<本のしおり>

歴史はくり返すか

 トランプ大統領は「ヒトラーの再来」ともいわれる。たしかに、この両者にはさまざまな共通点がある、と説くのが『ヒトラーとトランプ』(武田知弘、祥伝社新書、2017年6月10日刊)である。

 彼らの登場してきた背景には、いくつかの共通する問題がある。ひとつは両国ともに大きな債務を負っていた。第1次大戦に敗れたドイツは巨額の賠償金を課せられ、今のアメリカも貿易赤字が続いて莫大な対外債務をかかえている。

 もうひとつは移民問題で、当時のドイツは東欧などから多数の移民を受入れていたが、そのうちに本来のドイツ人が仕事を奪われ、大量の失業者が溢れるようになった。アメリカも不法移民が増えて、麻薬の密輸や犯罪が増加、失業者も増えてアメリカ人の不満を買うようになった。

 そんな国情の中へ現れた両者は、いずれも演説がうまい。過激で分かりやすい言葉をくり返しながら人びとを煽り立て、支持を増やしてきた。

 巧みな弁舌で政権につくや、ヒトラーは「失業問題」解決のためにアウトバーンの建設に取りかかる。短期間のうちに多額の資金を投じて、全国的な規模で高速道路網の建設工事に着手する。同時に、再軍備や都市再開発なども進めて、失業率は一挙に低下した。

 トランプも今、米国内の古くなった道路、橋、トンネル、鉄道、空港などのインフラ整備のために、莫大な公共投資を進めようとしている。加えて軍備の拡張である。ドイツの前例を見れば、これで景気は回復し、失業者も減るはずだが、果たしてどうなるか。

 余談ながら日本でも、バブルの後の景気回復を公共投資に頼ろうとした。しかし必ずしもうまくいかなかったのは、政府の投じた莫大な事業費が大手ゼネコンから中堅業者、零細業者というようにピラミッド式に流れ、それぞれの段階で蓄財に回って、労働者の取り分が少なかったからである。

 一方、ヒトラーのアウトバーン建設費は46%が労働者の賃金になったというから、失業救済と景気回復の効果はきわめて大きいものがあった。

 次の「移民問題」はどうか。ユダヤ人は古来、苦難の放浪を続けてきたが、ドイツは18世紀頃から彼らを受け入れるようになった。そこでドイツに落ち着いたユダヤ人は金融、政治、学問、軍隊など主要な分野で重要な地位を占め、大きな力を発揮してゆく。そこから多くのドイツ人に反感が生じた。

 ヒトラーもナチスが政権を取る前から『わが闘争』を書いて、ユダヤ人をエゴイズム、寄生虫、どん欲な獣といって非難してきた。それがナチスの「ユダヤ人迫害政策」につながり、ついには強制収容や大量虐殺という結果になった。

 トランプ大統領の移民政策も、イスラム世界を「国民の敵」と位置づけ、入国禁止などの大統領令を出す。それを裁判所が退けても、繰り返し命令書に署名するといった状況で、そのうちに国民大衆の心に火がつけば、昔のドイツと同じような結果をもたらすかもしれない。

 こうした段階を経て、ヒトラーは1938年から狂ったように他国への侵攻を始める。このため1939年、イギリスとフランスがドイツに宣戦布告をするに至った。

 トランプも大統領に当選するや、公約に掲げた目標を直ちに実行に移しつつある。TPPやパリ協定からの離脱を初め、特定国からの入国制限、メキシコの壁建設など。さらには軍備の拡張や公共事業など資金のかかるものも多い。

 こうした政策をトランプが今後なお続行しようとするならば、ヒトラーのように自滅しないとも限らない。というのはアメリカの財政は現在、火の車なのだ。そんな中で国防予算を大きく増やすことができるのか。いや他の省庁の予算を減らすというが、決して簡単ではない。

 「予算削減」は政治家にとって、昔から最もむずかしいとされてきた。役人たちが抵抗し、反乱を起こす結果にもなりかねない。当然のこと、政権の崩壊を招くであろう。その前にアメリカ政府の財政破綻を招き、やがてはアメリカ経済そのものが崩壊してしまうかもしれない。そうなれば日本も、アメリカの国債を世界で最も多く持っていることから、連鎖的に倒産に追いこまれるのではないか。

 ヒトラーの失策からアメリカの今後を見ながら、ついには日本を含む世界中を混乱の渦に巻きこもうとするトランプ大統領の行く手を予測し、読者にどうすればいいかを考えさせる本である。

 果たして歴史はくり返されるだろうか。

(野次馬之介、2017.6.6)

     

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