<本のしおり>

孫子の兵法

 『孫子の兵法』(飯島勲、プレジデント社、2016年5月20日刊)は、孫子の兵法というより、孫子に名を借りた「勲子の兵法」ともいうべき本である。

 とりわけ有益で面白いのは、自軍を負け戦(いくさ)に導く「走、弛、陥、崩、乱、北」の六つの条件による敗北の法則――走とは一の力で十の敵と戦う羽目になった場合、弛とは軍の幹部が弱い場合、陥とは兵卒が弱い場合、崩とは組織が崩れている場合、乱とは組織の統制がとれていない場合、北とは敵情を把握できない場合をいう。

 こうした条件が敗北を招くというのが孫子の教えるところだが、それを受けて小泉内閣の首席総理秘書官を勤めた著者の勲子は、民主党政権の悪夢のような3年間を想起する。2011年の東日本大震災にあたって、当時の菅直人首相は震災の翌朝早くからヘリコプターで福島原発へ飛んで行って現場を混乱させたり、東電本社へ押しかけて怒鳴り散らすなど、上の「弛」の条件をそのまま実践して見せた。

 さらにトップがこんな状態だから、民主党はまったく組織の統制がとれていなかった。そうして震災対応が非難されると、新たに内閣参与を15人も任命し、対策本部や会議などの組織を次々と立ち上げた。その結果それぞれが好き勝手なことをいうようになり、官邸の混乱はいっそう深まった。孫子のいう「崩」と「乱」である。

 具体的には「行政刷新会議」「行政改革実行本部事務局」「行政改革に関する懇談会」など名前ばかり大げさで中身は似たような会議を三つ、事務局組織を五つもつくった。しかも一つを除いては、法的根拠や権限のないものばかりというでたらめぶり。

 おまけに民主党内でも似たようなことが起きていた。議論をしても何も決まらず、たまに何かが決まると気にいらない人が組織を飛び出す。こうして政権を取ったあとの離党者は100人を超え、孫子のいう「崩」を実証してみせた。これでは民主党などという政党が消え去るのは当然だが、今も一部の残党が名前を変えて知らぬ顔をしているのは悪質というほかはない。

 「走、弛、陥、崩、乱、北」は、政党や政治家ばかりでなく、民間企業でも十分に考えられる。社長から平社員に至るまで、組織としても個人としても、誰もが敗北の法則に当てはまることのないよう行動しなければならない。さもなくば、競争相手の前に敗北を喫することとなろう。民主党はまさしく、分かりやすい恰好の事例を残してくれたものである。

(小言航兵衛、2016.6.28)

       

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