1月18日朝、NHK第1放送のラジオ・ニュースで電話インタビューを受けた。阪神大震災から4年を経て、ヘリコプターによる防災態勢はどこまで準備がととのったかというテーマである。
ここに掲載するのは、その放送のために作成した私のメモである。「Q」というのは、あらかじめNHKからファクスで送られてきたアナウンサーの質問。「A」はこちらの答え。
実際の放送は、アナウンサーとのやり取りだから、多少のアドリブも含めて、このメモの通りではなかったし、長さもメモ全文の3分の2くらいになった。ここでは、しかし、放送されなかった部分も含めて記録に残しておきたい。
放送は午前7時20分、アナウンサーの「西川さん、おはようございます」という呼びかけではじまった。
Q:阪神大震災の当時、多くの人が何故ヘリコプターを消火活動に使わないのかと思ったのですが、その理由は何だったのですか。
A:1995年の当時、山火事に対してはヘリコプターが使われ、消火の実績もありました。一方アメリカでは阪神大震災の丁度1年前、1994年1月17日のロサンゼルス地震で、ロサンゼルス消防のヘリコプターが建物消火をしています。
しかし日本では残念ながら、市街地の消火にヘリコプターを使うことは想定されていなかったのではないかと思います。そのため阪神大震災のときも、ヘリコプターで水をまくと水圧で家が壊れるとか、ローターのダウンウォッシュが却って火勢をあおるとか、消火剤は人体に有害ではないかとか、いろんな議論がありました。そういう未知の部分が多くて、ヘリコプター消火に踏み切れなかったのではないかと思います。
Q:ホバリングの危険性もあったのではないでしょうか。
A:確かに強い火勢の上でホバリングをするのは危険ですし、そんなことは考えられません。一点に向かって水を散布するといっても、ホバリングをする必要はないからです。ある程度の速度で前進飛行をしながら水を落としていけばいいわけで、ヘリコプターも安全だし、火勢をあおるようなこともありません。
あるいは火事の上空を飛ぶのが危険という心配があるならば、あの場合、大火の周辺に空から水をまいて延焼防止を考えるべきでした。長年ヘリコプターの運用にたずさわってきたものとして、やはり何か行動すべきだったと思います。
Q:震災から4年たちましたが、ヘリコプターを取り巻く状況は、当時とくらべてどう変化しましたか。
A:まず機体数が増えました。現在、消防・防災ヘリコプターは全国の自治体に63機が配備されています。
次にヘリコプター消防のノウハウついて、消防研究所や東京消防庁などが、模擬建物を並べてヘリコプターによる大規模な消火実験をおこなうなど、消火の効果、火勢のヘリコプターへの影響、あるいはローターのダウンウォッシュの影響など、さまざまな実験データが得られています。状況は改善されているといっていいでしょう。
Q:それでは今、大規模な災害が発生したとして、ヘリコプターは人命、財産を守るために有効に活用できるでしょうか。
A:阪神大震災のときのようなことはないと思います。というのは機材が増えて、特殊装備品もそろい、知識も増えたからです。
けれども、もうひとつ、そういう機材や知識を組み合わせて、うまく動かすための仕組みというか、システムが必ずしも完全ではないような気がします。
そのような運用体制を完璧なものにするには、矢張り日常的な活動がおこなわれている必要があります。昔から「火事場の馬鹿力」といって火事のときには大きなタンスでも担ぎ出せるなどといいますが、実際はなかなか難しい。やはり普段から日常的に慣れていないと、思ったほどにはうまくゆかないのではないでしょうか。
Q:それは何故、どういう理由ですか
A:消防・防災ヘリコプターは過去10年以上にわたって毎年4〜5機ずつ増えて現在の63機に至りました。その導入の目的は消火、救急、情報収集、緊急輸送などさまざまな役割が課せられています。しかし現実には各自治体の保有機は1〜2機です。したがって、あれもこれもという対応は難しい。「2兎を追うものは1兎も得ず」といわれるような状態に陥っているきらいがあります。
結果として消火も救急も出動回数が少なく、貴重な実務経験を伸ばすことができていません。訓練も予算の制約があって思うようにできません。したがって、いざ本番というときに不慣れのまま出動せざるを得ないといった心配が残っています。
Q:そういう状況は、外国ではどうなっているのですか。
A:外国の状況を見てみますと、アメリカ、ドイツ、スイスなどいずれも消防機や救急機は別々の専用機が存在します。そして、たとえば救急ヘリコプターはアメリカでは約350機、ドイツでは50機、スイスでは15機が常時スタンバイしていて、町の中の交通事故でも救急車と同じような扱いで出動します。したがって、年間1機平均800〜1,000回の出動になります。
日本でも自衛隊や消防のヘリコプターが合わせて年間1,000回くらいの救急救助活動をしています。主に離島の急病人の搬送ですけれども、これは欧米のヘリコプターの1機分にすぎません。ちょっと比較になりません。
Q:民間のヘリコプター運用の長いご経験からいって、どうすればこの事態を改善し、災害時にヘリコプターを有効に活用できるか、何かご提言はありますか。
A:第1に消防用と救急用のヘリコプターを分けて考えることが必要です。これを混同しているとアブハチ取らずのような結果になります。現に消防車と救急車も区別されています。
そもうえで消火活動は、これはどうしても消防署の任務です。しかし、救急活動については、各自治体の体制がととのわないのであれば、民間ヘリコプターをチャーターするようなことも考えてはどうでしょうか。もちろん119番の緊急電話を受けるのは各地の消防本部ですが、その結果、救急車で間に合う場合は現在おこなわれているように救急車を走らせる。けれども距離が遠いとか、車が渋滞していて救急車では時間がかかるとか、崖崩れなどで救急車が近づけないとか、そういう場合は待機している民間ヘリコプターに指令を出して飛ばせばよい。
そもそもヘリコプターは本来、せまい場所にでも建物の屋上にでも空から接近して着陸できるという特性を持っております。これはヘリコプターを運用する上で何ら特殊なことではありません。民間ヘリコプターにとっても、きわめて当たり前のことです。
したがって万一どこかで大きな災害が発生した場合、消防・防災ヘリコプターが第一線に立つのは当然ですが、日頃から民間ヘリコプターも活用し、実際に運用しながら、その協力体制をつくり上げておくことが重要だろうと思います。
そのことによって、いざ本番のときには、消防防災機とか民間機とかいわずに、あらゆるヘリコプターが一致協力して有効な活動が期待できると思います。
以上のようなメモをもとに、放送は3分の1くらいを端折って7分間ほど続いた。誤解のないようにつけ加えておくと、災害対策は何といっても自治体が中心であり、消防当局が主役である。
どうかすると大規模災害は自衛隊が中心であり、何でもかんでも自衛隊にまかしておけば大丈夫と考えるむきもあるが、自衛隊の本務はほかにある。災害は、まず自治体が先頭に立ち、自衛隊はそれを支援する形でなければならない。
同時に、自治体を支援するもうひとつの勢力が民間である。問題をヘリコプターだけに絞るならば、自治体――すなわち消防や警察につづいて、それを補う形で出動するのは民間ヘリコプターでなければならない。自衛隊機はその後、自治体や民間機では手に負えなくなったときに出るべきものである。
もとより自衛隊を排除するわけではない。けれども自衛隊に頼り過ぎるのも間違いであろう。阪神大震災の前後、首相官邸にいたのは社会党の村山富市氏であった。この人は政権の座についた途端、長年の主張を捨て去って自衛隊の存在を承認したのはよかったが、勢い余って災害対策の何もかも自衛隊に頼りきるような姿勢に傾いた。
その行き過ぎがまだわが国に残っているのではないか。この辺りのしっかりしたルールをつくり、政府も自治体も自衛隊も民間関係者も、最終的には住民すなわち一般国民も、すべてが同じ認識の上に立って防災システムを築き上げ、日常的に動かして行くことが大切ではないかと思う。
阪神大震災の悲劇は二度と繰り返してはならない。
(西川渉、99.1.19)
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