翻訳ソフトの実力

 

翻訳の王様

E to J INTERNET PLUS

コリャ英和95

 

 数か月前に「コリャ英和95」という翻訳ソフトを買った。TVコマーシャルにつられた上に、雑誌などでも評判が良くて、しかも安いと思ったからである。しかし使ってみて、こちらの頭がおかしくなったか、気が狂ったような気がした。ものすごい日本語が出てきたからで、一つひとつの言葉は一応日本語になっているけれども、センテンスに脈絡がなく、何を言っているのか分からない。というよりも、何ともいえぬ奇天烈な言語が現出したのである。

 しかし、単語を拾ってゆきながら、英文を見くらべて、うまく間をつなぐことができれば日本語になるのではないかと思い返して、しばらくやってみた。けれども時間ばかりかかって、到底はかどらない。これならば初めから自分で翻訳する方が早いと思ったから、すぐに諦めてしまった。無駄金を使ったようなものである。

 とはいえ、翻訳ソフトとか翻訳マシンというのは、日本語だけでは用が立たなくなった今日、まことに魅力的な装置である。何とかして、もっとまともな日本語の出てくる翻訳装置はないものかと、諦めきれない。

 あれから何か月か経って、少しはソフトの中身も進歩したのではないかと思い、最近の雑誌の付録についていたソフトを使ってみた。ひとつは「翻訳の王様」、もう一つは「E to J INTERNET PLUS」である。これらは「コリャ英和」も含めてインターネットの作動中にオンライン上で翻訳をしてくれるらしいが、それでは長い文章では無駄が多かろう。

 そこでインターネットから、クリントン大統領の「空軍士官学校での卒業式記念講演」をテキスト・データとして取りこんだ。これをコンピューターで日本語に翻訳してみようというのである。

 実は、その前に「AIRFRAME」という評判の高い小説の書評を各翻訳ソフトにかけたのだが、A4判16頁では長すぎるらしく、「コリャ英和」が途中で音(ね)を上げて、「メモリ不足か、ワークシートが扱える最大サイズを越えました。これ以上、文字の入力はできません」などと、自分のことを棚に上げて、他人(ひと)ごとみたいな言い訳をして止まってしまったのである。

 クリントン大統領の演説は、分量にしてその半分くらいだから、これならば良かろうと思った。

 まず「翻訳の王様」を動かしてみる。もっとも王様はオンラインでしか仕事をしないから、オフラインでは女王様に頼むこととなる。しかし、この女王も気むずかしくて、文章の中にひとつでも見なれぬ文字があると、「原文に英語以外の文字が入っているため、翻訳できません」と言って仕事をしようとしない。

 ところがテキスト・データとはいえ、クリントン大統領の演説中の写真などがあったところには<映像>などという漢字が入る。あるいはわずかな文字化けで奇妙な記号などが入っていると、もう駄目である。そうしたゴミを丁寧に取り除いて、何とか機嫌を直してもらったが、如何に女王とはいえ多少のことは大目に見て、もう少し気楽にやっていただけぬだろうか。

 翻訳作業は「精度優先」にしたが、A4判の日本語14頁を数分で片づけてくれた。しかし、英語が分からないのか、日本語が下手なのか、まだまだ不十分な翻訳である。内容は、大統領が国の将来をになう若者たちに向かって語りかける激励演説だから、さほど難しいものではない。また低俗な英語、舌足らずな英語、出鱈目な英語でもないだろう。 

 しかし次のような文章を読むと、われわれの頭は相当にこんがらかってくる。これでも、かなり良い方なのだが。

「ちょうど昨日,ロシアの平和のためのNATOのパートナーシップに活動的に,参加するという決定は,次の1世紀()間安全であって,しっかりしていて,また統一されたヨーロッパの大陸を確立することでもう一つの重要なステップに向けて礎石をすえるために,手伝った.

 明瞭に,ともに,我々を引くパワフルな歴史的な力が,ある-- 自由のための世界的な喉の乾き,および民主主義,世界中インフォメーション,アイデア,金,および人々を動かす経済学,科学技術の革命を市場で売る(べき)大きくなっているコミットメントは,レコードで速力を出す.これらすべての物()は,我々を一緒にして,我々の将来をより安全にするために,手伝っている.」

 同じ部分を、E to J INTERNET PLUSは次のように訳した。

「ちょうど昨日、平和のために活発にNATOの合名会社に参加するロシアの決定は次の世紀の間安全な、安定性がある、そして統一されたヨーロッパの大陸を設立することにおいてさらにもう1つの重要なステップのために基礎を賭けるのを手伝いました。 明らかに一緒に我々を引っ張っている強力な歴史的な軍隊があります 自由のための世界的な切望と民主主義、経済学を売り込む拡大する約束、記録的なスピードにおいて地球全体(に・で)インフォメーション、考え、金と人々を動かす技術革命。 これらすべてのものは一緒に我々を連れて来ることと、我々の未来をいっそう安全にするのを手伝うことです。」

 この E to J は、翻訳作業中の動きが見えない。作業をしているのか止まってしまったのか、不安にかられながら待っていると、しばらくして突如、WWWのブラウザーにのって日本語訳が出てくる。そのときは翻訳作業が終わっているわけで、途中経過が見えないから、むやみに時間がかかって、女王の2倍くらい待たされたような気がする。

 もっとも、時間をはかったわけではないから、実際はそれほどではないのかもしれない。というの雑誌の批評では「今回のソフトの中ではスピード、翻訳結果ともに一番よかった」となっていたからである。

 その翻訳結果だが、体裁は段落も何もない、ベタ打ちのテキストである。したがって、いささか読みにくく、こちらが体裁をととのえなければならない。訳文も、女王の方がまだ良いように思える。

 次に「コリャ英和」を使ってみる。翻訳作業中の状態は、E to J が全く動かず、女王は画面左上のタイトルに「翻訳中(31%)」などと出てくるし、右下のスケールも青くて四角い■マークが動いていくので安心して見ていられる。要するに目に見えるかたちで作業が進んでいくのである。

 ところがコリャは、こちらが手を貸してやらなければ作業が進まない。というのは、途中でちょっと難しい構文が出てくると、「解析エラーです」といったまま機械が止まってしまうのである。その解析エラーもたびたび起こるから、いちいち「OK」のボタンを押してやらなければならない。そのうえ解析できないパラグラフは翻訳をせずにとばしてしまう。だから作業は速いけれども、「拙速」というほかはない。

 結局、英文350行ほどのうち、250行ほど積み残されたから、実際に訳されたのは3割以下ということになる。しかも出来映えは次のような具合であった。

「昨日 Peace のために NATO Partnership に活発に参加するというロシアの決定が、次の世紀のために安全な、そして安定した、そして一つになったヨーロッパ大陸を設立することに更に他の重要なステップの基礎を置くのを手伝った。

強力な歴史的な一緒に我々、自由に対する世界的な切望と民主主義と市場経済学への増大する傾倒とインフォーメーションを動かす技術の革命と考えと金と人々を一緒にこれらのことが我々に持って来ている記録 speed. All においての地球に巻きつけていて、そして我々の将来をより安全にするのを手伝っている力が、はっきりとある。」

 どうやらコリャ君はピースとか平和という言葉を知らぬらしい。

 以上3種類の翻訳をご覧になって、クリントン大統領が何を言いたかったのか、いささかでもお分かりになったであろうか。

 実は英文は次のようなものであった。

Just yesterday, Russia's decision to actively participate in NATO's Partnership for Peace helped to lay the groundwork for yet another important step in establishing a secure, stable and unified European continent for the next century.

 Clearly there are powerful historical forces pulling us together -- a worldwide thirst for freedom and democracy, a growing commitment to market economics, a technological revolution that moves information, ideas, money and people around the globe at record speed. All these things are bringing us together and helping to make our future more secure.

 これを私なりに訳すと、次のようになる。

「昨日ロシアは、NATOの“平和のためのパートナーシップ”協定に積極的に参加することを決定しましたが、このことは次の新世紀へ向かって、しっかりと安定した統一ヨーロッパをつくり上げるための重要な一歩を進めるための基礎を築くのに役立つでありましょう。

 歴史的には明らかに、われわれの協力を促すような強い力が存在します。――それは自由と民主主義に対する世界的な渇望であり、ますます大きくなる市場経済への希求であり、情報、思考、マネーおよび人間が地球上を高速で動き回れるような技術革新であります。これらは全てわれわれ地球上の人間を相互に結びつけ、将来の安全を確保するのに役立つものです」

 英文を見て、ある程度の翻訳を読んだ上で、機械翻訳を見れば何となく分かるような気がしてくるであろう。しかし話は逆であって、英語が分からず、翻訳ができない、あるいは面倒な作業などしたくないからこそ機械に頼もうというのである。その意味では、翻訳ソフトの現状はまだまだ不十分であり、これを1万円前後で買わせるのはちょっとひどいじゃないかと言いたくなる。

 ちなみに女王様に「速度優先」の翻訳をしていただくと次のような結果になる。「正しいです昨日,ロシアそうです決定への活動的に参加しますでNATOそうですパートナーシップというのも平和手伝いますへの置きますその土台というのもしかし別重要ですステップで確立しますa 安全です,しっかりしていますおよび統一しますヨーロッパ人大陸というのもそのつぎに1世紀.

 明瞭にそこにそうですパワフルです歴史的です力引きます我々ともに-- a 世界的です喉の乾きというのも自由および民主主義,a 大きくなりますコミットメントへのマーケット経済学,a 科学技術革命その動きますインフォメーション,アイデア,金および人々世界中で記録しますスピード.すべてのこれらの物()そうです持って来ます我々ともにおよび手伝いますへの作ります我々将来より多くの確保します.」

 なんだか途方に暮れたような気持ちである。

  実はもっとたくさんの翻訳例を出し、さらに深く比較検討をしたいと思って、そのための準備もしていたのだが、書いているうちに長くなりすぎた。一例だけでは納得できない人も多いであろう。

 もちろん私は、翻訳ソフトの滅茶苦茶日本語を揶揄しようというのではない。もっと上手な翻訳を願うのが本文の目的である。いずれ、そうしたことも含めて続きを書きたいと思うが、ここではひとまず筆を置きたい。

 結論として、英文A4判8頁の演説でクリントン大統領が空軍士官候補生たちに何を言いたかったのか、これら翻訳ソフトだけでは残念ながら理解することはできなかった。

(西川渉、97.4.20

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