<Joint Strike Fighter>

F-35の前途

 垂直飛行ができて、しかも超音速飛行が可能な第5世代の戦闘攻撃機、ロッキード・マーチンF-35の開発は設計仕様を欲張りすぎたせいか、期待が大きすぎたせいか、コストがふくれ上がり、日程も大幅に遅れて、予算打ち切りの恐れも出てきた。この3軍統合戦闘機(Joint Strike Fighter : JSF)は果たしてモノになるのだろうか。

 というのも、米国の軍事費は今どんどん減りつつあり、2023年までに4,000億ドル(約35兆円)の削減計画が進んでいる。が、今の財政難からすれば、もっと多額の削減になる可能性もある。とりわけ、史上最高の金食い虫、F-35としては最悪の事態に立ち至った。

 同機は今のところ6年遅れの2016年に実用化の見こみだが、国防省は、その後25年間で2,443機調達する計画で、調達金額は3,820億ドル(約35兆円)と見積もられている。

 F-35の開発は、ロッキード・マーチン社がボーイング社との競争の末に獲得した契約である。この1機種で、アメリカの旧式戦闘機のほとんど全て――空軍のF-16とA-10、海軍のA/F-18、海兵隊のAV8BジャンプジェットVTOL攻撃機などに取って代わる。そのため同じ基本設計から3種類の派生型を開発するという構想で、構造上は機体の80%が全機共通である。

 すなわち通常の離着陸をする空軍向けCTOL機、短距離離陸と垂直着陸をする海兵隊向けSTOVL、そして海軍の艦載型である。いずれもレーダーに映りにくいステルス性を有し、最新の電子装備とセンサーを搭載して、空中戦闘にも地上攻撃にもかつてない優れた能力を持つところから「第5世代の戦闘機」とも呼ばれる。ロッキード・マーチン社によれば現用機にくらべて、空中戦闘では4倍、地上攻撃では8倍の能力をもち、史上最強と称される。

 その莫大な開発コストは、米3軍とNATO8ヵ国が分担し、合わせて3,000機以上が生産される。実用機の引渡しは2010年から始まる計画だった。

 だが、あまりに多くの役割を盛り込んだために妥協点が多く、構造が複雑になり、しかも楽観的な開発日程を組んで、みずから危機を招いてしまった。

 とりわけ、この1年半、開発作業が進まず、コストがかさんで、F-35の熱烈な支援者の中からも疑問の声が出てきた。特に予算額は当初計画の1.5倍を超えるありさま。


3種類の派生型

 この厄介なF-35の開発を長年にわたって支持してきたのが、今年6月末に辞任したばかりのゲイツ前国防長官である。しかし、さすがの長官も2010年3月「遅延とコストのオーバーランは、もはや受入れがたい。根本的に計画を見直す必要がある」と発言するに至った。

 さらに今年1月には、逆に開発費に46億ドルを上乗せして、量産開始を遅らせるよう指示した。これは計画に間に合わせようとして中途半端なものをつくり、あとから改修に大きなコストがかかるのを防ぐためである。具体的には海兵隊向けSTOVLの構造と推進装置に問題があることから、2年間の余裕を与え、完全なものにするよう要求したのである。

 そのうえでブッシュ前大統領時代の国防省や、開発作業に当たっているロッキード・マーチン社を筆頭とする関連企業のコスト・コントロールがいい加減であるとして強く非難した。「費用がかかったからといって、無制限に予算を食いつないでいくようなやり方は止めるべきだ」と。

 今年5月、アメリカ上院の軍事委員会は、F-35開発計画の実態について聴聞会をおこなった。併せて米国会計検査院(GAO)の報告書も公表されたが、その内容はきわめて衝撃的なものであった。たとえば1機あたりの価格は2001年当時の物価水準で6,900万ドルだったが、現在は1億3,300万ドル(約100億円)と、ほぼ2倍になるというのだ。これに5,640億ドルの開発費を加えて、生産機数に割がけると、2001年の想定価格8,100万ドルが1億5,600万ドル(約120億円)になる。

 そしてGAOは、開発費が2007年以来26%上昇し、開発日程は5年遅れになったと結論づけた。確かにゲイツ長官による2010年の見直しは効果があった。けれども「開発着手から9年、生産開始から4年も経ちながら、今なおF-35は設計が安定せず、生産工程は習熟せず、システムは信頼性がないままである」

 STOVLの問題を別にすれば、もうひとつ大きな問題はF-35の電子機器とセンサーを作動させるソフトウェアにバグが多く、テストが進まないことである。聴聞会の場でも、議員の中から「この計画から出てきたのはがらくたの山であり、ロッキード・マーチン社の仕事ぶりは救いがたい」という声が上がった。


短距離離陸と垂直着陸が可能なF-35B(STOVL)

 さらに議員たちを心配させたのは、F-35の購入価格よりも、買ったあとの運航費と整備費。このF-35を使っている間、1兆ドルの経費がかかるというのである。国防省はF-35の運用経費について、それ以前の航空機よりも3割増しになると推定している。そのため国防省の中にも受入れがたいとして、別の代替機を探すべきだという考えも出ている。

 たとえば、軍用機だからといって全てがステルス性を持つ必要はないはず。またSTOVLは全てやめてしまって、残りの2機種についても半数に減らしたらどうか。そのため将来の戦闘機数が不足するというならば、今のF-16やF-18を安く買い足せばいいではないか。

 こうした意見に対してロッキード・マーチン社は、そんなことをすればF-35計画は滅茶苦茶になり、コストばかり上がって、使いものにならなくなる。同じことは先般、F-22について起こったばかりではないかと反論している。この最新鋭の戦闘機は当初750機の調達計画が183機にカットされ、1機あたりの価格は1億4,900万ドルから3億4,200万ドルに上がってしまった。

 F-35の開発が大幅に遅れ、開発費が膨張したのはSTOVLの重量問題が大きな原因であった。2004年に表面化したもので、その解決のために、他の2つの派生型については手がつかず、作業が止まってしまった。結果的に機体重量は1,225kgほど削ることができたものの、他の関連メーカー、たとえばBAEシステムズ社やノースロップ・グラマン社との共同作業が大きく乱れ、これを調整するのに2年ほどかかってしまった。

 もっとも、悪いことばかりではなく、STOVLの機体重量を減らしたことで、他の2機種も同じように重量が軽減された。そして、いったん量産に入れば、フォトワース工場では計画通り月産17機の製造が可能となり、1機あたりのコストも下がり始めるだろうとロッキード・マーチン社はいう。

 特にF-35には3種類の派生型に共通性が高く、機材故障の予防監視が可能であり、故障部品の交換作業も容易かつ簡単にできる。しかも旧型機にくらべて信頼性は2倍で、整備の手間もかからない。こうした要素は、まだ実用実績が出ていないので数字で示すことはできないが、F-35の費用を大きく下げる要素となるはず。

 こうしたロッキード・マーチン社の主張は、やや楽観的に過ぎるかもしれないが、たしかにF-35は簡単に減らしたり、やめたりすることはできない。というのは、現用戦闘機の多くが実用になって30年ほど経過しており、取り替えの時期になったことである。しかもF-35さえあれば、1種類だけで従来のさまざまな機種の代わりになることができる。

 仮に米国およびNATO諸国が調達機数を減らしても、その代わりに日本や韓国、シンガポール、台湾などが新しい顧客になるかもしれない。これらの国ぐには、それだけの資金を持っており、しかも中国の軍備拡張に神経をとがらせている。たとえばF-16は4,500機以上が生産され、長期にわたって使われてきたが、F-35も同じようになることは可能である。

 だが、上院軍事委員会がF-35計画を予算オーバーの理由で廃案にしようとする動きもある。実際にかかった金額が国防省の目標コストを10%上回ったならば、計画を見直したうえで、場合によっては取りやめにするという考え方である。

 8月に入ってからは、上院の6人の議員が国防省に書簡を送り、F-35計画に今後かかるであろう推定コストを提出するよう求めた。その書簡によれば、F-35のこれまでのコスト計算は従来の航空機を基準にした時代遅れのデータにもとづくもので、新しい実際の数値ではない。そのため見積もり額が低く抑えられ、実際のコストは予測値よりも大幅に上昇したのであると。

 したがってコスト見積もりをここでやり直し、新しく正しい推定値を算出すべきで、さもないと不正確な予算しか決定できないとしている。

 果たして、F-35の先行きはどうなるであろうか。


英海軍向けF-35

(西川 渉、2011.8.5)

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