<小言航兵衛>

無用の警報装置

 中越沖地震に関連して、なんだかヘンだと思うことがある。地震発生を知らせる警報システムだ。

 初期微動P波と主要動S波の伝達速度の差を利用するとかで、今回も新潟で起こった2つの地震波が東京に届くまで10秒余りの差があったため、区役所や小学校で警報を聞いて机の下にもぐりこんだりしたらしい。

 しかし、だからといって、このシステムが役に立ったといえるのか。2つの波に差が出るような遠い地域では、主要動も減衰しているから、もともと被害は少なく、机の下にもぐりこむほどのことはなかったのである。問題は地震発生の現場であって、P波とS波との到達時間に差のないところこそ震度も被害も大きい。しかし、そんな震源地域に対して、この装置は警報を出すことはできない。つまり地震予知のシステムではないので、そんなものがどれほど役に立つのか。

 役にも立たないシステムを、気象庁は得意になって説明しているが、記者会見と同じ時刻に実際の被災地では家がつぶれ、人が死んで、大変な被害に苦しんでいたのである。その場にいた記者団はもとより、テレビ画面に居並ぶ解説連中も、誰も疑問を呈するものがいなかったのは、今のメディア界はよほど寝呆け頭がそろっているのであろう。

 つまり、このシステムがあろうとなかろうと、被害を受けるところは受けるし、受けないところは受けないのだ。このシステムによって震源地付近の被災程度がいくらかでも減らせるのなら役に立つわけだが、実際は何の役にも立たない。要するに役人と学者のお遊びに過ぎないのである。

 確かに、こういうものは知的な観点から見れば面白い。しかし、その面白さにのめりこんで、地震対策や防災対策の根本を忘れてしまったのが今の気象庁と御用学者たちである。

 昔から地震予知は難しいとされてきた。難しい予知をするためには莫大な金と時間がかかる。そんなことに金を使うくらいなら、地震が起こっても被害が少なくてすむよう、建物や橋や道路の強化にこそ金を使うべきだというのは、もう30年も前に竹内均先生が強く警告しておられたことである。しかるに古い民家の補強には十分な予算をつけないから、今回も押しつぶされて犠牲者が出た。

 そこで、予知ができないからというので、今度は地震が起こった後の警報装置だなどと、つまらぬことに金と時間をかけるのはどういう了見か。そんなシステムづくりの金があるのなら、それを被災地に送り、たとえば被災者の中でも身体の弱った老人をホテルに泊めたり入院したりする費用に充てる方がよほど役に立つ。避難所にいる間に身体が弱って死んだ人もいたようだが、人を見殺しにしておいて、S波の何秒前に警告できたなどとはしゃいでいる場合ではないだろう。

(小言航兵衛、2007.7.23)

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