<小言航兵衛>

海の藻屑

 英語で all at sea といえば、西も東も分からぬような大海原で行く先を見失ない、どちらに進めばいいのか途方に暮れた状態をいうらしい。

 そんな"All at Sea" という表題で、今週の英エコノミスト誌(オンライン)が中国漁船にぶつけられた海上保安庁の巡視艇をめぐる日本政府のうろたえぶりを、44分間の流出ビデオ映像と共に書いている。読んでみると、航兵衛の言いたいことが全て、この論評の中にあるので、今回はその要約を掲載しておきたい。

 それは日本政府の体面を損なう大きな衝撃であった。日本の首相は信頼をなくし、リーダーシップを失い、アメリカとの半世紀にわたる安全保障関係にもひびが入った。カンは、中国漁船の胸毛のはえた悪名高い船長に海中に投げこまれ、今や溺れかけているのだが、誰も助けようとしない。

 流出したビデオ画面を見れば、明らかに中国漁船がエンジン出力を上げ、黒煙を吐きながら巡視艇にぶつかってきている。巡視艇は尖閣諸島海域で密漁中の漁船に停止命令を出していたもので、その背景には尖閣の島影も写っており、急膨張をつづける中国の近隣諸国に対する覇権主義の象徴的な証拠といってよいだろう。

 だがカン政権は現実世界の中で操船を誤り、悪い方へ悪い方へと進んでいった。そのため北京の術数にたけた権謀政治家たちはますますつけ上がり、日本のテレビ局も一緒になってビデオ映像を流しつづけ、自国の政府ばかりを責め立てる。日本の放送局ならば、中国の傲慢ぶりを非難し、日本政府の弱々しい、効果のない反応に対して鼓舞してやるべきではないだろうか。

 

 本来、日本政府は中国人船長を釈放すると同時に衝突ビデオを公開すべきであった。それを、おどおどと隠すものだから、却って自らを窮地に追い込み、いよいよインターネット上に流出するや今度はぺこぺこと謝るばかりで、英国から見ていても歯がゆいことこの上ない。

 しかも政府をあげてビデオの流出犯人を探すのに大勢の警察官を動員し、躍起となっているさまは、群れをなして川をさかのぼる紅鮭にも似て、最後は上流で息絶えるだけのこと。それを見ている国民も、誰が日本をおとしめているのか、カンとその一派にほかならないことはよく分かっていることだ。

 公明党が補正予算に賛同するのをやめたのも、民主党と組んでいては将来みずからも危ないと感じたからであろう。

 こうした現状は全て、民主党凋落の前兆にほかならない。カン首相も民主党も悲しいかな、政治も外交もアマチュア以下の無能な素人集団だったのだ。

 エコノミスト誌の論評はここまでだが、こうしたイギリスの雑誌に対して、わが朝日新聞はどう書いているか。11月11日の夕刊「素粒子」は次のようにいう。

「そもそも海保の情報管理が悪い。そもそもビデオを公開しなかった政府が悪い。そもそも船長を釈放した検察が悪い。そもそも船長を逮捕した判断が悪い。そもそもぶつけてきた漁船が悪い。そもそも日本領土を侵食しようとする中国が悪い。そもそも中国が隣にあるのが悪い……の?

 八方ふさがりの気分の中、悪いことをしたはずの人だけがよく見える。いじけたナショナリズムの萌芽。危ない、危ない。」

 途中の「そもそも中国が隣にあるのが悪い」まではともかく、本音は「……の?」であって、これを言いたいがための伏線が前半であった。そして「いじけたナショナリズム」などという下品な言葉づかいは、そのまま朝日に返しておこう。最後の「危ない、危ない」も、その安直な表現は朝日の安っぽい正義感のあらわれで、その方がよほど「危ない」というべきである。

 イギリスの雑誌ですら素直な見方をしているのに、日本の新聞がわざわざ海路を見失わせるような言論を吐き散らし、あらぬ海域に日本を誘いこんで海の藻屑にしようとしているのだ。

 このような記者は国賊でなければ、反逆罪である。もしくは中国のまわし者か。今頃は尖閣の海上で、かの船長と落ち合い、Vサインを交わしているかもしれない。

(小言航兵衛、2010.11.12)

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