<ストレートアップ>

東名高速で着陸治療

 

 このほど2度にわたって、ドクターヘリが東名高速に着陸、交通事故のけが人を治療し救護するという成果をあげた。

 すでに本紙でも報じられていることだが、ひとつは6月18日、東名高速牧ノ原付近で4台の車が多重衝突事故を起こした。これに対して静岡県のドクターヘリ2機が出動、現場のすぐそばに着陸して、飛来した医師や看護師がその場で治療にあたった。結果的には死亡1人、重傷1人、軽傷3人となったが、重傷者の1人も医師の到着が遅ければどんなことになっていたか分からないそうである。

 それから半月余の7月6日、やはり東名高速豊橋料金所付近で事故が発生した。料金所へ進入しようとした4トン・トラックが急に車線を変更したため、後方のワンボックス車がトラックの後部に衝突した。そのため運転者が運転席と車体の間にはさまれ、救出までに時間がかかると見られたところから、ドクターヘリの出動要請となった。

 運転者は座席にはさまれたままプレショック状態におちいっていた。そこへドクターヘリが到着、事故車のすぐうしろに着陸して直ちに急速輸液がおこなわれた。容態がいくらか安定したところで車外へ救出、ヘリコプターにのせて聖隷三方原病院の救命救急センターへ無事搬送することができた。

 いずれも文字にすればごく簡単な出来事である。欧米では日常茶飯事といっていいかもしれない。しかし、この簡単で、しかも人の生死にかかわるようなことが従来、日本ではなかなか実現しなかった。

 これまでも同じような事例がなかったわけではない。合わせて10件足らずではあるが、ドクターヘリのほかに消防機や警察機なども高速道路に着陸し、交通事故の救急にあたったことがある。しかし、その都度、道路交通法に定める交通妨害になるのではないかというので、警察の事情聴取を受けたり、道路公団から勝手に他人の敷地に降りたといって叱られたり、ヘリコプター運航者も病院も消防も苦い思いをしてきた。それが今回、初めて相互の了解の下に実行されたのである。

 ここまでの道のりは長かった。わが国初の「ヘリコプターによる交通事故負傷者の救護システムの調査研究」がおこなわれたのは1981年である。岡山県川崎医科大学による飛行実験だが、以来24年間、交通事故に関する同じような実験は、ヘリコプター実機を使って繰り返しおこなわれ、膨大な報告書が関係機関に提示された。

 そして1999年、内閣府の「ドクターヘリ調査検討委員会」を経て、翌年からドクターヘリの運航がはじまる。その普及目標は5年間で30機を配備することになっていたが、ようやく今年10機になった。そのうえ高速道路への救急着陸はなかなか認められなかった。

 そんな背景の下で、上の2件の具体例はドクターヘリの活動の場を広げ、交通事故の死者を減らし、怪我人の治療効果を高める上で大きな一歩を踏み出したものといってよいであろう。

 今後は、こうした救急方式が広く普及し、高速道路ばかりでなく一般道路でも日常的におこなわれなければならない。しかし、当然のことながら、そのためにはさまざまな課題が残されている。

 第1にヘリコプターが未知の場所に着陸する場合の安全確保である。それには地上の救急隊や交通規制にあたる警察官との直接の無線通信が必要となる。人や車が不意に跳び出すなど、咄嗟の連絡措置が必要になることもあろう。ドクターヘリと救急隊との間には無線通話が可能だが、警察官との間にも同じような通話が必要だ。この際、携帯電話の使用を特別に認めるといったことはできないのだろうか。

 もうひとつは交通規制の問題である。高速道路の規制はきわめて困難というのが、かねて警察や道路公団の主張してきたところだが、事故が起これば当然交通渋滞か停止状態になるはず。今回6月18日の場合も事故発生地点で交通は遮断され、その前方は路面だけが広がり、ヘリコプターはそこへ着陸した。

 7月6日の例は料金所の手前、片道5〜7車線の広い場所だった。そこへ近づく車を止めるのに10分ほどかかり、反対車線を止めようとしてさらに10分ほど要した。ドクターヘリは上空で待たされたようだが、こんな広いところで対向車線まで止める必要があったのかどうか。おそらく現場にいた関係者は不要と感じたはずだが、マニュアルには双方向の交通規制をおこなうように定められているらしい。

 おそらくヘリコプターのダウンウォッシュによって、対向車線を走っている車が吹き飛ばされて二次災害が起こるのを恐れたのであろう。しかしドクターヘリに使われている小型機の下降気流はそんなに強いものではない。今後は臨機応変の対応が望まれるところである。

 もうひとつの課題は、一般の人びとのヘリコプター救急に対する理解である。救急といえば救急車と思いこんでいる人にとって、ヘリコプターが道路に降りてくれば何事かと思うだろうが、これも救急車を補強する手段のひとつであることを、あらかじめ知っておいて貰わなければならない。そのためには自動車教習所や免許の書き換えの際にヘリコプター救急について講義をし、ヘリコプターが近づいたら前方に瀕死の重傷者がいることを思い、速度を落とし停止するといったことを運転者に教えておく必要があろう。

 実は6月18日の事故の際は、ヘリコプターの横をすり抜けていったオートバイがあったらしい。これが如何に無謀かつ身勝手な行為か、よく知らしめておく必要がある。

 もっとも、多くの人の理解といっても、たとえば上の2件のヘリコプター救急の事例は、新聞やテレビでは全く報道されなかったらしい。交通事故そのものは現地の新聞に出たようだが、その救急にヘリコプターが使われたことは、どこにも書いてない。マスコミの鈍感さと同時に、当事者の広報意識も今後の課題である。まさか、書かないでくれという声があったとも思えぬが。

 ヘリコプター救急はもともと、交通事故のけが人救護にはじまった。したがって欧米諸国では、高速道路上のヘリコプター救急は日常的なことである。それが今、ようやく日本でも普通におこなわれる気運が出てきた。

 しかし、こうした路上の治療が安全かつ効果的に遂行されるためには、いくつもの関係機関が「救命」という一つの目的に向かって協力し合ってゆかねばならない。この連動体制が日常化したとき、交通事故の死者は一挙に減少するであろう。

【謝辞】ここにご紹介した2件の東名高速救護のもようは、聖隷三方原病院の救命救急センター長、岡田眞人先生から資料と写真を提供していただきました。厚く御礼申し上げます。

(西川 渉、『日本航空新聞』2005年8月4日付掲載)

 

【関連サイト――日本航空医療学会】

 再び東名高速に着陸治療(2005.7.8)

 ドクターヘリ東名高速に着陸(2005.6.27)

(表紙へ戻る)