<野次馬之介>

カタパルト発進

 

 カタパルト発進――といっても、さほど珍しいことではあるまい。けれども旅客機をカタパルトで飛ばすとなれば、いささか面白い試みではないだろうか。最近の英エコノミスト誌がそのことを書いている。

 飛行機は本来、長い滑走路の上を走って、一定の速度になったところで揚力がつき離陸上昇に移るものだが、このアイディアは機体をカタパルトの上に乗せ、短い間に初速をつけて短距離で離陸させようというもの。

 現実に昔の海軍でも、小型偵察機を軍艦の上からカタパルトで発射し、偵察飛行を終わって戻ってくると母艦のそばに着水して、クレーンで甲板上に引き揚げ回収するという仕組みだった。戦争中、伯父が重巡「鳥海」の参謀だったことから、馬之介の幼稚園の頃だったか、艦が別府湾に入ってきた機会に見学にゆき、頭上高いところに下駄履き(フロート付き)の飛行機が乗っているのにびっくりしたことがある。

 今の航空母艦でも、ご承知のとおり、甲板表面にカタパルトを埋めこみ、その動力で艦載機を発進させる。着艦は強力なワイヤで車輪を引っかけ、無理に止める仕組みである。

 飛行機の垂直離着陸に関しては、一時は飛行機を上向きに立ててジェット・エンジンを噴射してロケットのようにまっすぐ離陸させるアイディアが多かった。しかし、これでは乗員の乗り降りが大変で、いつのまにか消えてしまった。それにエンジンの噴射ガスや炎で滑走路や甲板が痛む。

 そこでエアバス社は、飛行機を台車の上に乗せ、比較的短い間に滑走速度を上げ、航空機の離陸を実現させようと考えている。台車を駆動するのは超電動のリニア・モーターで、地上からわずかに浮上したまま空中を突っ走るので、これを使えば東京〜大阪間でも1時間くらいしかかからない。それを空港に置くのである。

 人類初の動力飛行に成功したライト兄弟も、のちに一種のカタパルトを工夫し、飛行実験を続けた。これはおもり式の発進装置で、おもりの落下によって、兄弟のフライヤー号は十分な初速を得て、前方に投げ出される。このカタパルトにより、ライト機は軟弱な地面でも整地されていない場所でも、風のないときでも短距離で離陸することができた。実際には726kgの重りを5メートル落下させることにより、約160kgの牽引力を発生させたという。

 

 さて、英エコノミスト誌の報ずるエアバス社のアイディアは、なかなかに壮大である。

 現今の高速列車に使われているリニア・モーターを使って台車を動かすというのだ。このリニア・モーターは現在、超電導磁気浮上式リニアモーターカーとして東京から名古屋経由で大阪へ向かう路線が計画されており、上海ではドイツの技術によって、すでに実用になっている。これには馬之介も2005年に乗ったことがあるが、車内の速度表示が時速400キロを超えると振動が激しくなり、最高431キロに達したときは、轟音と振動と揺れのために余り好い乗り心地ではなかった。

 それより先の1985年、つくば科学万博でも日本航空が開発中のリニア線に乗ったことがある。

 日本の実用をめざすリニア・モーター・カーは最高505km/hの高速走行をめざして建設されている。とりあえず2027年には東京 - 名古屋間を40分で結び2045年までには大阪まで67分で走る。

 さて、飛行機を乗せたリニア・モーターの台車は動き出すと加速されて、飛行機の離陸速度に達する。すると飛行機は機首を上げて台車から離れ、あとは自分のエンジンで上昇してゆく。

 この方法によって、飛行機の離陸に要する燃料消費が少なくてすみ、エンジンも無理にパワーを出さずにすむから、航空会社にとっても付近の住民にとっても好ましい結果となる。特に成層圏を飛ぶような大型ジェット旅客機は、エンジンの燃料効率が高空を巡航飛行するとき最良になるように設計されているので、低空を上昇している間は燃料効率も良くない。したがって早く高空に達すれば、それだけ燃料も節約できるのである。

 さらに高空に上がってゆく時間が早ければ、付近の住民に対する騒音の影響も少なくてすむ。

 そしてリニア・モーターの離陸利用による最大の利点は、滑走路が3分の1くらいの長さですむことであろう。

 エアバス社の計算によれば、今の旅客機でもリニア・モーターで離陸すれば、区間距離900キロ程度の定期路線でおよそ3%の燃料節約になるらしい。さらにカタパルト離陸を前提として設計すればエンジン出力も今ほど大きくする必要はないし、したがって機体重量も軽くなり、それだけで燃料消費が減り、騒音も排気ガスも少なくなる。

 このようなエアバス社のアイディアは、すでにアメリカで実験飛行がおこなわれている。ジェネラル・アトミックス社という軍用機器のメーカーで、ニュージャジーに施設を設け、海軍のための実験を続けている。当面は空母に使うのが目的らしい。

 リニア・モーターを空母に使った場合、現状のスティーム式のカタパルトにくらべて、出力や速度の調節が容易で、乗員にかかるストレスも円滑だから、快適な離陸ができるという。また飛行機が離陸したあとの台車の停止も容易で、すぐに次の離陸に備えることができる。

 したがって、これを旅客機にあてはめても、乗客の感ずる加速度は今の旅客機と変わらず、カタパルトを使ったなどとは誰も気がつかないのではないかと思われるほどという。

 着陸も問題はない。航空母艦のようにワイヤを張っておいて、無理に飛行機の行き足を止めるのではなく、飛行機の着陸速度と同じ早さで動いているリニア・モーターの台座の上に接地し、台座とともにゆっくりと速度をゆるめていけばいいのである。

 そうなれば、よく考えて見ると、離陸のときも着陸のときも飛行機は自分で滑走する必要がないから、そもそも車輪が不要になる。これで車輪の分だけ重量も構造も節約できることになろう。

 馬之介としても、まことに面白いアイディアではないかと思われるのだが。

(野次馬之介、2012.11.1)

 


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