<燃料高騰>

苦難のエアライン業界

 石油価格がますます上昇し、1バレル140ドルになろうとしている。1年前の2倍、10年前の10倍以上とかで、「第3次石油危機」という声も聞かれる。

 ガソリンが上がって自動車も少なくなった。先日、都内世田谷区の一角から車で成田空港へ走った人の話では、普段は2時間以上もかかるのに道路がガラガラ。わずか1時間10分で着いてしまったという。これでは車の生産は減るだろうし、高速道路を増やす必要もなくなる。道路財源の確保に狂奔する政治家たちの行動も、なんだか矛盾したものになってきた。

 問題は航空界である。経営難におちいるエアラインが続出しているのだ。最近の英「エコノミスト」誌によれば、今年1月以来の倒産は5ヵ月間で24社に上る。IATAの幹部も「現状は絶望的」と語る。というのも、燃料費が上がったばかりでなく、航空旅客が減っているためで、このまま燃料価格が下がらなければ、世界のエアライン業界は下図のとおり、2007年に56億ドルの利益を出したものの、2008年は61億ドルの赤字になるというのが、IATAの見方である。

 エアライン業界は2001年の911テロで打撃を受け、景気の影響もあって、苦しい中でコスト削減をつづけてきた。したがって、もはやこれ以上身を削る余裕はない。燃料費が下がらなければ、エアラインの将来はないだろうという見方もある。

世界のエアライン10年間の収支

[資料]IATA(08年は予測)

 おまけに格安エアラインの台頭によって、安い運賃が蔓延してきた。大手エアラインも追随せざるを得ない。まるで燃料高騰と格安エアラインのはさみ討ちに逢っているようなもので、燃料高騰は運賃の値上げをせまり、格安競争は値下げをせまってくるという矛盾に攻め立てられているのである。

 そのため機内食を有料にするところも出てきたが、その前に超過手荷物料金をきびしく取り立てるところも増えた。中には複数の手荷物を機内へ持ちこもうとすると、重量の多少にかかわらず、2個目から料金を取るところもある。アメリカン航空などは手荷物1個について15ドルを取ることも考えている。エアラインによっては、手荷物の紛失率以上の高率で超過料金を取り立てるという皮肉な見方も出ている。

 「燃料サーチャージ」という新手も出てきた。燃料費の高騰を補なうために、運賃に燃料費の上がった分を上乗せするもので、乗客にとっては安く見えた運賃も、あとから燃料費を加算されて実質的に高くなる。

 実は筆者も、先月ヨーロッパへ出かけた折り、燃料サーチャージなるものを取られた。日本と欧州との往復で29,900円、欧州圏内の4回の移動飛行で3,300円×4=13,320円、合わせて43,220円である。本来の航空運賃は143,300円だったから、丁度3割増の186,220円にはね上がった。これがどのような計算方式になっているかは知らぬが、年金暮らしの身としてはコンチクショウとでもいうほかはない。


「乗客がいないんで飛行はキャンセルだとさ」

 エアラインの対策は、もとより運賃の値上げやサーチャージの加算ばかりではない。事業規模を縮小するところが増えている。機材を減らし従業員を減らすもので、米コンチネンタル航空は先頃、従業員3,000人を減らし、輸送供給量を11%縮小すると発表した。経営トップの2人も今年後半の報酬を辞退するという。結果として、事業規模は1998〜99年頃に戻り、この10年間の成長と拡大は無駄だったと嘆く声も聞かれる。

 ユナイッテド航空も今年中に100機を引退させ、従業員を減らすらしい。100機のうち6機はボーイング747、94機は737で、これによりユナイッテドの737は全機なくなり、運航機材は460機から360機へ22%減となる。そのため2009年の幹線供給量は2008年に対して17〜18%減、従業員も1,400〜1,600人減となって、なんとか赤字にならずにしのぐことができるというのだが。

 アメリカン航空も今年秋から国内線の供給量を11〜12%削減し、従業員を減らすもよう。デルタ航空も、ノースアメリカン航空との合併を控えて、社員2,000人を減らし、国内線は2008年の供給量を年間を通じて1割減とする。

 こうした状況から、エアバスA380やボーイング787の引渡しが遅れているのは却ってよかったのではないか。世界のエアライン業界にとっては、思いがけない救いになったという皮肉な見方もある。


砂漠の中で翼を切られたユナイテッド航空機

 アメリカで航空界の規制緩和が始まったのは1978年。ちょうど30年前のことだが、それ以来、主要航空会社の経営戦略は規模の拡大であった。事業規模が大きければ大きいほど経営効率が良くなるという考え方で、使用機材を増やし、路線を増やし、乗客を増やしてきた。

 それが今や、わが身を削って、できるだけ小さく縮まることが有利という方向に転じたのである。なるほど航空旅客は、世界的に減りつつある。もとより景気の良くないことが最大の理由だが、運賃の上昇や航空便数が減って不便になったことの影響も大きい。

 そんな中でドバイのエミレーツ航空だけは、諸外国のエアラインが苦しむのを横目で見ながら、縮小どころかますます拡大路線を突っ走っている。産油国の国営エアラインとしては当然であろう。むしろ今の石油高で、他のエアラインが倒れてゆくのを待っているのかもしれない。

 たしかに今年、多くのエアラインが苦難におちいるであろう。とりわけ中小エアラインや格安エアラインは、もともと余裕がなかっただけに燃料費の高騰が直接ひびき、ほとんどが赤字に追いこまれている。このままでは格安の看板をおろして値上げをするか、強情を張って倒産するほかはないであろう。

 今年すでに24社が消えたとすれば、今後半年間にそれ以上のことが起こるのは間違いあるまい。今エアライン業界は恐ろしい事態に追いこまれつつある。

(西川 渉、2008.6.13) 

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