモニター画面に一定の空域の中を低空で飛んでいる多数のヘリコプターの位置を同時に映し出し、あらかじめ計画された飛行計画に照らして、実際の飛行方向や飛行任務の内容までも掌握することができるようにした。

 これにより飛行監視員は各機の位置を見ながら、航空管制に準じた助言をおこなった。同じような設備は、市内各地のヘリポートや飛行経路下のステーションにも置いて、常にどんなヘリコプターが何の目的で飛んでいるかが分かるようにした。

 一方、ヘリコプターの機内でも、あらかじめ計画した飛行経路やヘリポートや目標物、障害物などが、計器パネルの上に表示されていた。これによってパイロットは常に自機の位置を知ることができるばかりでなく、同じ空域を飛んでいる他機の位置も知ることが可能となった。そして、何か所かのヘリポートではディファレンシャルGPSを使って、気象条件の悪い中で非精密進入を敢行したのである。

 これらのモニター装置は信頼性が高くて故障もなく、地上でも機上でもヘリコプターの飛行位置をきわめて正確に表示して、計画通り、設計通りの完璧な機能を果たした。

 また市内上空を飛び交うヘリコプターの騒音が至るところで測定され、機種や位置や高度が自動的に記録された。環境問題については本計画が最大の配慮をしたところで、飛行に先立ってパイロットは飛行回避地域を確認し、騒音が大きくなるような急激な操作をしないよう訓練を受けた。その結果、アトランタ市内で17日間、1,500時間もの飛行をしながら、騒音苦情は1件もなかった。

 オリンピックにおけるヘリコプターの任務は人員輸送、保安警備、報道取材、救急、宅配便輸送などであった。これらの任務を果たすにあたって、ヘリコプターも運航上の信頼性が高く、スケジュール通りに飛べることを実証した。

 正確な時間が要求される宅急便の輸送にも、充分使えることが明らかになった。オリンピック期間中、アトランタ経済界はとりたててヘリコプター輸送に関心をもっていたわけではないが、宅配便の受け渡しに1,100回以上のヘリコプター輸送を利用した。これだけの飛行が、安全かつ時間通りにおこなわれたのである。

 ヘリコプターは一般に不経済で、不安全で、騒音が大きいと思われている。しかしアトランタの実験運航によって、機材、パイロット、地上施設、飛行経路、管制方式などを統合する運航システムが有効適切に組み上げられるならば、都市交通機関として充分実用になることが実証されたのである。

「これはヘリコプターの歴史上、画期的な出来事だ」と国際ヘリコプター協会(HAI)の責任者は語っている。「安全で効率的な飛行と管制が可能であることが実証されたばかりでなく、ヘリポートの位置が適切であれば経済的で有効な垂直運航が可能になる」

 かくてアトランタ近距離輸送システム(ASTS)計画は、今や「ヘリスター」(HELI-STAR:Helicopter Short-Haul Transportation and Aviation Research)と改称され、アトランタから広く一般的、日常的な都市交通計画へと拡大することになった。今後は同じような簡便な垂直交通システムが、ニューヨークを含む米国内はもとより、世界中の都市へ普及していくであろう。

 この成功と時機を同じくして、FAAのヒンソン長官はGPSの民間利用計画を承認した。これは1994年につくられた運輸省の「連邦無線航法計画」の一環で、この承認により現用の航法援助施設はほとんどなくなることになった。まず1997年末までにオメガ航法施設をなくし、2000年までにロランCを廃止、その後2010年までにVOR、DME、ILS、NDB、マーカービーコンなどの装置や施設を次々と撤廃してゆく計画である。

 いかにもアメリカらしい徹底した方策で、あとはGPSとその関連施設に変わる。ということは、これまでの地上施設の設置と維持にかかっていた費用や人員が不要になり、簡便なGPSになって経費の節減ができるばかりでなく、航空機の方も航法のための機器が軽量、安価なものですむ。同時に航法または管制の機能はアトランタの実験で見たように拡大することが可能となる。

 いま世界の航空航法は、ヘリコプターばかりでなく、定期航空を含めて大きく変わろうとしているのである。

 (西川渉、『日本航空新聞』96年9月5日付掲載)

 目次へ戻る) (表紙へ戻る