<ヘリコプター救急>

日本と欧米をくらべる

 

 昨年11月の名古屋で開かれた国際シンポジウム「ヘリジャパン2006」(日本ヘリコプター協会主催)で、ユーロコプター・ドイツ社のマーチン・シュナイダー氏が欧州のヘリコプター救急について別表のようなまとめを発表した。

 この発表のとき、私は別のセッションに出ていて聴講できなかった。そのため、下の表は「日刊航空通信」(2006年11月28日付)に掲載された大西正芳氏(名城大学講師)の取材結果を拝借し、それにアメリカと日本のデータ、ならびに配備密度の計算結果を私が加えたものである。

拠点数

運航者

経費負担

配備密度

イギリス

21

民間航空

寄付金・政府

0.7

イタリア

42+2

NPO・民間航空

政府

1.1

オーストリア

24+14

NPO・民間航空

健康保険・医療保険

3.6

オランダ

4

NPO

政府 

0.8

スイス

20

NPO・民間航空

健康保険・医療保険・患者個人

3.8

スウェーデン

9

民間航空・軍隊

政府・病院

0.2

スペイン

25

民間航空

政府・医療保険

0.4

スロバキア

5

民間航空

政府

0.8

チェコ

10

民間航空・警察・軍隊

政府

1.0

ドイツ

78

NPO・民間航空・軍隊

健康保険・医療保険

1.7

トルコ

4

民間企業

医療保険・患者個人

0.0

ノルウェー

16

NPO・民間航空・軍隊

健康保険・医療保険・政府

0.3

ハンガリー

5

民間航空・軍隊

政府

0.4

フィンランド

6

民間航空

政府・健康保険・医療保険・寄付金

0.1

フランス

60

民間航空・軍隊

政府

0.9

ベルギー

2

民間航空・軍隊

政府

0.5

ポーランド

20

NPO

政府

0.5

ポルトガル

2

民間航空

政府

0.2

ルクセンブルク

2

NPO

健康保険・医療保険

6.1

欧州合計

371

――

アメリカ

647

民間企業・警察・自治体・病院

医療保険・患者個人・政府

0.5

日本

11

民間企業

政府(国+自治体)

0.2

  シュナイダー氏によると、ヨーロッパ19ヵ国の拠点数は合計371ヵ所。おそらくは年間30万くらいの人がヘリコプターで救護されていると見てよいだろう。

 拠点数の中で、オーストリアが 24+14 となっているのは、季節によって、特に冬のアルプス地帯で拠点数を増やすのであろう。イタリアの 42+2 は夏に2ヵ所増えるためという。またスイスではNPO法人REGAが13ヵ所に拠点を置いているが、ほかに民間ヘリコプター会社が救急運航をしているので、合わせて20ヵ所になる。

 フランスの拠点数60ヵ所は、どういう数え方か分からない。国の救急機関SAMUが常時チャーターしている民間会社の救急専用ヘリコプターは20機程度。夏のバカンス・シーズンのみ南仏地域で臨時配備が増え、合わせて30機くらいになると聞いた。それが60機まで増えたとすれば立派だが、恐らくは夜間その他の緊急時に応援に出る消防機や軍用機も勘定に入れているのではないだろうか。いずれ確かめる必要がある。

 運航者はヘリコプター会社や非営利目的のNPO法人といった民間企業、民間団体が多い。それに警察や軍隊が加わるようだが、消防はこの表には出てこない。皆無ではないかもしれぬが、きわめてわずかであろう。消防機関は、どの国でも救急の要(かなめ)である。日本の119番に当たる救急電話を受けて救急車を走らせる。けれども自ら救急ヘリコプターを飛ばす例は少ない。

 というのも、消防には消火や防災など、別の重要任務があるからで、救急については指令は出すけれども、実際に動くのは他者にまかせるといった考え方なのである。

 ヘリコプター救急の経費は、西ヨーロッパの先進的な国々は公的な健康保険や私的な医療保険を適用するところが多い。一方、旧東欧や北欧の諸国は税金でまかなわれている。さらに西欧でも、フランスは別として、ヘリコプター救急に遅れをとった国が公営になっているかに見える。

 この表では、政府という言葉しか使われていないが、実際は国が負担したり自治体が負担したり、多少の違いがあるはず。たとえばフランスは国、イタリアは州政府が負担していると聞いた。日本のドクターヘリも半分は国、半分は自治体の負担である。

 これらヘリコプター救急拠点の配備密度を計算すると、上表右欄のようになる。これはドイツのように半径50kmの地域を各拠点の担当範囲と考え、実際の拠点数から国土面積に対する配備の割合を見たものである。この数字が1.0になれば各拠点の担当面積と国の面積とが一致したことになる。

 そうなっているのはチェコで、詳しいことは分からないが、理論的には必要最小限の拠点配備ができているといえようか。それをやや上回るイタリアは近年わずかな間に急速にヘリコプター救急が普及してきた。ドイツは1.7で、このあたりが合理的かつ理想的と考えられる。

 ドイツの2倍以上の密度がオーストリアとスイスである。どちらもアルプス山岳国で、救急車では走れないところが多い。したがってヘリコプターが重要かつ不可欠の救急手段となって、密度も高いのである。さらにルクセンブルクは国の面積が小さい。2,500平方キロで、神奈川県や佐賀県をわずかに上回る程度。そこに2機の救急ヘリコプターが配備されているので、必要最小限の6倍ということになる。

 このように配備密度が1.0を超えている国は、上表のヨーロッパ19ヵ国中6ヵ国だけで3分の1にも達しない。ヘリコプター救急は、欧州でもまだまだ普及の途上にあるといってよいだろう。

 参考までにアメリカと日本の例を加えてみると、アメリカは密度が0.5、日本はわずかに0.2に過ぎない。これは21ヵ国の中で下から数えて5番目である。日本を下回る国はトルコ、フィンランド、スウェーデン、ポルトガルだが、北欧諸国は固定翼機による救急が行なわれていることを考えなければならない。

 そしてスロバキア、チェコ、ポーランド、ハンガリーといった旧東欧諸国にも、日本は抜かれてしまった――などというと、これらの国々に叱られるかもしれぬが、ヘリコプター救急に関する日本の後進性が、たった1枚の表からもうかがえるところである。

(西川 渉、『日本航空新聞』2007年2月15日付掲載、2007.2.20)

 

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