<小言航兵衛>

妖怪政治

 先週の英「エコノミスト」誌が日本の政界について、「機能喪失」という論評を書いている。マキアベリスト――日本語では権謀政治家とでもいうべき小沢一郎が、表むきはしぶしぶと、内心は黒いたくらみを隠して民主党の代表選に出馬すると云い出した。

「しばらく静かにして貰いましょう」と云った菅直人首相に対し、どちらにリーダーシップがあるか、復讐のとき至れりというわけだが、実はサル山の争いと変わりはない。

 もとより誰がサルどものボスになろうと知ったことではないが、問題はそのサルがそのまま日本の総理大臣になるということ。しかも、それが小沢ということになれば、今年3人目の首相である。

 わずか3ヵ月前、6月2日に彼は前の首相と一緒に幹事長の職からおろされた。この前首相というのも困った男で、名前は鳩山由紀夫というが、リーダーシップがない上に、言動がコロコロ変わり、未だに母親から資金援助を受けていて、それがスキャンダルに発展し、近く訴追されるのではないかという事情をかかえている。

 

 それにしても政権党がなぜ、3ヵ月前にやめさせた小沢の復活を望むのか。読売新聞などの世論調査でも、国民の5人中4人までが小沢に反対し、もはや政治的な影響力を持たぬよう望んでいるではないか。

 しかるに選挙の情勢はおそらく小沢に有利で、民主党の国会議員412人中150人以上が小沢に忠節を誓っている。その一方、菅首相の支持派はさほど多くない。そのうえ2日前まで菅を支持すると云っていた鳩山も、不意に変節して小沢支持に回ってしまった。

 その陰には、おそらく小沢が首相になれば、鳩山を外務大臣にするという密約が存在するという噂もある。そうなればスネに傷もつ両人が首相と外相をつとめるわけで、これこそはヤクザの世界である。そんな政府が国際的に受け入れられるのだろうか。日本の大恥もここにきわまったというべきであろう。

 いずれにせよ小沢の出馬は、民主党にとっても日本国にとっても自ら墓穴を掘るようなもの。党を分裂させるだけならばまだしも、円の高騰と株価の下落を放置する結果となり、経済界に大きな打撃を与えつつある。

 小沢の支持者たちは、彼がボスになれば強いリーダーシップを発揮して、反対党とでも手を結び、今のねじれ国会をうまく乗り切ってゆけると考えているらしい。その陰で自分たちも甘い汁を吸おうという魂胆だが、その手法はもはや1970年代の自民党の古くさい手口に過ぎない。そう、小沢も日本の政治も30年前から全く進歩していないのだ。

 エコノミスト誌の論評はそこまでだが、こうした状況を中西輝政は「日本の悲劇」と呼んでいる。

 3ヵ月前に悪党と阿呆が引っ込んで、これで日本も少しはましになるかと思ったが、市川房枝のマザーコンプレックスが抜けきれない菅直人が登場して子供じみた失言でつまづき、元の木阿弥に戻ってしまった。

 その結果、政界にうごめく魑魅魍魎たちが自らの御利益を求めて妖怪を呼び出してきた。いかに人材払底といえども、日本の運命を妖怪に託すことはなかろう。化け物どもは早く退治して、まともな人間に出てきて貰いたいものである。

(小言航兵衛、2010.8.31)


見越し入道とひでりがみ(水木しげる画)
 図中右下のひでりがみは、これが現れると日照り続きで作物の実りがなくなる。
それが「自分を総理にしてくれたご恩に報いるのが大義」
などと個人的な事情を大げさな言葉で弁解しつつ
山の向こうから見越し入道を呼び出してしまった。
この入道、見かけのわりには気の小さいところもあって、
人が呪文を唱えるとこそこそと姿を消す習性がある。

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