<ストレートアップ>

3年で倍増期待

 先日ダラスで開かれた国際ヘリコプター協会(HAI)の大会で、話をする機会を与えられた。何故か聴衆は比較的多かったが、下手くそな英語を日本的な発音で、つっかえながらしゃべったため、どこまで理解して貰えたかはなはだ心もとない。もっとも、私のしゃべりが分からなくとも、背後に映し出されるパワポイントの画面を見て貰えば話の趣旨が理解できるように仕組んであったから、多少のことは分かって貰えたかと思う。

 話の主題は日本のドクターヘリの現状だが、それに使ったパワポイントのスライド画面の中から2枚だけ、ここにご覧に入れたい。図1は2004年の8拠点の出動実積である。8ヵ所の合計が飛行時間にして1,554時間だから、1ヵ所平均200時間に満たない。拠点ごとに見れば半数の4ヵ所が200時間を超え、残りの半分はそれ以下である。

 出動回数は8ヵ所合わせて3,445回。1ヵ所平均430回になる。出動回数も飛行時間もこれらの2倍、少なくとも1.5倍くらいは楽にこなせるはず。無論それだけの救急患者がいなければ幸いだが、本当は人為的な制約があるからではないのか。

 たとえば交通事故への対応がほとんどできない。本来のヘリコプター救急はアメリカでもヨーロッパでも、交通事故の重傷者救護が発端であった。しかるに日本では高速道路への着陸が制限され、今ようやく着陸可能な場所を地図上に示す作業が進みつつある。無論まだ作業の途中だから実現はしていない。

 作業にあたっているのはヘリコプター会社である。高速道路を車で走りながらビデオ・カメラを回す。その映像を見ながら着陸の可否を判定し、道路地図の上に記入してゆく。ところが、ヘリコプター会社が着陸可能と判定した場所でも、それを持ってゆくと道路公団や警察が不可の判定を下すという。

 したがって道路上ほとんどの場所が着陸不可能というランクづけになるらしい。できるだけ危険な目に遭わせたくないという親心は有難いが、それだけでは患者さんの方が救われない。

 さらに、高速道路に熱を入れた余り、一般道路の方はほとんど着陸できないような状況になってきた。幅の広い有料道路であっても、道路公団の持ち物でなければ、着陸の対象から外すというのである。

 高速道路への着陸問題は昨年8月、長年の課題が解消したかに思われたが、実際は新たな課題が出てきた。これでは、道路着陸ができないのは立ち木や遮音壁などの障害物のせいではなくて、官僚体制そのものが新たな障害物ということになる。

 それに、いつぞや、この種の障害物調査はGIS(地理情報システム)の技術により、衛星を使ってできると聞いた。その方が簡単で早く、しかもきわめて正確に数値化されるという。そうなると人間の恣意が入ることもなく、的確な判定結果が得られるかもしれない。

 いずれにせよドクターヘリの交通事故への対応が軌道に乗れば、出動回数や飛行時間は今の1.5倍、もしくは2倍くらいに増えるであろう。それによって当然のことながら、1件当りの出動経費も減ることになる。救護患者が増えて経費が減るという一石二鳥の利得が生じるのである。

 上の図2はドクターヘリがカバーしている面積と人口の割合を日、米、独の3ヵ国で比較したものである。日本の場合、10ヵ所のドクターヘリでカバーされる面積は約14%。アメリカのような広大な国ですら19%が救急ヘリで護られている。ドイツは95%以上である。

 人口の割合は、ドイツについては明確な数字が不明だが、国土のほとんどが半径50kmの救急ヘリの活動圏内に入っているところから類推すれば、全国民のほとんどがヘリコプターで護られているといってよいだろう。

 驚くべきはアメリカで、面積では19%しかないのに、人口は74%がヘリコプターの飛行10分圏内に入る。適切に配備されているからだろう。それでも26%は救急ヘリコプターから外れているわけだが、それを補うため各拠点の活動範囲が広い。必要に応じて150km位の遠くまで飛ぶこともある。

 アメリカのヘリコプター救急は公的機関、公的費用による運営が少ないため、ヘリコプターは行政区画を超えて自由に飛んでいる。したがって実質はもっと多くの人がヘリコプター救護の範囲下にあると見ることができよう。日本のドクターヘリが都道府県の予算ではなくて、保険による費用負担に切り替えるべきだという主張は、こんなところにも理由がある。

 日本の人口比はわずかに33%。実際は、ドクターヘリの救急圏内に入る人口はもっと多いのだが、何故か千葉市、川崎市、横浜市、岡山市、福岡市などはドクターヘリを呼ぼうとしない。たとえば千葉県の費用で飛んでいるドクターヘリが、同じ県内の千葉市には飛ぶ機会がないのである。消防機があるから、それでやるんだということらしいが、実際にどのくらいやっているのだろうか。

 このような県と市の対立、というのが言い過ぎならば、昨年のベストセラー「バカの壁」という言葉を借りてきてもいいが、救われないのは千葉市民である。ほかの市民も同様で、そのために何人の「プリベンタブル・デス」(避けられた死)が生じているのだろうか。

 逆に、こうした壁が取り払われるならば、ドクターヘリの出動回数が増えるから救護される人も増え、1回当りの出動経費が割安になる。ここでも一石二鳥の結果が得られるのである。

 HAI大会での私の話は、そこまで日本の恥をさらすようなことは言わなかったが、ドクターヘリの現状は世界の先進的な国々にくらべていかにも情けない。やむを得ず将来に期待してもらいたいということで、2006年度は拠点数が1ヵ所増、07年度は少なくとも2ヵ所、うまく行けば5ヵ所増、そして2008年度には合わせて20ヵ所、つまり3年で倍増になるだろうと締めくくった。

 これらの見こみは、むろん出鱈目ではなくて、各県の動きを推しはかった結果である。単なる負け惜しみにならぬよう願うばかりである。

(西川 渉、『日本航空新聞』2006年3月23日付掲載に加筆)

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