ヘリエキスポに見る
アイディアいっぱいのヘリコプター サクラは咲いたというのに、日本列島を覆うこの寒々とした閉塞感は何だろうか。自民党内部の国を忘れた権力争いと野党のだらしのなさ、官僚による私利私欲のための執務ぶり、そして最近は警察、検察、裁判官などの司法もまた無気力になってきた。
警察はなかなか犯人をつかまえられず、つかまえても取調べや裁判はいっこうに進まず、検察は犯人の亭主に捜査が進んでいることをばらすし、それを受けた亭主は証拠隠しに走り、事件発覚後の司法当局の処分も身内に甘く、形だけのうやむやで終わらせようとする。本来ならば、罪を犯したものが検察官や裁判官だからこそ、厳しく罰せられるべきではないのか。
そういう司法官たちがやっているせいか、裁判も時間ばかりかかっていっこうに結論が出ない。ようやく判決が出たと思ったらきわめて軽い結果だったり、薬害エイズ事件のように主犯が無罪だったりする。殺人罪だって1人殺したら懲役何年、3人ならば何年で、何人だったら死刑などという相場が初め決まっているとか。それじゃあ裁判官などは要らないではないか。
警察が手薄だったり無能だったりすると犯罪が増えるのは当然の帰結である。裁判の結果も不充分に過ぎると人びとの不満がたまってリンチが増え、闇の仕置き人が暗躍するようになる。近ごろ動機のない犯罪、通り魔的な犯罪が増えているのはそのせいではないのか。加えて政治家や官僚が出鱈目をやっていれば、一般国民だって機密費を使いこんだ外務省と同じようなことをするようになろう。
今や日本はアナーキーな無政府状態におちいった。そのはけ口を求めて政治家は首相みずから料亭や寿司屋に入りびたり、大衆はプロ野球やサッカーに夢中で、NHKなんぞは大金を使って毎晩わざわざアメリカの野球やバスケットを中継し、サッカーはトバクの手段になってしまった。このままでは遠からずして国家は崩壊し、日本は滅亡するであろう。
そんな閉塞感を脱したいと思いながら、2月なかばロサンゼルスで開かれたヘリエキスポに出かけた。会場のアナハイム・コンベンション・センターは、以前から見慣れた建物と違って、巨大な総ガラス張りに変わっていた。昨年夏2億ドルをかけて正面を増築し、ロビー、会議室、ホールなどを増やし、全体を明るく広く、快適にした施設が出現していた。気分も新たに展示会場へ入ったものである。
そこで目についたのが巨大な体躯に赤い塗装をほどこしたシコルスキーS-64である。スカイクレーンなどは昔の機材かと思っていたが、今や世界中で17機が飛んでいるらしい。シコルスキー社では民間機としてそんなに沢山製造しなかったはずだが、実は製造・販売権を買い取ったエリクソン・エアクレーン社が米陸軍から払い下げを受けた機体を再生しているのである。
主な用途は木材搬出、鉄塔建設など。最近は特に林野火災の消防活動に多く使われており、展示機も巨大な9トン入りの水タンクをかかえ、機首からは放水銃が突き出していた。放水銃を使わなくてもタンクの底を開けて大量の水を一挙に落とすこともできる。タンクには太いホースのついたシュノーケルがついていて、9トンの水を45秒で吸い上げるとか。
現在の17機はほとんどが米国とカナダの森林地帯に配備されているが、イタリアににも3機、ギリシャにも1機が待機中。今後も増える傾向にあり、工場には今も2機が入っていて、総分解のうえで民間向けに再組立てをしている最中と聞いた。日本ではよく名刺の隅に「再生紙使用」などと書いてあるのを見るが、同じ再生でも規模が違うし、豪快ではないか。
ヘリエキスポの会場では、米陸軍の攻撃ヘリコプター、AH-1の再生機もあった。会場の一角に、「売り物」という札を貼ったヒューイコブラが置いてあったので、まさか戦争ごっこをするわけでもなかろうし、エアレースにでも使うのかと思って話を聞くと、これも消防用というのである。
短固定翼の片側下面からロケット・ランチャーを取り外し、その代わりに容積400ガロン(1.5トン)の水タンクを取りつける。この水はシュノーケルで25秒で吸い上げ、火災現場との間を高速で往復し消火作業をすることができる。
機体価格は水タンク95,000ドルをつけて約130万ドル。FAAの型式証明を取るには費用と時間がかかりすぎるので初めから取るつもりはないが、州政府や消防機関など公共機関の要請で消火作業をするにはX類(エクスペリメンタル)の耐空証明で飛べるから問題はない。現にフロリダ州政府はコブラ消防機を1機保有しているという。
日本でも今、新しい攻撃ヘリコプターの選定がおこなわれようとしている。その後、古くなった現用AH-1はどうするのか。廃棄処分にして屑鉄屋に出すだけではなく、ロケットやミサイルを取り外し、先日の東京大演習「ビッグレスキュー」で見たような防災機として再生してはどうか。あるいは安く民間に払い下げてもよい。自衛隊には何だか厳しい処分規則があるようだが、ゴミの再生すらはじまった現在、ヘリコプターだって簡単に捨ててしまっていいのだろうか。
もうひとつ旧くて珍しい機体はシコルスキーS-55である。この朝鮮戦争時代のヘリコプターは本来ピストン・エンジンをつけていたが、ここに展示されているのはウィスパージェット社の改造になるS-55QT。機首の星形エンジンを取り外して、その代わりにギャレット・エアリサーチTSE331ターボシャフト(1,040shp)を据え付け、650shpに減格使用する。
このS-55QTの最大の特徴は「ささやくジェット」という改造メーカー名が示すように、騒音の小さいこと。その特徴を出すために、エンジン排気口には太い消音パイプを取りつける。またエンジン室の貝殻ドアにはカーボン繊維の吸音材を使って、エンジン全体から発する騒音を包みこんでしまう。
さらに主ローターは本来のS-55が3枚ブレードだったのに対して5枚ブレードとし、円板面荷重は変わらないがブレードにかかる翼面荷重を4割減として騒音を減らす。ローター回転数も、旧来の毎分220回転を201回転に減らしてブレードの先端速度を落とす。
そのうえ、ブレード数を増やしたことで後退側ブレードの失速がなくなり、搭載量の多いときや高高度を飛ぶときの飛行性能が良くなった。
こうした開発作業に6年を要したS-55QTは、1999年12月に型式証明を取り、乗客9人の搭乗も可能となった。これで遊覧飛行や救急患者搬送にも使うことができるというわけである。
この写真はロサンゼルス・カウンティ消防局(LACFD)の航空基地正面で見たもの。ヘリコプターが樹木の上に不時着したように見えるが、実は訓練施設である。
航空隊のリー・ベンソン隊長の説明によると、ヘリコプターは米陸軍で廃棄処分になったUH-1Hの胴体を貰い受け、それを石油会社の不要になった試掘用リグのやぐらの上に置いた。これでラペリング降下やホイスト吊り上げなどの訓練に使うのである。
一緒に見学に行ったツアー一行の中から、誰かがあの施設のヘリコプターの高さはどうやって決めたのかと訊いた人がいた。それに対してベンソン隊長が貰ってきたやぐらの高さに合わせただけと答えたのには笑ったね。日本人の発想が如何に小むずかしいか、米国人の発想が如何に自然であるかが分かるような気がしたが、これは国民性というよりは個々人の性格といった方がいいかもしれない。
それはさておき、日本の消防航空隊の中にも、たとえば格納庫の高いところにウィンチやロープをかけて、ホイストやラペリングの訓練に使うという設備を見たことがある。しかし本物のヘリコプターを高い所に置いて、そこから降下するのでは臨場感が違うであろう。しかも、この施設が基地正面に高くそびえ、その塗装もLACFDの現用機と同じ配色だから、外部からくる人に対し一種のシンボルとして誇示することにもなる。
しかも、その根元には殉職した隊員の顔を彫った慰霊碑が設けられていた。廃物利用の一石三鳥くらいの効果をもつアイディアといってよかろう。
以上のような発想は、むろん日本でも可能であろう。しかし、アメリカの違うところは、それを実行に移していることである。日本では仮りにアイディアが出ても、とくに航空機の場合は法規や安全基準がやかましい。規則の内容はアメリカとほとんど変わりがないはずだが、運用の仕方が異なる。まるで腫れ物にさわるようなやり方で、可能性を探る前に問題点を抑えこんでゆき、結局は出口をふさいでしまうのだ。
ヘリエキスポに展示されたアイディアいっぱいのヘリコターを見るにつけ、アメリカの開放感に対して日本の閉塞感がますます強くなるのを覚えながら成田に戻ってきた。
(西川渉、『日本航空新聞』2001年3月8日付け掲載に加筆)
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