<日高リポート>
米国家戦略の大転換 『アメリカ軍が日本からいなくなる』(日高義樹、PHP研究所、2004年1月5日刊)は、驚くほど明快な本である。複雑な世界状勢を、こんなに割り切ってしまっていいのかと思うほどである。逆に複雑だからこそ、思い切って単純化しなければならないのかもしれない。
著者のテレビでの口調を真似て、本書の「話をまとめてみます」と、次のようなことになるであろう。
北朝鮮問題に関して
- 沖縄に駐留するアメリカ海兵隊は最新の装備をととのえ、強力な軍事力をもって戦闘態勢をとりつづけている。北朝鮮との戦争には、24時間いつでも出撃できる状態にある。
- 北朝鮮は核兵器の技術やミサイルなどをテロリスト国家に輸出しており、ブッシュ政権は金正日政権をなんとしても崩壊させなければならないと考えている。
- 北朝鮮を軍事的に葬り去るのは簡単だが、簡単でないのは、その軍事力の行使を中国、韓国、日本など周辺諸国が反対していることである。日本が反対するのは在日朝鮮人が騒ぎ出し、政治的に収拾がつかなくなると心配しているからである。
- その隙をついて北朝鮮が暴発し、日本はミサイル攻撃を受けるかもしれない。しかし金正日が暴発すれば、アメリカは直ちに軍事力で、この男を処分する。
- けれども、このような戦争状態は望ましくないと中国政府は考えている。したがって金正日が暴発する危険が見えたときは、即座に暗殺する。同時にアメリカは、北朝鮮のミサイル基地や核開発施設を空爆し、金正日の北朝鮮をこなごなに吹っ飛ばすことになる。
ブッシュ大統領について
- ジョージ・ブッシュ・ジュニアはビジネススクールを卒業しており、極めて実務的な大統領である。イデオロギーよりも現実を重視して、力こそ現実であるという当たり前の政策を進めている。
- 歴代大統領は財政政策や金融政策で景気を回復させようとしたが、ブッシュ大統領は戦争に勝つことでデフレの危機を乗り越え、アメリカ経済を改善した。
- アメリカ人が得意とするのは倹約や貯蓄ではない。戦争である。アフガニスタンやイラクとの戦争に勝ち、北朝鮮や中国に対しても軍事力を背景に外交的な成功を収めている。そこから新しいアメリカが生まれ、世界も大きく変わりつつある。
米大統領選挙について
- ブッシュ大統領はアメリカのリベラル国際派に嫌われ、『ニューヨーク・タイムズ』、ハーバード大学、ウォール街の人びとは、2004年11月の大統領選挙でブッシュを落選させようと動いている。
- したがってブッシュは苦戦し、再選は難しいという予想もあるが、必ずや再選される。理由は、アメリカの歴史上、外国と戦っている大統領を落選させたことはないからだ。
- テロとの戦いはアメリカを守るための戦いであり、イラク戦争もそうである。アメリカ国民はそのことを認めている。したがってテロに対する断固たる信念が揺らいだり、国連に主導権を渡したりしなければ、ブッシュは再選される。
アメリカ軍の日本駐留について
- アメリカ軍は世界の警察として、世界の治安を守る責任を自らに課してきた。しかしブッシュ大統領は、アメリカ軍はアメリカを守り、アメリカ国民の安全のために戦っているのだと考えている。したがって、日本や沖縄の人たちがアメリカ軍にいて欲しくないというのであれば、いつでも引き揚げるつもりである。
- アメリカはむしろ兵力の重点を中東に移したいと考えている。今のように、沖縄に海兵隊を置き、横須賀に第7艦隊を置き、三沢や横田に空軍を置いておく必要はない。
- 横田基地は、朝鮮戦争のときはB29の爆撃拠点であった。ベトナム戦争中はここから兵員、兵器、弾薬が送り出され、冷戦時は核兵器を搭載したB52が待機していた。今も世界中に張り巡らせたアメリカ軍の輸送ネットワークの拠点だが、イラク戦争のためには全く利用されなかった。これまでのような戦略拠点として使う必要がなくなったからである。
(イラク・ゲリラの標的になっている米兵は、この半年間で400人以上が死んだ)さて、われわれ日本人はこれまで半世紀にわたって、子どものうちは日教組の先生に教えられ、大人になってからは朝日新聞を読み、NHKテレビを見て、考え方を決めてきた。ほかの新聞やテレビも、思想的には両者の亜流だから、読売や毎日を取っているから違うということにはならない。
もちろん私自身もその1人で、それだけに上のような日高リポートを読むと、違う世界を垣間見たような気がして、いささか驚くのである。
確かに世界はどんどん変わってゆく。とりわけアメリカは、ブッシュ大統領になって全く変わった。その変化に拍車をかけたのが9.11テロで、このテロはブッシュ個人にとってはむしろ追い風となり、良し悪しにかかわらず今も吹きつづけている。だからブッシュは必ず再選されるというのが日高リポートである。
とすれば、いま民主党の大統領候補たちが指名争いに大金を使って、勝った負けたと大騒ぎをしているのが気の毒にもなってくる。民主党内の騒ぎが大きくなればなるほど、候補者同士のアラが見えてきて、高見の見物をしているブッシュはますます有利な立場に立つだろう。
もうひとつ気の毒なのがわれわれ日本人で、アメリカを守るための戦争に、これまた大騒ぎをしてイラクまで出かけて行かねばならなくなった。自衛隊の諸君も歓呼の声に送られて行ったのはいいが、無防備のまま殺されでもしたら、気の毒だけではすまされない。
アメリカがアメリカのために戦っているのだとすれば、自衛隊も日本のために出て行くのだという大義を、口先だけの説明ではなく、心底、国民に納得させる必要がある。
無論そんなことはできやしないから、自衛隊が日本のために、国民の納得するような遠征をするとすれば、行く先を西から北へ変向するのがいいだろう。これならば大方の人が納得する。というのも、われわれ日本人にとっては、イラク問題よりも拉致問題の方が焦眉の急だからである。
自衛隊のイラク派遣は、わが家が燃えているのを放っておいて、遠くの火事場へ手伝いに行くようなもの。これぞ美談と言いたいのかもしれないが、その火事のために自分の家族が傷つき、焼け死んでいるのだ。
アメリカがアメリカのために行動するのだとすれば、拉致問題をアメリカに頼みに行っても解決してくれるはずはないし、いくらイラクで手柄を立ててもアメリカが北朝鮮に報復してくれるとは限らない。日本もこの際、自分のために行動し、自分のことは自分で解決することを考えるべきである。
日高リポートを読んで、3番目に気の毒なのが首都圏の航空旅客である。羽田空港がパンク状態になっている一方で、目の前に広大な横田基地があいているというのだ。
本書の言う通りとすれば、日本政府はせめて共同使用をするくらいの交渉を積極的に進めるべきである。首都圏の空港問題も、これで大幅に緩和されるはず。国内線も国際線も便数が増え、行く先が増えて、乗客にとっては便利になるであろう。それに競争が増せば、運賃も安くなる可能性が出てくる。
もっとも、この傾向が進むと、羽田や成田の城に立てこもる日航や全日空の既得権益が薄まって、運輸省の役人も天下りのうま味が薄まる。したがって彼らが動くはずはないから、旅客の気の毒はいつまでも終わらないだろう。
(害無笑、2004.2.8)