ICEクラッシュとヘリコプター

  

 去る6月3日ドイツの高速鉄道、インターシティ・エクスプレス(ICE)の脱線事故はまだ記憶に新しい。時速200キロで走っていた高速列車が脱線し、ダンゴ状になって折り重なるように線路上に横たわっている写真は、恐ろしい惨状を物語るに充分であった。その下敷きになって死亡した犠牲者102人に達したそうである。

 ところで最近、この惨事に際して35〜36機のヘリコプターが出動したという話を聞いた。きわめて断片的なもので、ヘリコプターがどういう役割を果たしたのか、詳しいことはよく分からない。インターネットでも調べてみたが、列車事故そのもについてはさまざまな記事があるが、その中のヘリコプターの役割については、ほとんど何にも書いてない。

 沢山のウェブ・サイトを見てまわった結果、ヘリコプターの文字が見つかったのは2か所だけであった。ひとつは6月3日付けのCNNの記事で「現場には消防、警察、陸軍の救助隊がやってきて大きな重機械を使用、犠牲者の引き出しに努めた。そうした怪我人をヘリコプターと救急車が大急ぎで病院へ搬送した」というもの。

 もう一つは6月4日付けのCFRAワールド・ニュースで「1時間以内に、多数の救助隊員が現場に集まり、救出された怪我人をヘリコプターが近くの病院へ運びはじめた」とあるのみ。これでは、ヘリコプター人の立場から見て不充分だから、いずれドイツ・ヘリコプター救急の元締め、ADAC(自動車連盟)の事務局長、クグラーさんに詳しい系統立ったお話を聞いてみたいと思っている。

  なお、最近ドイツに旅行した人の話の中で、このICE事故に触れたとき、やはり日常的なシステムが動いていなければ、大惨事には対処できないということになった。わずかな時間のうちに、多数のヘリコプターが事故現場に集まったのも、ドイツのヘリコプター救急システムが日頃から動いているおかげだったに違いない。

 本頁でも、私は至るところで大災害への対応は日頃のシステムの延長線上にあることを書いてきたが、「いざというときはちゃんとやって見せます」などといっても、実際はなかなかうまくゆくものではない。国や自治体の「防災計画」も、日頃の組織や行動やシステムが基本になっていなければ、何の役にも立たないことは、先日の和歌山市内の毒薬入りカレー事件でも証明された通り。

 あのときも、警察や保健所などの関係機関には異常事態が起こっているという意識や認識がなく、初動に立ち後れたために犠牲者を出しながら、いまだに犯人の目星もついていないではないか。

 蛇足ながら、ドイツの高速列車は1991年に走りはじめた。以来ドイツ国内の重要な交通機関として、乗客数は毎年30%ずつ増え続けてきた。もしも、この鉄道がなくて、車でアウトバーンを疾走するという昔ながらの旅行形態がつづいていれば、もっと多くの犠牲者が出ていたであろうという試算もある。

 また、この列車のために多くの航空旅客が奪われたらしいが、その点は日本も変わりがない。高速鉄道と航空機とどちらが安全かという論争もあり、日本の実績ははっきりしているけれども、ドイツの場合は「やっぱり高速列車は恐ろしい」などという議論もあって、航空旅客が戻ってくるのではないかという妙な期待感も出ている。

 なおフランスのTGVは1981年にパリ〜リヨン間で走りはじめ、時速270キロという高速を誇ってきた。最近までの17年間に死亡事故は1件――踏切で大型貨物自動車に触れて、2人が死んでいる。

(西川渉、98.8.8)

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