<小言航兵衛>

ドクターヘリの道路着陸問題

 2007年6月16日付けの「神奈川新聞」に「救急ヘリ、秋から高速道路でも離着陸」と題して、要旨次のような記事が掲載された。

 東海大学医学部付属病院のドクターヘリが今年秋から、高速道路にも離着陸できる見通しとなった。

 高速道路上の交通事故への迅速な救急活動が期待される。6月15日の神奈川県議会で、公明党の赤井和憲氏の代表質問に松沢成文知事が答えた。県によると、同病院を中心とする運航調整委員会が東名、中央両高速道路での導入をめざし、100メートル単位で安全な離着陸場所の選定をしている。

 県が補助金を出している同病院のドクターヘリは、県内200ヵ所以上の離着陸場所が設定されている。しかし、高速道路は遮音壁や街路灯などの構造物が障害になっている上、風向きも複雑でヘリコプターの離着陸には適さないという。

 課題は多いが、高速道路で人身事故が起きた場合、道路上に離着陸できれば搬送が容易になることから、具体化を検討してきた。

 全国では昨秋から千葉、福岡両県が高速道路上に離着陸場所を指定しているが、実際に離着陸した例はまだないという。

 新聞記事は以上で終わりだが、これを読んで以下のようなことを考えた。

 ドクターヘリの高速道路での離着陸は1999年のドクターヘリ調査検討委員会のときから今なお未解決の課題となっている。医師やヘリコプター運航者は路上着陸を主張し、当時の道路公団と警察は二次災害を恐れて認められないという主張をかたくなに続けてきた。

 しかし元来、ヘリコプター救急は交通事故の死者を減らし、後遺症を軽減することを目的に始まったものである。欧米の先進的な国々ではヘリコプター救急出動の約3割が交通事故を対象として、路上着陸も頻繁に実施している。

 日本でそれができないのは、第1に道路幅がせまいためという。たしかに欧米の大陸諸国にくらべていささか狭いようにも見えるが、ヘリコプターが着陸できないほどせまいわけではない。40年前から行なわれてきた農薬散布などは田畑のあぜ道に離着陸して作業をしている。

 第2に、上の記事にもあるように遮音壁や街路灯はヘリコプターの障碍になる。けれども遮音壁はともかく、街路灯などは一部を間引き撤去すればよい。その代わりに低い位置に、たとえば遮音壁の頂部に電灯を取りつけるといったことはできないのだろうか。障碍になることが分かっているならば、少なくともこれから新たにつくる道路では街路灯を低くすべきである。燈火の数を減らしても、車の走行にはさほど差し支えが生じるとは思えない。

 第3に高速道路は交通規制がむずかしいという。けれども現に事故が起こったところでは交通が止まってしまうから、その先方は広く路面があくことになる。その周囲に街路灯や樹木などの障害物がなければ、ヘリコプターはそこに着陸すればよい。

 警察や道路会社は、しかし、対向車線も止めなければならないという。相互の間隔が近いときは問題だが、高速道路のほとんどは上り線と下り線との間に遮蔽物があるはず。ヘリコプターのダウンウォッシュによって反対側の車線を走っている車が吹き飛ばされるなどという人もあるが、ダウンウォッシュはそんなに強いわけではない。

 ヘリコプターのローターから吹き下ろされたダウンウォッシュは地表面に低く沿って周囲に広がる。したがってレンガを並べるだけでも風力は弱まる。実験の結果も、車に与える影響はほとんどないことが明らかになった。車と紙風船を一緒にして貰っては困るのである。

 第5の問題は運転者の態度振舞いである。けが人の生死がきわどい状態にあるときに、そこへ突っ込んでくる輩(やから)があるので危険というが、それが本当ならば日本は余程の野蛮国にちがいない。人の命を省みないような野蛮人は車を運転する資格がないはずで、免許を取り上げるべきだし、文明のレベルを上げるためには自動車教習所は運転技術ばかりでなく、運転マナーも十分に教えこむ必要がある。欧米では救急ヘリコプターが道路に近づいてくるのを見ると速度をゆるめ停車するのが普通だが、日本でも背後から救急車や消防車がくればそうするであろう。ヘリコプターの場合も同じことで、如何に野蛮な日本人だってそのくらいのことはできるのではないか。

 

 次の問題は高速道路ばかりでなく、都市内の道路着陸である。交通事故は普通の道路でも発生する。そんなとき道路が渋滞して、救急車の到着までに時間がかかるようなときはどうするのか。ロンドンでもパリでもワシントンでも、多くの都市で救急ヘリコプターが道路に着陸している。

 日本では先に述べたような問題のために、普通道路でも全く着陸はなされない。そのうえ、都市内の道路で最大の問題は電線である。日本の道路は、たとえば東京でもごちゃごちゃしているようだが、車や人がいなくなれば、実際はかなり広い。ただし電線が張り巡らされていて、このままでは危険である。

 逆に電線のないところならば、たとえば銀座通りでも霞ヶ関でも丸の内でも、新宿でも渋谷でも、人と車の流れを止めればヘリコプターは安全に着陸することができる。

 したがって電線を地下埋設にしなければならない。かつて景観上の問題から、電線は地下に埋めるべきだという議論が大きくなったことがあるが、いつの間にか消えてしまった。結果として東京の電線埋設率は数パーセントであろう。しかしロンドンやパリは100パーセントである。市内に、電線は全く見られない。したがって車や人が脇の方へよけるだけで、ヘリコプターの着陸が可能となる。日本も、これからは景観ではなくて救急という観点から電線を埋めてゆくようにしなければなるまい。


ロンドンの住宅街に着陸した救急ヘリコプター
街灯はあるが、電線は見られない

 救急ヘリコプターの道路着陸に関して、この数年来、われわれは何度も実験や訓練を見てきた。そのたびに100人からの人が集まり、ヘリコプターが飛び、救急車が走り、消防車が水を噴き上げ、議員や市長や消防長や警察署長や救急隊長といったエライ人が登壇して「これからはヘリコプターの機動力を活用して、尊い人命を守ります……」といった紋切り型の演説を繰り返し聞かされてきた。それをテレビや新聞がにぎやかに報道するのである。

 しかし、そんなお祭り騒ぎばかりで、本番ではいっこうに実行されないのはどうしたことか。上の新聞記事にも「実際に離着陸した例はまだない」と書いてあるが、こうした実情は建前だけの偽装の救急体制というべきである。

 道路は無限の滑走路とみなすこともできる。したがってヘリコプターの離着陸は、技術的には可能なのである。現状はそれを人為的にはばんでいるだけのことだ。

 この際、偽装の皮をはがすことができるならば、交通事故の救命率は一挙に高まり、無駄死に(preventable death)も大きく減らすことが可能となろう。

(小言航兵衛、2007.6.19)

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