<小言航兵衛>

不可解なり空港保安検査

 この10年余り、すっかりパソコンに取り憑かれて、朝から晩まで画面をにらみつづけている。むかしの画面はブラウン管だったが今は液晶で、これが切り替わる当時は液晶の方が眼に良いなどと聞いた。けれども、どっちだって同じようなものらしく、あれは液晶メーカーの口車だったのかもしれない。結果としてどんどん眼が悪くなり、今や半盲状態である。

 その半盲が旅に出るときは、白い杖ならぬパソコンを手放すことができない。汽車の旅ならいいけれども、飛行機の場合は空港でいちいち鞄から出して見せなければならない。

 なぜ鞄からだすのか。その理由は今もって分からず、先日のアメリカ旅行では荷物が多くて面倒だったので知らぬ顔を決めこんだ。つもりだったが、検査機の中にもぐりこんだ鞄がすぐさま戻されてきた。

「この中にパソコンが入っているか」
「ヤー」
「出してください」

 しかし航兵衛の場合、表面の汚れるのを嫌って布の袋で包んである。その包みのまま脱衣籠に入れるだけで、袋から出せとまでいわれたことはない。

 パソコンは何ゆえ鞄から出さねばならんのか。なぜ布袋に入っていてもいいのか。どなたか理由の分かる方は教えてください。

 液体の機内持ちこみが禁止された理由は分かっている。イギリスだか中国だか忘れたけれども、液状の爆発物を持ちこんだバカモノがいたからだが、まことに迷惑な話である。

 迷惑というのは爆発が迷惑ということではなくて、われわれ善良な人間まで飲み水やお酒を持ちこめなくなったことである。3年ほど前の北京空港で、おみやげにもらったワインを手にぶらさげていたら、たちまち取り上げられてしまった。

 このとき航兵衛は何人かのアメリカ人やイタリア人と同行していて、同じおみやげをトランクに入れてチェックインした人は無事だったが、手に持っていた3人ほどがみんな同じ目に遭った。

 飛行機に乗ったあと、その中のイタリア人だったか
「今夜は北京空港は大宴会になるぜ」
といって笑った。

 とはいえ、爆薬ならぬ水や酒は見た目でも分かりそうなもの。あるいは検査官の前で飲んで見せたら合格ということにはならないのか。それとも飲める爆薬といったものがあるのだろうか。

 それでいて、いったん検査台を通過すると、待合室では水でも酒でもジュースでも売っているのが可怪しい。あれは別の入り口から検査を経て持ちこんだものというのだろうが、同じ検査を旅客の持ち物についてもやればいいのである。

 先週のミネアポリス行は成田からのノースウェスト直行便であった。帰りもミネアポリス国際空港から成田へ戻ってきたが、重いトランクは成田で宅配便にしてもらった。

 それが翌日わが家へ届いたのを見て驚いた。2つの鍵がガチャガチャに壊されていて、もはや使い物にならないのだ。成田空港でも鍵の部分にINSPECTEDと書いたテープが二重、三重に貼りつけてあったのは分かっている。しかしテープをはがして見たわけではないので、ここまで壊れているとは思わなかった。

 トランクの中にはNOTICE OF BAGGAGE INSPECTIONという札が入っていた。そこには人をあざ笑うかのように「貴殿の理解と協力に感謝」(We appreciate your understanding and cooperation)と書いてある。アメリカの運輸保安庁(TSA)の仕業で、鍵の壊れ方は感謝どころか悪意をもって壊したとしか思われない。

 むろん航空会社に預けた手荷物が途中で検査されるかもしれないことは知っていた。そのためミネアポリス空港でチェックインする際、トランクの鍵はあけておくべきかどうかをノースウェスト人に訊いてみた。ところが
「アンロックの必要はありません」
というのだ。このことは、見送りにきてくれたアメリカ人も横に立っていて聞いている。

 TSAが預けた荷物の全てを検査するとは思えない。あるいはロックされた荷物だけを調べるのかもしれない。

 ともかくも壊れ方が尋常ではなく、金具がひん曲がっていて、きちんと閉じることすらできないのである。おそらく修理するくらいならば、新しく買い換えた方が安上がりだろう。サムソナイトならばTSAにマスターキーがあるので大丈夫などという話を聞いたこともあるが、デマだったにちがいない。

 ノースウェスト人がアンロック不要といったのも不可解だが、最も腹立たしいのはブッシュである。あいつが911テロを口実に、大統領の地位保安のために、さまざまな過剰防衛をでっち上げた。イラク戦争は最たるものだが、空港の保安検査もそのひとつで、最近のアメリカは手荷物ばかりでなく、上着を取れ、ベルトを外せ、靴を脱げ、金を出せと恐ろしい騒ぎである。むろん金とはコインのことだが、結果としてトランクは廃物である。

 ブッシュなどという藪大統領は航兵衛むかしから嫌いで、間もなく辞めるとのことで楽しみにしていたが、ここにきてイタチの最後っ屁をやられてしまった。立つ鳥というが、往生ぎわの悪いやつである。

(小言航兵衛、2008.10.31)

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