まだある規制緩和の課題

 アメリカの航空に関する規制緩和がはじまって20年が経過した。法律ができたのは1978年12月24日である。そこで、この法律の成果はあったのか、この20年間に何が起こったのかといった調査研究が米国では盛んにおこなわれ、議論されている。

 そうした論文の一つを先頃インターネットで見つけた。米政府の政策にも影響力を持つといわれるヘリテージ財団のレポートである。

 1998年4月22日付けだから1年ほど前のものだが、航空事業の規制緩和は信じられぬほどの成果を挙げ、この20年間に消費者が受けた恩恵は、たとえば次のようなものがあるという。

航空運賃は今日、1978年の当時にくらべてほぼ40%下がった

1939年から1978年にかけて、米国の航空死亡事故は毎年平均6件ずつ発生した。が、1978〜97年の平均は年間3.5件であった

飛行便数は1978年が500万便、1997年は820万便で、この20年間に63%増となった

定期便の飛行距離は、1978年が25億マイルだったが、97年は2倍以上の57億マイルになった

路線構造も「ハブ・アンド・スポーク」システムの導入によって、相互に結ばれる地域が増加した

新しいコンピューター予約システムの実現によって、航空便の予約が便利になった

こうしたことから航空旅客が増え、1978年の2.5億人が97年には6億人になった

 つまり、運賃が下がり、安全性が高まり、飛行便数が増え、路線網が拡大して、利用者の利便性が向上し、航空旅客が増えたというのである。

 さらに、これまでは見られなかった低運賃の航空会社やコミューター航空会社が出現した。彼らは多くの路線で安い運賃を提供し、旅客を惹きつけた。しかも航空事業分野には今も次々と新しい会社が参入しているから、この傾向はさらに強まるという。

 ただし、そうした新規参入会社に対して既存の大手エアラインは、たとえば特定の路線だけ運賃を下げて対抗し、市場から追い出そうという攻勢をかけたりする。それを違法なダンピングと見たのか、米運輸省は大手企業の不当な攻勢が見られるときは、それを抑えるという法律案を出してきた。

 それに対してヘリテージ財団は、経済的な競争に政府が介入することは、良くも悪くも市場の原理を損なうことになる。絶対に手出しをすべきではないとしている。実は、ここに取り上げた論文もそれを主張するものであった。

 大手エアラインも当然、政府の介入には反対で、アメリカン航空のボブ・クランドル前会長は「低運賃の航空会社が市場に参入してくると競争の健全化であるといってほめそやす。その一方で、大手が運賃を下げると弱肉強食だといって非難する。政府のやり方はダブル・スタンダードではないか」と語っている。

 ともかくも、ヘリテージ財団は規制緩和が成功だったという評価のもと、さらに自由化を促進すべきであるとして、次のような航空政策を提言している。

空港を民営化して、発着容量や施設内容の改善をはかる

出発時刻、スロット、ゲートなどの金銭による売買を認める

航空管制を民営化して、空域の混雑と安全性の向上をはかる

エアラインに対する施設使用料金や通行税をなくす

国内線にも外国エアラインを導入して、競争を促進する

 こうした提案について、ヘリテージ財団は一つひとつの提案理由を細かく説明している。たとえば空港を民営化する目的は、政府が空港の運営管理をすると、官僚的、社会主義的な運営になり、それゆえに既存の航空会社に有利で、新しい航空会社には不利になる。したがって真の競争が行われにくい状態をつくり出す。

 空港を民営化すれば、同じ施設であっても、その容量を最大限に拡大し、ゲートの利用やスロットの割り当てにしても最も有効な機能を発揮させることができる。空港の運営が官僚的な仕組みで行われていれば、単に効率が悪いばかりでなく、発着便の遅延の原因ともなる、と手きびしい。

 紙幅の関係で、2、3,4項の説明は直接もとの論文を読んでもらうこととして、5項のカボタージュ問題に関しては、次のような論法を展開している。――アメリカ人は外国との自由な交易によって豊かな経済活動をしている。消費者としても自動車、電気製品、衣類、その他ほとんどあらゆる商品について自由に外国製品を買うことができる。しかるに国内航空路線だけは外国便を選ぶことができない。航空旅行も他の商品と同様、外国のものが選べるようにすべきではないか、と。

 まことに過激な提言だが、今の趨勢からすれば将来いつかは実現するにちがいない。現に欧州ではヨーロッパ連合(EU)の成立によって域内17か国が相互に国内線を他国にも開放することになった。こうした動きは、やがて世界中に広がり、日本も波をかぶるに違いない。日本ではまだ規制緩和がはじまったばかりだが、いよいよ航空法が国会へ上程され、来年2月を期して法律改正がおこなわれることになった。航空業界も覚悟を決めて、新たな事態への対処方策を練り上げておく必要があろう。

(西川渉、『WING』紙、99年3月3日付掲載)

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