<米空軍次期捜索救難機>

HH-47チヌーク

 アメリカ空軍は、かねて選考を進めてきた戦闘救難ヘリコプター(CSAR-X)にボーイング・チヌークを選定した。この決定は去る11月9日、HH-47という呼称と共に発表された。

 HH-47は旧来のCH-47やMH-47チヌークを基本とする改良型の派生機である。一見鈍重な感じのするタンデム機で「今さら何故?」と思う人も少なくないだろう。競争相手は新しい技術を採り入れたシコルスキーS-92やアグスタウェストランドEH-101といった最新鋭機だったので、専門家の間にも意外という驚きが広がった。下馬評でも、本命はEH-101という見方が有力だったのである。

 その当て馬HH-47がなぜ選ばれたのだろうか。

HH-47の救難能力

 チヌークは日本でも陸上自衛隊と航空自衛隊が採用しているところから、よく知られているとおりである。開発は1950年代後半に始まり、61年に初飛行、62年から米陸軍のCH-47Aとして実用化された。

 その後、CH-47B、C、Dと発展し、エンジンが強化され、搭載能力も増えた。最近のCH-47Fは2001年に初飛行した改良型で、エンジン出力が増え、ペイロード/航続性能が向上、2006年から量産機の引渡しがはじまったばかりである。また特別任務にあたるMH-47Gは長航続の飛行能力をもち、きびしい気象条件の中でもすぐれた作戦遂行能力をもつ。

 チヌーク・ヘリコプターは、米国ばかりでなく、日本を初めイギリス、オランダ、台湾、シンガポール、オーストラリア、韓国、ギリシアなどで使われ、最近までに1,000機以上が製造されている。

 こうした実積を背景とする新しいHH-47は、現在の空軍救難機HH-60Gに対し、生還能力、航続距離、ペイロード、戦闘能力、全天候性、即応性などの改良に主眼を置いて設計された。捜索救難機としては555km前方の敵地まで進出し、撃墜された味方機の乗員2人を救出、連れ戻してくることができる。

 その任務を遂行し無事帰還するためには、生還能力と戦闘能力にすぐれ、高地、高温、砂漠、厳寒などのきびしい気象条件の中でも飛行できなければならない。そのためアビオニクスが改良され、赤外線暗視レーダーや地形衝突回避レーダーをそなえ、自動操縦はもとより、きわめて指定の悪い中でも地形に沿った超低空飛行ができる。ローターブレードには防氷装置がつき、電線衝突防止装置もつく。

 エンジンはFADEC(完全電子コントロール装置)をそなえるT-55-GA-714Aターボシャフト(4,868shp)が2基。これで最大281km/hの高速飛行が可能となり、ペイロードは最大9トン半に達する。

 戦場への展開飛行に際しては、補助燃料タンクをつけて航続2,150kmとなるが、空中給油によってさらに遠くへも飛べる。また大型輸送機C-5による長距離の空輸も可能。そのため後方パイロンは簡単に取り外すことができるし、組み立てにも時間がかからない。実際にボーイング社は、CSAR-Xの選考試験にあたって、チヌークの尾部を2時間で分解し、3時間で組立てて見せた。

2段階に分けて製造

 こうしたHH-47について、米空軍とボーイング社との間には、先ず7億1,200万ドルで4機の試験機を試作する契約が結ばれる。そのうえで実用型HH-47の量産に移行し、総額100〜150億ドルで141機の実用機が製造され、現用100機余の救難機HH-60Gペーブホークと入れ替わる計画になっている。

 HH-47の生産は、第1段階のブロック・ゼロと第2段階のブロック10に分かれる。ブロック・ゼロはCH-47FおよびMH-47Gの発達型として、141機の全機が2012年までに製造される。それを改修するのがブロック10で、2019年までに完成することになっている。

 ブロック・ゼロの特徴はローターブレードの防氷装置、ディジタル自動操縦装置、二重ホイスト、電線衝突回避装置、HUMS(装備品の異常モニター装置)など、さまざまな改良と新技術が採り入れられる。さらにブロック10では、ローターシステムの改良、空対地および空対空のミサイル装備、敵の化学/生物兵器探知センサー、電線探知回避装置、弾道飛翔体接近警報および光学的防御システムなどが加えられる。

 なお、超低空の地形追随装置や地形衝突防止レーダーは、ブロック10から装備するというのが空軍側の要求だったが、ボーイング社はブロック・ゼロの段階から搭載することにしている。

 こうしたHH-47の実戦配備が始まるのは2012年。2018年からはブロック10の配備が始まり、2024年には全機ブロック10の完全な状態で稼働する計画である。

 なお、HH-47について、実はボーイング自身も当て馬と考えていたフシがある。最新の捜索救難機として真に提案したかったのは、V-22オスプレイであった。しかしティルトローター機ではコストがかさみ過ぎて、空軍の想定する範囲内に入らない。やむを得ずチヌークに切り換えて提案したところ、そのダークホースが金的を射止めたのであった。

強豪2社が競争相手

 米空軍の捜索救難機の取り替えが正式に認められたのは1999年である。現用HH-60Gの老朽化を見越して、当時は「兵員回収機」(PRV:Personnel Recovery Vehicle)という呼び名だったが、後にCSAR-X(Combat Search and Rescue)に変わった。計画の進行は延び延びになったものの、その中からアグスタウェストランドEH-101、シコルスキーS-92、そしてボーイング・チヌークが名乗りをあげてきた。

 アグスタウェストランド社はロッキード・マーチン社を先頭に立て、ベル・ヘリコプター社と組み、米大統領専用機に採用されたUS101を基本とする改造型を提案した。専門家の多くは、おそらくこれが捜索救難機として最適であり、したがって競争にも勝つだろうと見ていた。

 というのもEH-101はキャビン容積が大きく、高出力のエンジン3基を搭載し、海上からも発進できて、機敏な運動性をもつ。したがって敵の攻撃を避けながら、味方の兵員を救出する能力に長けており、カナダ機として採用されていることから、気象条件の悪い中でも安全に飛ぶことができる。燃料タンクはセルフシールになっていて、敵弾があたっても燃料漏れは起こらない。見積り価格も妥当といった特徴から、空軍内部にもEH-101に傾く意見が多かったといわれる。

 ただし欧州機であるため、昨年、大統領機「マリーン・ワン」に選定されたときも問題となったように、政府としては率先してアメリカ製品を買うべしとする「バイ・アメリカン」の基本政策に反するという論議を呼ぶおそれもあった。

 もうひとつの競争相手、シコルスキー社はS-92の軍用向け改修機HH-92を提案していた。それが敗退したことは、同社にとって二重の意味で打撃だったにちがいない。ひとつはHH-92が現用HH-60Gを基本とする発達型で、同機は1982年から実戦配備が始まり、今も100機余が使われている。その後継機が他社に奪われるという事態はシコルスキーにとって大きな屈辱であろう。

 もうひとつは同じS-92が昨年、大統領専用機の競争にも負けているので、連敗を喫したことになる。これでS-92は、軍用機としての道を閉ざされるのではないかと見るむきもある。

 では何故、これらの強豪をしりぞけて、チヌークが選ばれたのか。この大型タンデム機は、いかにも鈍重でやかましく、どう見てもスマートな設計ではない。にもかかわらず、半世紀近くも時代を逆戻りさせるようなHH-47が選ばれた。

 その理由は、むろん推測の域を出ないが、基本的にはチヌークの長年にわたる生産機数および運用実積と、それに基づく信頼性であろう。長く使われてきた機材だけに技術的なリスクが少なく、余裕があり、飛行性能も分かりきっている。むろん捜索救難機として要求された任務も充分に果たすことができる。

チヌーク選定の理由

 米空軍は従来、各時代の最新の技術を採用するのが常であった。しかし今回チヌークを選んだことで、伝統が崩れたことになる。とはいえ、チヌークが決して古ぼけた機材というわけではない。米空軍の判断としては、如何にすぐれた技術であっても、まだ新しくて熟成しきっていないようなものを採り入れる余裕はない。その点チヌークならば砂漠や高地での戦闘経験も有することから、長い実積のある機材に新しい改良を加えることによって、本来の目的が達成できるという手堅い判断があったのであろう。

 さらに調達費が安かったらしい。製造費の総額も、空軍が150億ドル以内と提示していたのに対し、ボーイングの見積もりは100億ドルだった。これが後に不当に安いという非難を受けることにもなるが、ボーイング社は150億ドルの中には運用費や整備費が含まれているので、メーカーとしての製造費だけを考えるならば決して矛盾はないとしている。

 それにボーイング社は過去数年来、チヌークの主要部品の設計をやり直すなどして製造費と運航費の削減に努力してきた。この努力は本来、米陸軍の現用機改善のためになされたもので、改良型1号機は2006年10月23日に初飛行したばかりである。その改良の結果が空軍にも認められ、HH-47の採用につながったものといってよいだろう。

 加えて、チヌークは納期を早めることができた。納入開始時期が空軍の予定よりも数ヵ月早い。空軍も「ボーイング機は、他社より早く配備できる可能性がある」としている。そのことによって新しい捜索救難機は、2012年の第4四半期から実用可能となった。

 もうひとつ、HH-47は空軍機ではあるが、陸軍との共同作戦が考えられる。陸軍は兵員輸送用にCH-47Fの調達を進めており、特殊作戦向けにはMH-47Gを採用した。新しいHH-47も捜索救難ばかりでなく、陸軍と協力して、敵地に潜入する工作部隊を送りこんだり回収したりする機動的な兵員輸送に当たることが想定されているらしい。とすれば部品の補給などを考えても、使用機種をそろえた方が都合がよいことになる。

選定結果に異議申し立て

 これで、米空軍の捜索救難ヘリコプターの選定は終わったかに見えるが、実はまだ終わっていない。競争相手の2社が米政府に異議を申し立てたからである。この異議申し立ては米会計検査院(GAO)によって審査され、100日以内――この場合は2007年2月26日までに結論を出すことになっている。それまでは国防省の選定結果も確定せず、したがってボーイング社のHH-47に関する作業も手を着けることはできない。

 シコルスキー社の異議申し立ては11月17日に提出された。「機種選定にあたって、空軍はHH-92について正当に評価したかどうか確認したい」というものである。シコルスキー社は過去20年間にわたってHH-60G捜索救難機を米空軍に提供してきた。HH-92は、その実積の上に立つもので、果たして正確な評価がなされたのかどうか。あるいはHH-92の飛行能力など、正確な評価がなされなかったのではないかというのがシコルスキー社の疑念である。

 ロッキード・マーチン社の抗議は11月20日に出された。同社としては「こうした行動を起こすのは気が進まなかった。しかし、われわれはUS101が新しい捜索救難機として最適であると確信している。GAOにもう一度見直して貰い、この見直しによって空軍の決定が正しかったことを納得したいと思う」

 言い換えれば、納得していないのである。つまり空軍が競争入札の仕様に掲げた3つの基準――生還能力と飛行能力と最小限のコストが機種選定の判断基準として正しく適用されなかったのではないか。入札者の状況に合わせて都合良く解釈され、公正でも公平でもなかった疑問があるというのがロッキード・マーチン社の言い分である。

「われわれは、どのような基準によって最良の選定がなされたのか、明確に理解したい」と、ロッキード・マーチン社は語っている。

 これらの異議申し立てが正当かどうか。GAOの調査の結果、もし空軍の選定に誤りがあったということになれば、機種選定のやり直しが勧告される。その場合、空軍は60日以内に何らかの対応をしなければならない。

 この状況について、ボーイング社は今のところ何の反論もしていない。しかし、その胸のうちには「チヌークは、大きさからみても運用能力から見ても、米空軍の新しい捜索救難機として最適であり、戦場では困難な戦闘状況の中で遺憾なく本領を発揮することができる」という確信が秘められているにちがいない。

(西川 渉、『航空ファン』2007年2月号掲載、2006.12.26)

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