<将来構想>

ボーイング未来旅客機の夢

 米「シアトル・タイムズ」紙(2006年5月5日付)が、ボーイングの描く夢の未来機について報じている。ボーイングの夢は、何年か前のソニック・クルーザーのような悪夢もあるが、20年後をめざす以下のような夢は見るだけでも心楽しいものがあるのではないだろうか。

 その基本的な特徴はエンジンの燃料消費が少なく、排気が少なく、騒音が少なく、運航費も少ないというもの。すなわち環境問題と経済問題の2つの重要課題の克服を目標として、主翼、尾翼、エンジンなど4種類の特異な形状が考えられている。

 ボーイングの考える未来機の中で、おそらく最も現実に近いのは下図のような低燃費をめざすものであろう。この飛行機は、尾部に2つの垂直安定板を立て、その上に水平尾翼を渡し、そこにエンジンとプロペラを取りつけるもの。これをボーイングは「パイ・テール」と呼ぶ。ギリシア文字または円周率のパイ(π)に似た形状だからである。

 そこに後ろ向きに取りつけた推進用プロペラは、プロペラというとりもブレード数の多いファンになっていて、ボーイングは「オープン・ローター」とか「アンダクテッド・ファン」と呼んでいる。エンジン自体は今のジェット旅客機が使っているものと同じようなターボファンだが、ファンの周りを包むダクトがない。これで高速を望まなければ燃料効率が良くなるというのである。

 旅客にとっては、飛行機の速度が遅いのは不満かもしれない。しかし、これからガソリン代が上がって近距離区間の旅行者が車から飛行機に乗り換えるようになれば、背に腹は替えられない。長距離の飛行でなければ、多少の速度差があっても目的地に到着する時間は余り変わらない。

 あるいは長距離区間であっても、800km/h程度の速度ならば、今のジェット旅客機の950km/h前後に対し、大洋横断路線で所要時間が1時間ほど長くなるだけである。旅客も費用がかからず、したがって運賃の安い方を望むにちがいない。

 事実ボーイング社は1980年代、727にプロップファンをつけて飛行試験をしたことがある。70年代の石油危機をきっかけとして研究が始まったものだが、その後燃料費が下がって、燃料節約の意味が薄れ、研究も中断してしまった。

 もっと徹底して騒音を減らすための形状は、下図のとおり、胴体後部にエンジンを取りつけ、主翼をエンジンのすぐ前にもってきて前進翼とし、機首にはカナード翼を取りつけるというもの。主翼と水平尾翼はひとつにつながり、尾翼の左右には2つの垂直尾翼が立って、エンジン騒音の広がりをさえぎる形となっている。

 加えて主翼には前進角がついて抗力を減らし、カナード翼と相まって操作性が良くなる。それでも、この機体は左右9列のワイドボディ旅客機になる。

 下図は排気汚染の少ないもので、燃料消費が少ないと同時に速度も速くない。主翼は非常に細長く、胴体に直角に取りつけてある。翼の両端は空港の中では上方へ折り曲げて移動する。

 下図はフライング・ウィングとでもいうべき三角翼で、燃料消費が少ない。胴体はやはりワイドボディだが、絵を見た限りでは、B-2爆撃機というよりもスペース・シャトルの方に似ているように思える。

 真のフライング・ウィングは、キャビンのどの窓からのぞいても下界が見えない。その点、このボーイング案は胴体の前の方は翼の外に出ており、妥協の跡がうかがえる。

 こうしたフライング・ウィングについて、ボーイング・ファントム・ワークスでは4月から、NASAおよび空軍と共同で翼スパン6.4mの模型で風洞実験を開始した。今年末までには、この模型を実際に飛ばすことにしている。

 ほかにもボーイングは超音速ビジネスジェット、超巨大貨物機、生物燃料や水素燃料を使う航空機、コクピットに窓のない無人旅客機などを考えている。というのも、787など最も新しい航空機でも、向こう20年くらいの使用を考えたものにすぎない。その先は、さらに進んだ航空機が要求されるようになるはずである。それは運航費、燃料効率、搭載量、航続距離その他の要素の間でバランスがとれていなければならない。すなわち15〜20年先に出てくる航空機は燃料費と騒音の問題をなくした上で、すぐれた輸送力をもつものでなければならず、そのための技術を確立しなければならない。そうした考え方を、ボーイング社はエンジン・メーカーにも提示して、さまざまな推進機構の開発をうながしている。

 未来機については、もとより多くのメーカーや研究機関が考えているところであろう。その中から、どんな航空機が現実のものになるか、楽しみである。

(西川 渉、2006.5.8)

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