<本のしおり>

アメリカ新大統領の本性

 米大統領選挙にあたって、アメリカのほとんどの新聞は民主党のヒラリーを支持していたらしい。それをくつがえして勝ったトランプに関し、ワシントン・ポスト紙が多数の記者を動員して書き上げたのが『トランプ』(ワシントン・ポスト取材班、文藝春秋、2016年10月20日刊)である。したがって、本書がトランプにとって辛口の内容であることはやむを得ないが、それだけに面白い。

 トランプ自身も本書の発売にあたって、選挙中のことだが、「買うな、退屈な本だ」と言って憤慨していたというから、競争相手は無論のこと、われわれ第三者にとっても面白くないはずがない。


原題は「暴かれたトランプ」

 最初のうち、今から1年半ほど前、トランプの派手な宣伝活動が始まった頃、「ドナルド・トランプは架空の大統領選挙に出馬している」だけと思われていた。ところが早くも「ひょっとすると、わけ知り顔のコメンテーターからけなされた人物のほうが良いと、国民は考えるかもしれない」という見方が出てくる。

 というのは、トランプが真実をありのままに話す権利や義務を主張し、「この国のリーダーを言い表すのに『ぼんくら』という以上にぴったりの言葉があるか」と語り、「言いたいことをズバリと言ってくれる」ことで支援者を沸きたたせるようになってきたからである。

 トランプは25歳にして、父フレッド・トランプのあとを継いで不動産開発会社の社長になった。並はずれた才能と強い責任感を示したから、と父親はいうが、他人からは若造の「厚かましい開発業者」と見られていた。

 1980年代の雑誌には「虚飾、厚かましさ、俗悪の典型」「最も迷惑で、危険で、呆れ果てた人」などと書かれ、1990年には「アメリカで最もしみったれな大金持ち」と評された。

 というのもトランプは「30年間に1,900件余りの訴訟を起こし、1,450件の訴訟を起こされている」からだ。これはトランプのビジネス戦略の一つで、「訴えるぞ」という言葉は彼の常套句であった。

 報道機関に対しても「不誠実」「不公平」と呼び、テレビ・レポーターを「ごろつき」と決めつけ、自己宣伝、脅し、訴訟などの手段をためらいなく用いて最終的な目的を達成してきた。

 その結果、今いよいよホワイトハウスに入る準備を進める段階に至った。そのための政権移行チームの中で、大きな権力を持つのが彼の長男、次男、長女、その夫といったトランプ・ファミリーである。ひょっとして、閣僚に入るのではないかともいわれる。

 そんな家族偏重も昔から変わらないらしく、「子どもたちが仕事場にやってくるのは、いつも大歓迎だった」。「学校が終わったら、オフィスに来いよ」と声をかけ、同じ仕事場で遊ばせていた。

 妻イヴァナについても、結婚したばかりで副社長に据え、会社のことは何も知らないはずの女性に「大きな権限」を与えた。それが今や世界最大の権力となって家族の手にゆだねられつつある。

 選挙期間中も共和党主流派から、トランプは「詐欺師、ペテン師」で、「世の中をろくに知らない困った実業家」であり、「大統領になるには性格的に不適当」とされてきた。

 そんな男が間もなく大統領になり、一家で世界を引き回そうとしている。安倍首相にとっても、手強い相手となるにちがいない。11月17日の初対面にあたって、首相はこの恰好の参考書を読んでいただろうか。両者の関係がうまくゆくことを願っておこう。

(野次馬之介、2016.11.18)

    

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