ルフトハンザ航空の経営戦略

 

 この冬、ヨーロッパの気象はやや異常であった。4月下旬、私の滞在した数日間も、フランクフルトは雨が多く、ひんやりと肌寒かった。この状態を指して、ルフトハンザ航空のある機長は「今年はグリーン・クリスマス、ホワイト・イースターだった」と笑う。

 この寒さは、陽のあたっていたアメリカの景気にかげりがさし、その雲が少しずつ世界全体を覆いはじめたことによるものかもしれない。あおりを受けた航空界は安売りチケットが増え、乗客数が伸びて空港も多忙をきわめながら、利益は上がらないという低迷ぶりを示しはじめた。

 エアラインを取り巻く環境は今後なお悪化し、どの企業もいっそうの苦闘は免れられないと見られる。その中にあって、如何にして生き残り、如何にして成長し発展するか。方策としては当然のこと内部の体質を強化し、外部に向かっては競争力を高める必要があるが、具体的にはどうすればいいのか。

 ここではルフトハンザ・ドイツ航空の経営戦略を見ながら、異常気象の寒さに耐え抜くエアライン業界の方策を探ってゆきたい。

2000年度の営業実績

 その前に、ルフトハンザ・グループの2000年度の営業実績を見てみよう。総収入は152億ユーロ(1ユーロ110円として約1.7兆円)で、前年比18.8%増となった。これによる経常利益はグループ全体で10億ユーロ。前年比44.1%増という大きな伸びを示した。税引後の純利益は7億ユーロである。従業員数は2000年末で69,523人。前年の5%増となった。

 このうちルフトハンザ航空と100%子会社のルフトハンザ・シティライン、ルフトハンザ・カーゴによる輸送事業収入は125億ユーロで、前年比17.5%増であった。うち旅客収入は100億ユーロ、前年比16.2%増。乗客数は7.4%増の4,700万人を数え、座席利用率は74.4%に達した。残り約25億ユーロの貨物収入は23.3%の伸びである。

 支出に関しては昨年度、燃料費が急騰した。そのうえドル高となったために、燃料費総額では前年比65%増の15億ユーロとなった。逆に人件費の伸びは収入の伸びよりも少なく、12.2%にとどまった。この中には5%の人員増も含まれるが、結果として生産性の向上によるものということができよう。

 資金面では、機材の更新と近代化のために、2000年度15億ユーロの設備投資がおこなわれた。この1年間に路線に投入した新製旅客機は29機になる。現用機は総数300機に近く、寄港地は世界94か国、349地点に達する。かくてルフトハンザ航空は他の欧州エアラインを引き離し、4年連続でヨーロッパ随一の業績を挙げた。

 ルフトハンザの事業活動は、2001年に入ってからも衰えを見せない。第1四半期(1〜3月)の実績はグループ全体の収入が36億ユーロで前年同期比15.1%増、うち輸送事業収入が30億ユーロで16.1%増となった。

 ただし依然として燃料高とドル高がつづいているため、3か月間の経常利益は昨年同期の9,900万ユーロに対して500万ユーロと大きく落ち込んだ。もっとも、これは一時的な現象で、今年度1年間の業績を占う根拠とすることはできない。15%を超える収入の伸びを見れば将来を悲観する必要もないというのがルフトハンザ経営陣の見方である。

 

「スターアライアンス」の結成

 それでは、ルフトハンザ航空の経営方策に見られるいくつかの特徴をみてゆこう。同社は、すでに10年前に企業再編を決行した。これで内部の体質は強化され、不況にも耐えられる体力が実現した。

 具体的には「財務改善計画」によって、目下10億ユーロのコスト削減をすすめつつある。また「運航改善計画」によって運航手順の合理化と最適化をすすめており、ヨーロッパ圏域の航空交通管制が行き詰まりの状態にあっても、ルフトハンザ便は遅延や欠航が少なく、きわめて正確な飛行をつづけている。さらに昨年からは「eViation(eヴィエイション)」計画によって新しい情報技術や通信技術を採り入れ、迅速かつダイナミックな業務活動が可能になってきた。

 また、インターネット経済に関する新しい総合計画を、いち早く立案した。ドイツではまだ企業の7割が「eビジネス」に関する戦略計画を持っていないけれども、ルフトハンザはすでにそれを実行に移している。「オンライン・セールス」や「エレクトロニクス・チケット」がそれである。将来はモバイルによるチェックインを可能とし、機内でインターネットが使えるようにするといったサービスを開発することにしている。

 一方、内部的な改善ばかりでなく、外部環境をととのえ、航空界における基盤強化のために、世界の主要エアラインとの間に提携関係を結んできた。個々のエアラインとの「コード・シェアリング」協定は1990年代初めからおこなわれてきたが、本格化したのは1997年5月14日、米ユナイテッド航空を初め、エアカナダ、スカンジナビア航空(SAS)、タイ国際航空との間に複数企業間の協定を結び、「スターアライアンス」と呼ぶネットワーク体制をつくり上げたときであった。

 その後ヴァリグ・ブラジル航空、全日空、アンセット・オーストラリア航空、エア・ニュージランド、メヒカーナ航空、オーストリア航空グループ(3社)、ブリティッシュ・ミッドランド航空、シンガポール航空が参加した。その結果、現在ではルフトハンザ航空を筆頭に主要エアライン15社による世界的なネットワークが完成し、総数およそ2,300機の航空機が130か国へ乗り入れるに至った。

 その市場シェアは20%を超え、アメリカン航空や英国航空を中心とする「ワンワールド」グループの15%を上回るという。

 

高速鉄道との一体化

 このような外部との提携はドイツ鉄道との関係にも見られる。それは今年3月「エアレール(AirRail)」と呼ぶ航空と鉄道の一体化システムが動き出したものである。

 ドイツ国内にはICE(インターシティ・エクスプレス)と呼ぶ特急が走っている。最大速度は320km/hで、日本の新幹線に匹敵する高速列車である。これを走らせるドイツ鉄道(DB)と、フランクフルト空港公団、ルフトハンザ航空の3者の間に業務提携が成立、フランクフルト空港で飛行機と鉄道を乗り換える旅客の利便性を高めるサービスがはじまった。

 航空と鉄道を結びつけるアイディアはかねてから世界中で試みられてきた。鉄道が乗り入れている空港も少なくない。けれども、列車を降りた旅客は荷物を運んだり、飛行機への搭乗手続きをしなければならない。鉄道から飛行機へ搭乗券を見せるだけで乗り継ぎのできるシステムは余りないであろう。

 そのうえ、ルフトハンザの鉄道飛行便は市内と郊外の空港を結ぶアクセス手段という補助的な役割にとどまるものではない。遠く離れた都市から1時間以上もかかるような遠距離高速列車がハブ空港へ乗り入れ、飛行機から飛行機へ乗り継ぐのと同じように、鉄道から飛行機への乗り継ぎが可能となった。いわば、鉄道便と航空便を区別しないシステムができたのである。

 筆者も先日、フランクフルト空港駅からシュツットガルト駅まで乗せてもらったが、列車の中のサービスも飛行機内のそれと変わらない。ドイツ国内線のビジネスクラスに合わせたもので、大きなリクライニング・シートにすわると、飲み物や食べ物が出てくる。そのうえ航空旅客はタダなのである。

 このような徹底した鉄道と航空の提携関係――旅客の円滑な乗り継ぎを可能としたサービスは、おそらく世界で初めてであろう。たとえばシュツットガルトの市民がパリへ行く場合、この人はシュツットガルト駅でICE列車に乗りこむ際にパリまでの荷物を預け、フランクフルトからの飛行便の搭乗券も受け取る。そしてフランクフルト空港では搭乗手続きをしたり、手荷物の心配をする必要もなく、そのまま国際線のゲートへ進み、パリ便に乗ればいい。無論パリから戻ってきたときも同様で、フランクフルトで鉄道に乗り換え、手荷物はシュツットガルト駅で受け取る。


(私の乗った欧州新幹線、インターシティ・エクスプレス)

 

鉄道との提携を拡大

 こうしたシステムをつくるために、ルフトハンザ航空はシュツットガルト駅にチェックイン・カウンターを設け、手荷物の搬送体制をととのえ、ルフトハンザの職員を派遣した。またICE列車について、1日6往復、2時間ごとの各特急列車に46席ずつの1等席を借り上げ、そこに航空便への乗り継ぎ客をのせるようにした。6月からは1日7往復の列車にルフトハンザ席が設けられる。

 一方ドイツ鉄道は、ICE高速列車59編成のうち21編成について、航空旅客の手荷物搭載室を設けた。そして最大46人分の手荷物を6個のコンテナに入れて列車に積みこむようにした。6個のコンテナは、フランクフルト空港駅での停車時間中、4分以内に積み卸しができる。

 フランクフルト空港では駅とターミナル・ゲートとの間に手荷物の搬送に必要なシステムが整備された。

 シュツットガルトはフランクフルトから南へ直線距離にして160km。鉄道は迂回して走るので平均250km/hの高速列車で73分。シュツットガルト郊外にはエクターディンゲン国内空港があるが、列車の方が便利であるばかりでなく、モスクワ、北京、香港、ボストン、メキシコシティなど長距離国際便に乗る場合は飛行便を使うよりも早い。

 今のところはシュツットガルト〜フランクフルト間のICEだけで、それも1日6〜7往復の46席に限られているが、旅客の反応は良く、実績と経験を重ねたうえで座席数を増やし、来年はフランクフルトから北のボン、ケルン、デュッセルドルフへ向かうICEにも同じシステムを導入し、拡大してゆく予定という。

 

企業内部のDチェック

 こうした外部への拡大と同時に、ルフトハンザ航空はいま再び内部にも目を向けつつある。それは最新の「Dチェック」計画である。

 航空機にはDチェックと呼ぶ定期点検整備が定められている。装備品や構造部品の全てを分解し、オーバホールをする最大の整備作業で、機体、キャビン、装備品のあらゆる部分について整備士や専門技術者が検査をする。この作業は5〜10年ごとにおこなわれるものだが、同じ考え方を機体から企業体に適用しようというのである。

 ルフトハンザ・グループは先の企業再編から10年を経た。そろそろオーバホールが必要な時期に達し、航空機と同じような大整備が必要になった。そこでDチェックと同様、たとえば現行業務の内容や手順を点検し、必要があれば改善する。とりわけ、これまでに何かの不具合や失敗が見られたような業務については、新しいやり方を採り入れる必要があろう。

 Dチェックを終わった航空機は、整備工場から生まれ変わって出てくると、その後何年にもわたって安全に飛びつづけられる。企業もまたDチェックによって完全な健康を取り戻し、安全を確保することができるという考え方である。

 つまり企業のDチェックは経営の安全を確保し、競争力を高めるための予防検査にほかならない。虫歯や癌の予防検査を受けるように、病気や不具合が生じてから治療をするのではなく、発病する前に病根を取り除く。これによって企業としての品質確保が可能になる。企業は顧客と従業員と株主の3者に対して責任を有するが、その責任を全うするための品質保証がDチェックの目的である。

 さらにDチェックの「D」とは「詳細(detail)」のDばかりではない。それは「デジタル化(digitalisation)」のDでもある、とルフトハンザはいう。すなわち先端的なeビジネスを取り込んでゆくこと。最新の技術によって日頃の業務要領をいっそう効率化してゆくことである。

 デジタル化によって、営業活動も調達業務もいっそう効率的になる。さらに顧客管理についても知識と情報のデータベースを構築することにより、顧客の喜ぶようなサービス強化が可能になる。

 飛行機のDチェックは時間がかかる。部品の一点一点について見ていかねばならないからだが、経営上のDチェックは余り時間がかかっては意味がなくなる。検査の結果が出たときは、事態が先へ進んでいたというようなことにもなりかねないからだ。

 といって、あわてて重要な課題を見すごしてもいけない。円滑に進める必要がある。同時に、予防検査といって欠点や欠陥を見つけ出し、それを治すだけでは現状を維持するだけの意味しかない。そうではなくて、この検査から将来展望を見つけ出し、新たな方策が生まれなければならない。

 こうした考え方の下に、ルフトハンザ航空は経営トップに直接報告できる立場の人――すなわち上級役員をリーダーとして少人数のDチェック・チームを編成し、向こう3年間の予定で点検作業にとりかかった。

 かくてルフトハンザ航空は、Dチェックを中心とする内部の体質強化と資金確保、スターアライアンスやICEを中心とする外部の業務提携と顧客確保――そうした積極果敢な経営方策によって、エアライン業界のトップの地位を堅持すると共に、今いっそうの飛躍と発展をめざしつつある。

(西川渉、『エアワールド』誌、2001年7月号掲載)

  

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