<本のしおり>

都庁そろそろ首ですか

 佐賀県は、沖縄を含む九州8県の中でドクターヘリの導入が最も遅かった。2014年1月のことで、それまでは隣接する福岡県や長崎県の応援を受けていた。

 しかし、『県庁そろそろクビですか?』の著者によれば、本来の佐賀藩は先端的な科学力、技術力をもっていた。大砲製造のための製鉄用反射炉の実用化、蒸気機関車の製造、蒸気船の建造などで日本をリードし、当時の佐賀藩主も「新しいことは慣習を破ってでも学ぶべし」「常識を打ち破るのがリーダーの仕事」と唱えていた。近年も同じような姿勢の県知事が多いという。

 しかるに、都道府県別の魅力度は全国46位。というのも公務員の積極的な挑戦が見られないからで「決められたルールを守り、新しいことには手を出さない」といった空気が立ちこめている。そう感じた著者は、公務員こそは「公のための挑戦」をしやすい立場にあり、「私利私欲で悪いことをしなければクビになることはない」という確信から、県庁の医務課に所属する「はみだし公務員」として救急時間の短縮、ドクターヘリの導入に向かって突き進んでゆく。


(円城寺雄介、小学館新書、2016年2月6日刊)

 救急時間短縮のためには県内すべての救急車にiPadを配備して消防と医療を結ぶ情報の可視化ネットワークを整備、救急車のたらい回しをなくして迅速的確な搬送体制をつくり上げる。続いて、その実績データにもとづき、県の予算当局を初めとする関係者を説得、県議会および知事の賛同を得て、ドクターヘリの導入に成功する。それには、佐賀大学の阪本雄一郎教授の助力が大きい。その成果も、のちにドクターヘリに救護された患者さんの「ヘリコプターがなければ命はなかった」という言葉によく表れている。

 ところで何故か、東京にはドクターヘリがない。救急患者の病院収容時間が全国最悪の51.8分という手遅れ状態にもかかわらずである。「都庁そろそろクビですか?」と言って立ち上がる職員はいないのだろうか。

(東山 翔、HEM-Netグラフ39号、2015年3月20日刊掲載)


佐賀大学病院屋上に待機する佐賀県ドクターヘリ(ベル429)

 

【後記】

 ドクターヘリは全国38道府県46ヵ所で飛ぶようになった。しかるに東京都では、未だドクターヘリを見ることができない。至るところに大きな病院があるので、ヘリコプターなんぞは不要という考えかもしれぬが、とんでもない間違いで、下表に示すように東京の救急体制は全国最悪の状態にある。

 この表は、傷病者が救急要請をしてから病院に送りこまれるまでの時間を示すものだが、最近も杉並区のある診療所で救急治療が終わった後、夜になって医師がいなくなるため、患者の容態が急変すると、病院から救急車を呼ぶといった笑えぬ「笑い話」が現実に起こっている。今の都知事は昔、厚生大臣も経験したはずだが、足許の救急態勢をどう考えているのか。


ここでは「ベスト」という言葉を使ったが、本当はベストなどといえる状態ではない。
他県にくらべて、わずかに早いという程度で、
イギリスでは8分以内に治療開始という規則がある。
交通事故などの大量出血では、30分放置すると半数が死に至るはずで、
上のベスト県ですら大量出血者は半分しか助からない。

 

   

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