<エアライン>

低運賃の嵐

  

格安エアラインの基本原則

 世界の航空界で、格安エアラインが猛威をふるっている。アメリカに発生した低運賃旋風は、近年ヨーロッパに及び、アジアでも強風となって吹き始めた。幸か不幸か、日本はまだ微風にととどまっているが、世界的な旋風にいつ巻きこまれるかもしれない。

 ここでいう格安エアラインとは、ノーフリル、Budget Airline、LCC(Low Cost Carrier:低コスト航空)などと呼ばれる航空事業である。それも不定期のチャーター便ではなく、定期路線を運航する航空会社をいう。ただし従来の大手エアラインと異なり、運賃が安い。

 そのためには経費を切りつめる必要がある。そこで使用機材を1機種に絞り、客席もエコノミー席だけの単一クラスとして、運賃構造も単純化し、座席予約は受付けない。早い者勝ちだから、乗客の集合が早まるという利点もある。使用空港は、大都市でも着陸料や使用料が安く、混雑していない副次的な空港を使って、地上滞留時間の短縮をはかる。機内食や映画などのサービスをなくし、洗面所には香水や化粧品や歯みがきなどの余分なものを置かず、弁当や飲み物は有料とする。こうした原則を貫いたうえで機内が満席になるぎりぎりまで運賃を引き下げるのである。

格安エアラインの代表例

 格安エアラインの典型は、かのサウスウェスト航空である。1971年に発足、78年からはじまった航空自由化を背景に躍進をつづけてきた。同航空は客室乗務員の「スタイルとスマイル」を売り物にして乗客の心を惹きつけ、大成功をおさめた。もっとも、ここに至るまでには創業者の天才的なサービス精神と並々ならぬ努力があったことは間違いない。そういうものがないために、自由化前後にアメリカで設立された34社のエアラインは、32社がつぶれてしまった。

 今やサウスウェストは格安エアラインというより、大手エアラインの一つといった立場になり、米国内線では乗客数(7,480万人/2003年)がデルタ航空に次ぐ第2位にまで上りつめた。しかも2003年までの31年間、一度も赤字を出したことはないという業績である。

 そうした模範的な事例にならって、最近の格安エアラインとしてはジェットブルー、フロンティア、エアトラン(前バリュージェット)などが伸びている。

 欧州では1997年にEU諸国の国内航空市場が自由化された。そこで初めて格安エアラインが出現してくる。ライアンエアやイージージェットである。これらは明らかに米国の模倣であったが、欧州格安エアラインの典型として成功をおさめつつある。

運賃水準の主導権を握る

 さて、格安エアラインの旋風とは何か。最大の猛威は低運賃による既存エアラインへの攻勢である。初めのうちは大手エアラインの返り討ちにあって、多くの新興エアラインが倒れていったが、最近は伝統あるエアラインが足を引っ張られ、よろけたり倒れたりするようになった。

 それというのも9.11以降、SARSの追い討ちもあって旅行者が減り、企業としての体力が弱っていた。そこへ低運賃の攻勢が激化したからである。ユナイテッド航空は未だに立ち直ることができず、KLMはエールフランスに併合され、アリタリア航空も政府の助けを求めている。このように大手が苦しんでいる間も、格安エアラインの方は利益をあげ続けたのである。

 最近は旅客需要が回復してきた。しかし大手はまだ立ち直れない。なるほど乗客数は増えたが、収入金額が増えないのである。格安エアラインの攻勢に逢って、運賃を上げることができないからだ。おまけに今年春から、燃料費の高騰という新しいマイナス要因が出てきた。そのため、ある大手は燃料費の値上がり分だけ運賃を上げたが、数日で元に戻してしまった。値上げと同時に乗客数が減ったためで、今や運賃水準の主導権も格安エアラインが握るようになったのである。

 米国内線では、全路線の7割で低運賃競争が演じられている。米国全体では、格安エアラインが3割の市場シェアを占めるに至った。格安エアラインどうしの競争も増加しつつある。

 格安エアラインは、従業員数も必要最小限に抑えている。サウスウェスト航空の場合は、1機当りの従業員が80人に過ぎない。ところが伝統的な大手エアラインは115人を超えている。

 乗客の目から見ても、格安エアラインの経費節約ぶりは、たとえばスチュワーデスが着陸の直前にゴミ袋をもって、キャビンの中を歩き回ることでもうかがえる。ところが大手の方は、機内のゴミの始末を多額の金を払って清掃会社に委託しているのである。

ビジネス出張にも格安エアライン

 格安エアラインの好調ぶりを見て、最近はチャーター・エアラインも同じ方向へ変身をはじめた。チャーター・エアラインとは旅行会社の募集した特定の乗客だけをのせてチャーター便として不定期運航をするものだが、これが格安の定期エアラインへ変わりつつある。というのも従来、旅行会社の募集するパッケージ旅行はホテルを含むものだったが、最近は誰でもインターネットで、外国のホテルを自由に予約できるようになった。パック旅行の必要性が薄らいできたのである。

 格安エアラインに乗って、自分で予約したホテルへ飛ぶという旅行は、いわば自作のパック旅行であり、いくらでも好きなようにつくることができる。パック旅行専門のチャーター航空が要らなくなってきたのであり、格安エアラインへ変身するのは当然の動きであろう。

 一方、格安エアラインの方も、単に運賃が安いだけでなく、別のイメージを持つようになってきた。サウスウェストとジェットブルーに見られる実例は、別個にビジネス・キャビンを設けてビジネス客を誘引するようになった。ビジネス席では丁寧な接客サービスがおこなわれ、しかも目的地へ正確に到着するという定時性が強調される。混雑した大空港は余り使わないから、遅延も少ないのである。

 事実、最近のアメリカの調査では、一般企業の2割以上が格安エアラインを使っており、近いうちに7割が使うようになるいう結果も出ている。

 こうなると格安エアラインも従来型の大手エアラインも、区別がつかなくなる。最近は格安エアラインも拠点を定め、そこをハブとして放射状の路線ネットワークを組むようになった。そのため、たとえばサウスウェスト航空の場合は乗客の2割が同じサウスウェストからの乗り換え客だし、ジェットブルーも1割がそうである。

 エアトランやフロンティア航空も、それぞれアトランタとデンバーをハブとして相当数の飛行便を飛ばしている。格安エアラインが点と点を結んで低運賃便を飛ばすといっても、路線数が増えてくれば、ハブ・アンド・スポークのような形になるのは当然の成り行きであろう。

座席のリクライニングも外す

 アメリカの動きに刺激されて、欧州でも格安エアラインの進撃がはじまった。現在すでに50社ほどの格安航空が飛んでいる。また今年5月からは、新たに東欧10か国がヨーロッパ連合(EU)に加盟した。これらの国はEU加盟と同時に国内航空も自由化し、それぞれに航空事業をめざす企業が出現しつつある。

 これらの新しいエアラインは自国を中心とする近距離路線はもとより、遠く西ヨーロッパ市場へも飛んで、たとえばロンドン〜ローマ間を往復10ポンド(約2,100円)という破壊的な運賃で飛んでいる。既存の大手エアラインが影響を受けないはずはないであろう。

 こうした新参の格安エアラインに対抗するために、既存の格安エアラインはますます経費を切りつめなければならない。たとえばライアンエアは座席のリクライニングをなくしてしまった。固定席は設備費が安く、整備の手間もかからないからである。

 余談ながら、筆者は旅客機のリクライニングをなくすことは大賛成である。それでなくても、せまくて窮屈な座席ピッチで、前の椅子が倒れてきたら膝を組むことも本を読むこともできない。どうしてもというならば、国鉄の座席に見られるように、背もたれの下半分と台座とを前の方へ押し出すような方式にしてもらいたい。飛行機の背もたれは10センチくらいの厚みがあるから、後ろへ倒さなくても充分安楽である。どうかすると背もたれを倒しながら、頭の下に枕を置く人がいるが、あれなぞはわざわざ後席の人に嫌みをぶつけているようなものだ。

 ライアンエアは、また座席の背もたれに液晶モニターをつけて、クレジットカードをはさめば映画を見たり、ギャンブルをしたりできるようにした。そのうえ、もっと大胆に鉄道と同様、手荷物の預かりをやめたのである。これでコストは大きく下がることになる。こうしてヨーロッパの格安エアラインは、ますますコストを切りつめながら事業を進めつつある。

大量の機材を発注

 こうして急発展を続ける格安エアラインは、もうひとつ、軒並みそろって大量の機材を発注している。これも大きな特徴で、いずれもサウスウェストにならって737だけの1機種といいたいところだが、最近はエアバスA320ファミリーも格安エアラインに使われるようになった。

 たとえば英イージージェットは今年春の時点で、70機の737を使っていたが、114機のエアバスA319を発注し、ボーイングからエアバスへ乗り換える方針を示した。しかしライアンエアの方は現用70機のボーイング737に加えて、さらに107機の737-800を発注している。

 米サウスウェスト航空は今春388機の737を飛ばしていたが、さらに126機の737-700を発注している。ジェットブルーはA320を現有57機に加えて96機発注しており、さらにハブ・アンド・スポークのフィーダー路線の拡充にそなえてエムブラエル190(100席)を100機発注している。

 フロンティア航空は737-300を12機とA318とA319を合わせて28機運航中。これにA318とA319が31機加わる予定。エアトランはDC-9やボーイング717を70機以上使用しているが、737-700/-800を100機発注している。引渡しは2004年6月からはじまった。

 アメリカの格安エアラインについては、もうひとつ新しい動きがある。英ヴァージン・グループの進出構想で、ニューヨークにヴァージン・アメリカと呼ぶ新会社を設立、2005年初めからサンフランシスコを拠点として運航開始の予定。そのためA320ファミリーを115機発注している。

航空界の様相が変わる

 こうして格安エアラインの動向は航空界の様相を大きく変えつつある。アメリカの航空自由化から4分の1世紀を経て、今その効果が見えてきたといえるのかもしれない。

 それが良いことかどうか。既存の大手エアラインからすれば命取りにもなりかねないし、航空界の秩序がすっかり崩れてしまった。しかし新しい航空事業の展開をめざす事業家からすれば、チャンス到来ということであろう。

 自由化の功罪は立場によって評価が変わるが、旅客にとって安い航空旅行が可能になったことはたしかである。

(西川 渉、2004.7.20)

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