HAI大会と救急ヘリコプター

――マーシーエア訪問記――

 

話題の中心は救急ヘリコプター

 国際ヘリコプター協会(HAI)は今年、発足50周年を迎えた。その記念の年次大会は去る2月中旬、ロサンゼルス郊外のアナハイムで開催された。3日間の参会者は約13,000人。世界中のヘリコプター・メーカーと関連機器メーカー450社余りが出展し、展示されたヘリコプターは総数およそ70機に上る。

 そうした中で、ユーロコプターEC155やアグスタA119コアラなど新機種開発の進展状況や、ベル社が412と206Bの後継機開発の検討に入ったこと、民間型ティルトローター機モデル609の受注数が61機まで伸びたこと、シコルスキーS-76C+が英王室から注文を受けエリザベス女王の乗用機となることなどが明らかにされた。さらにはボーイング社が民間ヘリコプター部門を手放すというので、MDエクスプローラーやMD600Nといったノーター機の製造権をどこが買収するのか、ベルかシコルスキーかといった話題もにぎやかに論じられた。

 とりわけ強い印象を受けたのは、ヘリコプター救急に関する話題が大きな部分を占めたことである。かつて世界が石油危機に見舞われた当時は海底油田の開発に多数のヘリコプターが投入され、HAI大会も石油の話題でもちきりとなった。展示会場には緊急用フロートを装備したヘリコプターが並び、石油関係者の参加も多かったものである。

 それが最近はヘリコプター救急に変わり、今回はシコルスキーS-76C+、MDエクスプローラー、EC135、アグスタA109パワーなど、新しい機材が申し合わせたように機内の客席を取り払い、患者搬送用のストレッチャーと救急医療器具を搭載して展示されていた。関連機器もストレッチャーを初め、救急用具が散見されたが、医師の見学が多かったかどうかは分からない。

  

各国で進むヘリコプター救急

 年に一度の国際ヘリコプター・ショーといわれるこの大会で、救急ヘリコプターが話題の中心になるということは、世界の多くの国々で急速にヘリコプター救急システムの構築が進んでいることを示す。

 ドイツで50機、アメリカで約300機の救急ヘリコプターが飛んでいることはよく知られているが、スイスにもREGA(航空救助隊)という組織があって13機のアグスタA109K2が全国の救急基地に配備されている。13機という数は一見して少ないように見えるが、国土面積からすればドイツの2倍という密度である。しかもREGAはアルプスの山岳救助ばかりが任務ではない。市街地の交通事故にも救急車と同じように出動している。

 フランスのSAMU(サミュ:緊急医療救助サービス)は医師が中心となり、病院を拠点とする救急車と高速車両とヘリコプターを駆使して救急医療に当たっている。救急出動だからといって必ずしも救急車が出ていくわけではない。SAMUでは先ず医師が現場に急行する。その方がはるかに救命率が高くなるからであり、そのための移動手段は渋滞に巻き込まれやすい救急車ではなくて、高速乗用車でありモーターバイクでありヘリコプターなのである。

 救急車の任務は医師の輸送ではなくて、患者の搬送である。したがって救急車は現場の緊急治療が終わる頃、あとから到着すればよい。SAMUの傘下にあるヘリコプターは現在約40機。それに消防や軍警察のヘリコプターも協力する体制が取られている。

 さらにイギリス、オランダ、オーストリア、スペインなど、欧州各国のヘリコプター救急の状況を見てゆけばきりがない。北米でも米国に続いてカナダやメキシコの救急ヘリコプターが増えつつある。

 またブラジルには世界最大の医療法人「ウニメッド」がある。25年ほど前に発足した民間組織で、ウニメッド・エアと呼ぶ航空部門を有し、飛行機やヘリコプターを使って患者搬送に当たっている。使用機材はビジネスジェットを初め、S-76やベル206Lなどがある。

 これらの先進諸国にくらべて、今や日本の救急体制は完全に取り残された。見方によっては2段階、もしくは3段階遅れの後進国になり下がったのではないだろうか。

 

 

喫煙パイロットは不可

 さてHAI大会の前日、会場に近いアナハイムのマーシーエアで、同社と親会社のエアメソッド社からヘリコプター救急の現状についてレクチャーを受けることができた。ここでは以下、その内容をご報告したい。

 エアメッソドは航空機による救急医療専門の上場企業である。1980年に創設され、現在は従業員400人、年間売上高5,000万ドル(約65億円)という規模で、デンバーに本拠を置く。

 事業内容は大きく二つに分かれる。一つは製造または改修部門で、航空機の内装を救急医療用に改修する。たとえばL-1011トライスターを改造して、空飛ぶ大型病院機「ザ・フライング・ホスピタル」を実現させ、米陸軍のUH-60Q救助機の内装を開発した。98年1月には米空軍向けHH-60Gの救難装備も手がけることになった。

 また上述のブラジル・ウニメッド医療法人との間には15年間の長期契約を結び、救急仕様に改造したヘリコプターを送り出している。韓国の三星メディカル・センターにもスタッフを送って救急医療訓練を実施中。最近はMD900/MD902について、キャビン床面の改修を含む救急医療用の内部装備を開発した。

 もう一つは救急搬送部門である。現有機はおよそ45機だが、ほとんどがヘリコプターで、20件の固定契約によって米国内60か所の病院に救急搬送サービスを提供している。最近まで十数年間の出動実績は15万回以上。そのためのパイロットは約130人、整備士約70人、看護婦とパラメディックが50人という陣容である。

 エアメッソドのヘリコプター・パイロットの条件は、ヘリコプターによる飛行経験が3,000時間以上でなければならない。そのうちタービン機の飛行経験が1,000時間以上、夜間飛行が200時間以上、そして計器飛行資格をもっていることとなっている。

 そこまではまだいいとして、短期大学以上の学歴があることという条件もつく。大学を出ていない人は会社の援助を受けて学校に通うこともできる。専攻の学科は何でも構わないが、そうした学歴が必要なのは病院の中で医者や管理職者ときちんとした話をする必要があるからだという。病院を拠点にして飛行する場合、パイロットはエアメソッド社の唯一の代表者となる。その代表者が医師や医療スタッフと話ができなければ、文字通りお話にならないというのが同社の考え方なのである。

 もう一つ、パイロットはノンスモーカーでなければならない。これは何も嫌煙権とかエチケットとか病院勤務者の義務といった問題ではない。エアメソッドの救急搬送は3分の1が夜間飛行である。しかるに喫煙者は夜間の視力が落ちる。つまり純粋に航空安全上の問題なのである。

 

 

航空と医療の統合企業

 エアメッソドは昨年夏、マーシーエアを買収した。マーシーエアはロサンゼルスからサンディエゴに至る南カリフォルニア一帯で活動するヘリコプター救急会社である。

 発足は1989年。救急車を運行する搬送企業の航空部門として誕生した。ただし病院との固定契約による飛行ではなく、独立した組織として救急搬送をおこなっている。親会社のエアメッソドとは異なる運営形態で、飛行依頼も消防本部からくるものが多い。

 このような運営形態はアメリカにおける新しい行き方として、関係者の注目を集めている。というのは、かつてはこの地域でも病院を拠点とする専属ヘリコプターが待機していた。しかし病院経営の余裕がなくなってきたことから、どの病院も高価なヘリコプターを専属でかかえられなくなり、だんだんと契約が解除され、一時は13機もあった病院拠点のヘリコプターが1機もいなくなったのである。代わって専属契約のない独立のヘリコプターが6か所で待機するようになった。そのうち5か所がマーシーエアの拠点である。

 専属契約のない運航は、たしかに不安定である。消防本部や各地の病院との間に余程緊密な連携を維持していなければ、お呼びがかからなくなる恐れもあろう。そうならないためには運航の安全はもとより、医療面から見た救急態勢も専門的な高い水準を維持していなければならない。

 すなわちマーシーエアは航空の専門家と医療の専門家が一体となって仕事をする企業なのである。そのために現在ベル412を1機、ベル222を5機保有するほか、すぐれた医療スタッフをかかえている。

 もともとマーシーエアを生み出したマーシー・アンビュランス会社は1970年代初めから、南カリフォルニア一帯で広く救急車を走らせてきた。しかし80年代になると救急ヘリコプターが飛ぶようになり、救急車だけでは対抗できなくなる。そこから航空部門をつくることになって、マーシーエアが誕生したのである。

 使用機はベル222。機体装備や運航態勢は不定期の旅客輸送も可能な連邦航空規則FAR135の安全基準に合わせ、計器飛行もできる装備をもつ。

 運航管理、出動手順、代金請求などは既存の地上救急車の体制をそのまま利用した。言い換えれば、既存の救急体制の上にヘリコプターを加え、陸と空を組み合わせた強力な救急態勢をつくり上げたのである。したがって一般管理費なども余分にかかることはなく、これがマーシーエアの強みとなった。

 

 

搬送代金の回収が苦労

 しかし1992年7月、マーシー・アンビュランスが大手のアンビュランス会社に買い取られることになったとき、買い手は航空部門は不要という考えを打ち出してきた。止むを得ず航空部門だけが元の株主の下に残り、マーシーエアという企業名で独立したのである。

 それからしばらくして、マーシーエアは機体整備の外注先だったウェスタン・ヘリコプター社を買収し、自社整備をするようになった。これで整備費の流出を抑えようというわけである。そして1997年8月、今度はマーシーエアがエアメッソドに買収されることになった。

 マーシーエアの1996年実績は、南カリフォルニア地域の5か所の基地に5機のヘリコプターを置いて、約2,500人の患者を搬送した。そのうち事故現場からの救急搬送が半分、病院間の転送が半分である。

 5か所の基地は、2か所が空港で3か所が消防署の敷地内にある。したがってアメリカに多く見られるような病院専属ではなく、いわば中立的なヘリコプター救急というのがマーシーエアの行き方なのである。

 だが、このような独立体制を敷くには、それなりの知識と経験がなければならない。経営上も不安定な立場に置かれる。けれども病院を拠点にすると、ヘリコプターの運営が病院の経営方針によって左右される。独立体制であれば患者搬送という一点にしぼって企業経営をしてゆけばいいとマーシーエアはいう。

 それには財務的にも堅実でなければならない。搬送代金の回収手続きもみずからおこなって、収入を確保しなければならない。同時に出費を抑える必要がある。FAR135の安全基準を維持しながら、なおかつ経費を抑えなければならないのである。

 だからといって搬送費の支払い能力がない患者は運ばないというのでは救急が成り立たない。救急搬送を任務とするからには、患者の貧富にかかわりなく、最善を尽くさなくてはならない。そこには事業経営よりも前に人道的な精神も必要なのである。

 といって人道主義ばかりでは会社が成り立たない。そこでレクチャーの途中、「患者の耳元で医療保険に入っているかどうかを訊いて、入っていなければ見捨てて飛び去ったりはしませんか」という愚問を発したところ、「そんなことは絶対にない」といって、大変な剣幕で答えが返ってきた。

 ヘリコプター搬送にかかる費用は通常1回当たり5,000ドル程度だそうである。日本円にして60〜70万円である。マーシーエアは、それを患者に請求する。患者はそれを医療保険などに請求し、払い戻してもらうのである。しかし患者自身が貧乏で、保険にも入っていないようなときは回収不能になる。こういう人には自治体から生活保護が出るようなこともある。まさか、それをヘリコプター代金として取り上げるようなこともないだろうが、マーシーエアとしてはそうした社会保障が受けられるような手続きを代行するなど、あらゆる手段を尽くして代金回収に努める。その結果、回収率は75%くらいになるそうである。残りの回収不能分は損金として落とすようだが、それでも事業を成立させるのは大変なことにちがいない。 

 
(救急活動に向かうマーシーエアのベル222)

 

最も重要な安全性 

 ヘリコプター救急にとって、もう一つ重要なことは安全上の問題である。安全な飛行ができなければ社会的な信頼を得られず、事業として成り立たない。しかも代金回収ができなくても出動するといった財務上の問題と同様、安全上も矛盾点をかかえている。というのは、ヘリコプター救急は昼夜を問わず、初めての場所にでも着陸しなければならないからである。

 マーシーエアの場合、飛行の半分は僻地への飛行である。それも担当する地域が広いから、太平洋に臨むアメリカ西海岸の霧の多い地域、ロサンゼルス近郊のスモッグと航空交通量の多い地域、冬は雪が降る標高3,000m級の山岳地、夏の気温が46℃にも上るモハービ砂漠地帯など、さまざまな条件の中で飛行しなければならない。ロサンゼルス市内の道路や空き地に着陸することもしばしばで、周囲には電線も多い。

 こうしたことから、マーシーエアのヘリコプターには全て計器飛行装備がしてあり、サーチライトやワイヤカッターをつけている。あるとき、4年ほど前のことだが、町の中に降りて患者をのせ、離陸しようとして電線にぶつかったことがある。しかしワイヤーカッターが電線を切って事なきを得た。

 またサーチライトは、町の中では上空から電線を見つけるのに役立つ。僻地では事故現場の着陸地点を照らし出すのに使われる。ヘリコプターが初めての現場上空に近づくと、機内の乗員はパイロットばかりでなく、医療スタッフも目を皿のようにして着陸地点周辺の危険な障害物を探す。何かが見つかれば誰でも声を上げてパイロットに注意してよいことになっているし、誰でも着陸中止を発言することができる。

 そのため、パイロットも整備士もパラメディックも看護婦も、全員が普段から話し合い、安全上の意見を交換している。そして医療スタッフまでが飛行規程の内容を熟知しているのである。

 なおマーシーエアのパイロットは現在、平均飛行経験が7,000時間で、毎年1回フライト・セイフティ社でシミュレーターによる再訓練を受ける。勤務体制は12時間勤務。翌日は完全な休みとなる。

 

 

救急ヘリコプターの出動基準

 では、救急ヘリコプターの出動手順はどのようにおこなわれているのだろうか。通常は現場から消防本部を通じて、出動要請が入ってくる。出動要請を出すのは患者の容態を見ている医師、看護婦、パラメディック、警察、消防、企業の安全管理者、軍隊などの公的機関である。

 これを受けたマーシーエアのディスパッチ・センターは5か所の基地の中で、どこが最も現場に近いかを考えて、その基地に向かって出動指示を出す。この指示を受けたヘリコプターが現場に到着するまでの時間は7分以内というのが、マーシーエアの社内目標である。彼らはこれを「セブン・ミニッツ・ルール」(7分間ルール)と呼んでいるが、受持ち地域の広さから見ても相当迅速な行動をしなければならないであろう。ちなみにドイツの救急ヘリコプターは50kmの範囲で最大15分、平均8分で、医師をのせて現場に到着する。

 マーシーエアのヘリコプターに乗るのはパイロットとパラメディックとフライトナースの3人である。ただしサンディエゴに待機する機体にはパラメディックではなくて医師が搭乗する。

 こうして5か所の基地から発進する回数は、年間2,600〜2,700回。うち9割が患者1人の搬送、残り1割が2人の搬送というから、年間の輸送患者数は2,900人くらいであろうか。

 では、救急ヘリコプターはどんなときに出動するのだろうか。救急の基本は時間との勝負である。救急車では間に合わないと思われるようなときはヘリコプターが出動する。マーシーエアは、ヘリコプターよる患者搬送は時間、距離、地理的条件、および患者の容態によって決まるとし、次のような事態を具体的な目安に挙げている。

 たとえば自動車事故の場合、車の中から怪我人を引き出すのに20分以上かかったとき、車内の壁が30cm以上へこんだとき、車内に死者が出たとき、乗っていた人が車の外へ放り出されたとき、車が横転したとき、32km/h以上の速度でぶつかって人の体が触れたハンドル、ダッシュボード、窓ガラスなどが変形したとき、バンパーが75cm以上動いたり、前輪の車軸が後方へ動いたとき。そして通行人や自転車にのっている人が32km/h以上の速度ではねられたとき――こんな時はヘリコプターを呼ぶ必要があるというのである。

 また交通事故に限らず、胸部、腹部、頭部、頸部、または鼠蹊部や骨盤に激しい打撲傷を受けたり、傷口が開いたり、異物が刺さったり、複数の骨折があったりしたとき。脊柱や脊髄に傷を受けて神経障害や麻痺の恐れがあるとき。身体の2か所以上に傷を負ったり、2か所以上の骨折があったり、骨盤が骨折したとき。身体表面の広い範囲に火傷(やけど)をしたり、顔、手、足または会陰に火傷をしたり、呼吸器系統を含む大火傷をしたり、電気または化学薬品によって大きな火傷をしたときはヘリコプターを呼ぶ。

 さらに高さ6m以上のところから転落したとき。また、どんな原因であれ、成人であって意識のレベルが低下したり、呼吸が毎分10回以下または30回以上になったり、血圧が90mmHg以下に下がったり、脈拍が毎分60以下または120以上になったとき。12歳以下の子ども、または55歳以上の成人で複数の外傷を負ったとき。

 そして心臓麻痺または脳卒中、不意に出産が近づいて病院への搬送が必要なとき、未熟児の早産、毒物、敗血症などの言葉が並び、最後に如何なる病気であっても緊急搬送が必要と思われたとき、地形または距離の関係で地上搬送では時間がかかりすぎるとき、救急車が出払っているときなどの条件が挙げられている。また臓器移植のための臓器搬送にも応じる。

 日本ではヘリコプターによる救急システムがないので、上のような事態に陥っても救急車に頼るほかはない。考えてみれば恐ろしいような気がする。

 なおマーシーエアは今、エアメッソドの傘下にあって好調の経営をつづけている。今年は待機の拠点を2か所増やして、7拠点とするそうである。

 

 
(病院ヘリポートに着陸したマーシーエアのベル222)

 

ますます増える救急機

 もう一度HAI大会に戻ろう。この3日間のあいだに各メーカーそれぞれにヘリコプターの売れ行きや引渡しの状況を、実機の展示と共に発表したが、その中から救急関連の断片を拾って行くと次のようなことになる。

 アグスタ社はA109パワーの救急仕様を展示した。これは「ライフセイバー・インテリア」と呼ばれ、REGAなど、いくつかの救急機関における使用実績にもとづき、それぞれの長所を採り入れて標準化したものという。すでにスペインのスレステ・ヘリコプター社から3機の注文を受け、1番機は昨年末引渡された。

 ユーロコプター社は東テキサス・メディカル・センターとテキサス州タイラーシティに救急用のEC135を1機ずつ引渡した。EC135救急機はドイツのADACとオーストリアのOATMCでも複数の機材が使われている。さらに最近、ノルウェーのノルスク・エア・アンビュランスからも注文を受けた。また新たに発表されたEC155は12席の客席を外せば、医師やパラメディック2人のほかにストレッチャー6人分の搭載が可能という。

 ボーイング社は昨年末、救急専用のMDエクスプローラーについてADACから2機、ルクセンブルク・エア・アンビュランスから2機を受注した。さらに英国ウィルシャイヤ警察とドーセット警察から警察任務と救急の両方に使えるような仕様で、1機ずつの注文を受けた。

 さらに米国立公園管理局(NPS)も2機のMDエクスプローラーを発注した。これはパピヨン・ヘリコプター社に運航を委託して、グランド・キャニオンに常駐させ、心臓麻痺を初めとする救急出動を第1の任務とする。ただし、ほかの仕事にも使えるよう、エアメソッド社によって2分半で救急仕様に転換できるよう改修されている。

 シコルスキーS-76も救急機として多数が使われている。最近の受注はオクラホマ州タルサのエアエバック向けのS-76C+。同社は「ヒルクレスト・ヘルスケア」の名前で、これまでS-76Bを飛ばしてきたが、それをS-76C+に取り替えるもの。機内は医療装備も電子機器も最新のものが装備され、HAI大会で展示された。

 こうした状況を見るだけでも、今いかに多くの国々が競うようにして救急専用ヘリコプターを導入しつつあるかがうかがえる。

 救急は人命にかかわる問題である。そのため救急システムの充実は、日本でも高い水準にある。今の救急車による救急制度は迅速かつ無償で、奉仕の精神にあふれた素晴らしいものである。しかし、ヘリコプターという新しい救急手段が実現し、それが世界中で実用になってきたにもかかわらず、日本だけが未だに採用していない。救急制度の中にヘリコプターが組みこまれていないのである。

 その結果が阪神大震災で多数の犠牲者を出したわけだが、悲劇は今も日常的につづいている。われわれは1日も早く救急制度の後進性から脱却し、新しいシステムをつくり上げなければならないであろう。

(西川渉、『エアロスペース・ジャパン』98年3/4月号掲載)

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