<ハリケーン>

史上最大の救助活動

 アメリカを襲った史上最大級のハリケーン「カトリーナ」については、テレビや新聞が詳しく伝えているので、ここに多くを書く必要はあるまい。その規模は、1千人を超える死者が予想され、最も大きな被害を受けたニューオーリンズの町は2〜3カ月間は機能を停止、アメリカ経済にも大きな打撃を与えるだろうといわれる。

 ハリケーンがニューオーリンズに上陸したときの風速は毎秒60mあまり。海面よりも低い土地が多いために、これだけ強力な風雨となれば堤防や土塁や水のかい出しポンプなどは役に立たない。特に郊外のポンチャートレイン湖の堤防が150mにわたって切れ、そこから滝のような水がニューオーリンズに流れ込んだ。

 そのためニューオーリンズの町は住宅地も含めて、およそ8割が水につかってしまい、水深は最大6mにも達し、至るところに水死体が浮いたという。

 ハリケーンの去った後、連邦政府はヘリコプター、軍艦、海難救助隊を送り込んで、米国史上最大規模の救助活動を展開した。その合言葉は「黄金の72時間」(Golden 72 hours)――3日以内に遭難者を助け出さねば、命が危ないというものだった。

 沿岸警備隊と州兵のヘリコプターは洪水の上を飛び回り、屋根の上に取り残された人を見つけるとホイストを降ろして救助した。ホイストの先には救助用の籠がついていて、遭難者はその中に入るだけでいい。

 こうして50〜60機のヘリコプターと、多数のボートで何千人もの人びとが水の中から助けられた。以下、ヘリコプターに関連するニュース写真をいくつか見ていただきたい。


ヘリコプターの上から遭難者を探す。


洪水の中に遭難者を見つけるとホイストで籠を降ろす。
救助隊員も一緒に降りてゆき、遭難者を籠に入れて引き上げる。


2人の子どもをのせて上がってきた救助籠。この方法で
沿岸警備隊のヘリコプターは、多くの人びとを迅速かつ安全に、
洪水の中の民家の屋根から救い出した。


幼児を抱いて、着の身着のままで救助された人。


洪水の町には人命救助のために、50〜60機のヘリコプターが投入された。
さらに米海軍は病院船、海難救助隊、500床の野戦病院、
そして医薬品や食料などを送りこんできた。


ニューオーリンズの目抜き通りキャナル・ストリート。
筆者も昔、よくこの通りを歩いたものである。
そこからバーボン・ストリートへ曲がって
フレンチ・クォーターのオイスタ−バーに入り、
半ダースとか1ダースの生牡蠣を割って貰いながら、
デキシーランド・ジャズを聴き、お酒を飲んだ。
お断りしておくが、ニューオーリンズへ遊びに行ったわけではない。
この町には当時世界最大のペトロリアム・ヘリコプター社(PHI)があり、
メキシコ湾の石油開発にヘリコプターを飛ばしていたことから、
ときどき教えを乞いに行ったのである。もっとも、そのとき
ロバート・サッグス社長の夫人(夫君の死後に同社会長となる)
から「あんまりフレンチ・クォーターなんぞへ行かないようにね」
と釘をさされたこともある。


米NOAA(気象庁)のWP-3Dオライオンから見たハリケーン「カトリーナ」。
雲が渦をまいている。高度3,000m。


大統領専用機エアフォース・ワンの窓から
ニューオーリンズの洪水の跡を見つめるブッシュ大統領。
このとき、同機は高度1,500mまで降下した。

 

 ニューオーリンズの上空を飛んだブッシュ大統領は「何もかもなくなってしまった」と語った。その夜のテレビでも「これは、アメリカ史上最悪の自然災害のひとつ」と演説した。

 停電が復旧するのも1カ月以上かかると見られる。飲み水も不充分で、下痢をする人が多い。暑くて湿度の高い地域なので蚊の発生も多く、伝染病が流行するかもしれない。そのうえ家がなくなったホームレスの避難民は、1〜2ヶ月先まで戻れないし、ニューオーリンズの町は今後2〜3ヶ月間は機能しないであろう。

 英「エコノミスト」誌は、もう少したったら次は保険会社へ人びとが殺到するだろうと書いている。支払い額は90〜250億ドル(約1〜2.7兆円)にも達すると見られる。もし高い方の金額になれば、自然災害としてはアメリカ史上最大の被害額である。これまでの最高は1992年のハリケーン「アンドリュウ」の210億ドルであった。

 勿論このほかにも保険にかかっていない被害があるし、政府の救援活動にも莫大な費用がかかっている。それに洪水保険の特約に入っていない被害もあるだろう。それに多くのビジネスが、このハリケーンのためにフイになったはずである。

 さらに、この地域の港湾が機能を失い、メキシコ湾の石油ガスの供給も減った。というのも、油井のほとんどが閉じてしまったからで、そのため先日まで1バーレル68ドルだった原油価格が71ドルまで上がった。自動車のガソリンも値上がりしている。メキシコ湾の石油ガスは、アメリカの消費量の1割ほどをまかなっている。

 これで、アメリカのGDPは年率にして4.4〜4.6%低下するという計算も出ている。

 「ニューヨーク・タイムズ」は、もうひとつの問題として、人びとが避難したあとの住居や小売店から白昼堂々と略奪がおこなわれていることを報じている。警察は本来ならば人命救助が優先だが、こうした略奪防止のため、救助をあきらめて、泥棒を追いかける方が忙しくなった。

 この連中はハリケーンの被害がなかった地方から車を連ねてやってきて、人の居ない建物のドアやシャッターを壊し、手あたり次第に物品をさらってゆくらしい。

 人命救助については、上に見たように模範的なアメリカだが、洪水や地震が起こると、略奪が横行するのは困ったものである。


メキシコ湾の石油開発に使われる掘削リグ。
海岸の造船ドックで整備中だったが、これも損傷を受けた。

【追記】以上は9月1日の昼間書いたものだが、夜になってNHKテレビが「超巨大地震が日本を襲う」という「防災の日」の特集番組を放送していた。その中で、地震が起こると大津波が押し寄せてくる。その結果、三重県下の海岸沿いの道路が崩壊して、いくつもの村落が孤立する。その対策をどうするかという問題提起がなされた。

 しかし明解な解決策が示されないまま、食料や水を何日分も備蓄する必要があるけれども常に取り替える必要があり、予算が少ないので難しいなどと有耶無耶のうちに番組が終わった。そんなときに何故ヘリコプターを使う考えが出てこないのか。すでに昨年秋の新潟県中越地震では、これが実際におこなわれたではないか。あのときは孤立集落の多くの人がヘリコプターで救出され、人間ばかりか牛や鯉まで搬出された。逆に、救援隊や食糧がヘリコプターで運びこまれた。

 NHKは報道取材のために沢山のヘリコプターを使っている。それならば救助活動にもヘリコプターを使うというアイディアが出てもいいはず。無論NHK機を使うというのではない。実際に飛ぶのは自衛隊や消防の機材である。同じ番組に、京都大学防災研究所長という大先生が解説者として出ていたが、この人の頭にもヘリコプターなんぞはないらしい。

 今日の防災訓練には小泉首相が千葉県の訓練場へ、官邸屋上からヘリコプターで乗りつけたようだが、ヘリコプターというのは、ニューオーリンズを見習うまでもなく、政治家や官僚の乗用機である前に、被災者を救うためにあることを忘れないで貰いたい。(9月1日深夜)


洪水の次は火事も発生。
まさに踏んだり蹴ったりである。

(西川 渉、2005.9.2) 

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