ティルトローター機がいよいよ現実のものになった。去る５月なかば、量産型オスプレイＭＶ-22Ｂの米海兵隊向け引渡しがはじまり、実用段階に入ったからである。
またベル社と伊アグスタ社が共同開発中の民間向けティルトローターＢＡ609は、受注数が77機になったことが６月のパリ航空ショーで発表された。同機は来年末に初飛行し、テキサス州アマリロに建設中の新しいティルトローター専用工場で製造され、2002年から量産機の引渡しに入る計画という。
こうした米国勢の動きに刺激されてか、欧州ではユーロコプター社がかねて市場調査をしてきた新しいティルトローター構想を計画にのせようとしている。おそらくは旅客19席の機体で、実証機を３〜４年かけて試作するもようだが、そのための研究開発費の支援を欧州委員会に申請した。承認があれば、2005年から実際の飛行試験がはじまると見られる。この計画には欧州の航空機関連メーカー33社が参加している。
加えて、イタリア・アグスタ社も新たなティルトローター構想を打ち出し、研究開発費を欧州委員会に申請すると伝えられる。同社は上述のように、ＢＡ609の共同開発パートナーである。にもかかわらず、新たに別の構想を打ち出してきた。まことに旺盛な開発意欲といわねばなるまい。
このティルトローター機は「エリカ」と呼ぶ次世代機で、ローターとエンジンが固定翼と共にティルトする構造。ただしティルトするのは固定翼の外側半分だけだから、ティルトローターとティルトウィングの両方の特性を持つ。アグスタ社によれば、固定翼が固定された状態では、その上で回っている回転翼の推力は12％ほど損なわれる。その出力の無駄を取り除くために翼をローターと一緒に変向させるもので、出力の無駄がなくなるからローター直径も小さくすることができる。結果として巡航速度を650��/hまで上げることが可能という。
大きさは20人乗りで与圧キャビンを持ち、全長16ｍ余、主翼スパン20ｍ、重量はおよそ10トン。エンジンは2,400shpクラスが２基である。
アグスタ社は、この研究開発のために約100億円相当の支援を欧州委員会に求める予定。計画が動き出せば、４〜５年後に地上試験機をつくってダイナミック系統と構造に関する試験をしたのち、２年後に飛行試験機をつくるという。この計画には英ウェストランド社、スウェーデンのサーブ社、イスラエル・エアクラフト社など16社が名前をつらねる。
ところでティルトローター機は飛行機かヘリコプターか――どっちつかずの「ぬえ」みたいな怪しげな乗り物だ、信用できないという人も多い。とりわけ固定翼に親しんできた人は、ほとんどティルトローターに嫌悪感をもっているように思われる。
しかし考えてみれば、50年前のヘリコプターも、当時の航空界では危険で脆弱で、とても使いものにならないといわれた。ティルトローターも長年の実験と開発の段階を経て、ようやく量産機の製造がはじまったばかり。評価が定まるのはこれからであり、実際にティルトローターが身近に飛びはじめ、操縦する人が増えれば、偏見は減ってゆくにちがいない。
事実、ティルトローター機の操縦を体験した人は、試験飛行にたずさわったテスト・パイロットばかりでなく、短い試乗経験者でも「案外操縦しやすく、安定している」と、好意的な見方をする人が多い。そして、しばしば「これは、ヘリコプターの発展型というより、垂直飛行とホバリングの能力を持った飛行機だ」という声を聞く。
ヘリコプターよりも飛行機に近く、しかも操縦がしやすいとなれば、ティルトローター機は多くの航空人にとって必ずや親しみやすいものになり、普及していくにちがいない。そうした見方から、ベル・ヘリコプター社の場合は一挙に他社を引き離し、近い将来、同社の販売高は６〜７割がティルトローターになるといった戦略を進めつつある。
その戦略に対して欧州勢は、ＢＡ609は小さ過ぎて、運航費が割高になるから旅客輸送には使えない。成功はおぼつかないと批判する。それに対し、ベル社は何をいうのも結構だが、批評をしているだけでは何にも生まれないし、われわれに追いつくこともできないだろうと反論する。欧米間では早くも舌戦がはじまっているのである。
そんな中で、日本はどうしようというのか。垂直離着陸が可能な飛行機ということになれば、ティルトローターこそはわが国の地勢に最も適した航空機といわなければなるまい。
とすれば、わが航空工業界の次期開発プロジェクトとしても恰好のテーマではないだろうか。取り組みの時期として、今日ならば間に合うだろうが、明日では遅すぎる。ここで躊躇していては、ＹＳＸがリージョナル・ジェットのブームを取り逃がしたように、再び遅れを取ることとなろう。
日本がいつまでも外国メーカーの下請けに甘んじることなく、この際ティルトローター・チャンスをつかまえ、その波に乗るべきではないかと思う。
（西川渉、『日本航空新聞』99年９月23日付け掲載）
（表紙へ戻る）