<飛行船>

ツェッペリンがやってくる

 ドイツのツェッペリン飛行船が日本に向けて飛び立ったというニュースが伝えられた。日本飛行船が購入した「ツェッペリンNT」である。この14人乗りの船は、ドイツ南部のフリードリヒスハーフェンを6月13日に離陸、ヨーロッパ各地を経てシベリアを越え、途中10か所ほど降りて燃料補給をしながら、約2か月かけて日本に到着するとか。クルーも日本人だそうである。

 ツェッペリンが日本へ売れたというニュースを聞いたのは去る5月なかば、ベルリン航空ショーの会場であった。その発表によると、6年前に飛んで以来初めての販売とのこと。日本では2005年の愛知万博で遊覧飛行や宣伝飛行に使うのが当面の計画という。

 もっと詳しい話が聞けないかと思って、ショー会場の中でツェッペリン飛行船会社を探したところ、側面からツェッペリンを支援する「ツェッペリン・ヨーロッパ・ツアー」という団体がブースを出していた。頭上には大きな風船のような飛行船が吊ってあり、卓上にもいくつかの模型が置いてある。

 聞いてみると地上クルーは3人でいいらしい。全体の指揮を執るクルーチーフ、乗降客の世話係、それに係留マストに船体を結びつける係留係である。

 船体は軟式ではなく、骨組みの入った半硬式である。その両舷にプロペラがついていて、ティルトする。これで前進ばかりでなく、上昇や降下のための推進力としても使われる。さらに尾部先端にも2つのプロペラがあって、それぞれ方向舵と昇降舵の役割をする。こうした推進機構によって、大きな船体を自在に動かすことができる。地上員も最小限の人数ですむというわけである。

 そのうえ軟式ではないので、係留中の気圧や気温の変化に伴う浮力の調節にもさほど気を使わなくてすむ。軟式船に不可欠の徹夜の不寝番は不要という話であった。そういえば3年前のパリ航空ショーでも、このツェッペリン飛行船は飛行場の地上員がいないところで発着を繰り返しているのを見たことがある。

 船体の大きさは長さ75m、気嚢直径14.2m、全高17.4m。乗客12人または1トン程度の貨物を搭載して、最大速度125km/h、巡航速度90〜100km/hで航続900kmを飛ぶことができる。

45人乗りの大型飛行船構想も

 こうした飛行船を、ツェッペリン社は日本へ売ると共に、もうひと回り大きな飛行船を計画している。その構想は長さ125mの船体で、キャビンには総員48人、うち乗客45人の搭載が可能という大型硬式飛行船である。気嚢容積は5万立米だが、昔のヒンデンブルク号は長さ245m、容積20万立米だったというから、それに較べるとまだ小さい。

 しかし船体両舷のプロペラは左右2つずつで、運動性に富み、キャビン内部は広くて、14組のゆったりしたソファとテーブルのしつらえになる。なにしろ飛行船は飛行機のような安全ベルトも不要というほどで、乗客は自由に室内を歩き回ることができる。風の穏やかなときはエンジンを停めてもいいし、窓を大きく開けることもできるから、鮮明な写真撮影も可能となる。キャビン後方にはバーと展望室を設け、床の一部をガラス張りにして、足もとから直下を垂直に見ることもできる。

 この大型飛行船を建造するには、4億ユーロ(約550億円)近い資金が必要だそうだが、実現すればEU(欧州連合)の象徴として、観光客をのせながらヨーロッパ各地を巡回飛行する計画もできている。目的地まで一足飛びに飛ぶ飛行機ではなくて、飛行そのものが目的であり、空から名所旧跡や世界遺産をゆっくりと見て歩く文字通りの観光旅行を提供したいという。

カーゴリフターCL160構想

 大型飛行船といえば、ドイツではもう一つ「カーゴリフターCL160」構想がある。ペイロード160トンの搭載能力を持つ半硬式飛行船で、気嚢容積45万立米というからヒンデンブルク号の2倍以上という巨大なもので、予備設計も終わっている。けれども、これだけの大きなものをつくるには莫大な資金が必要だろうし、計画は必ずしもうまく進んでいないらしい。

 一方、アメリカでは500〜1,000トンのペイロードを搭載して11,000kmを飛べる大型飛行船の開発構想が提案されている。これは米陸軍の計画になるもので、戦闘部隊を米本国から中東やアジア各地へ96時間以内に展開させるのが目的。近く設計競争にかけて、2007年初めにはメーカー1社を選び、試作段階へ進む予定という。

 飛行船に対する人びとの夢とあこがれは、まだまだ衰えないらしい。そしてドイツを飛び立ったツェッペリン飛行船がいつ日本に顔を見せるか、その到着が楽しみである。


ツエッペリンのゆったりした乗客45人乗りキャビン
安全ベルトなどは要らない
手前の丸い柵の中は床面が透明なガラス張りで
地上の景観を真上から見ることができる

(西川 渉、『日本航空新聞』2004年7月15日付掲載)

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