<リージョナルジェット>

三菱MRJいよいよ開発着手

2千億円規模の開発プロジェクト

 わが国初のジェット旅客機、三菱MRJ(Mitsubishi Regional Jet)の開発がいよいよ始まった。この決定は去る3月28日、三菱重工から公表された。それに先だって、全日空は3月27日の取締役会で15機の発注と10機の仮発注を決議、これがMRJ開発の最終決断をうながした。

 MRJの事業化が決まったことで、4月1日には三菱航空機株式会社が発足した。MRJの設計、開発、販売、顧客支援などに当たる。資本金は当面30億円とし、三菱重工の戸田信雄氏が社長に就任、社員は200人程度から出発する。そして来年中に1,000億円に増資、約3分2を三菱重工が出し、残りをトヨタ自動車、三菱商事、三井物産、住友商事、日本政策投資銀行などが出資する。さらに経済産業省が、資本金とは別に500億円程度を拠出する方針である。

 つまりMRJは総額およそ1,500億円、ないしは2,000億円規模の開発プロジェクトということになり、機体価格30〜40億円として、採算ラインは300〜400機程度と見られている。

 このプロジェクトは、世界の代表的な航空関連メーカーからも技術的な協力を受ける。たとえばエンジンのプラット・アンド・ホイットニー、操縦系統のコンピューターとアビオニクスを担当するロックウェル・コリンズ、油圧系統のパーカーエアロスペース、電源、空調、補助動力などのハミルトン・サンドストランド、操縦系統のアクチュエーターを担当する日本のナブテスコ、降着装置の住友精密など錚々たる企業が主要装備品を開発する。このうち海外企業への外注分は、製造費の6〜7割にもなるという。

 こうした先端技術を集めることにより、MRJは燃費を大幅に減らし、世界最高の経済性と快適性を有するに至った。それに基づき、三菱重工は国内外のエアライン約100社を訪ねて感触を探ったが、MRJが航空事業の競争力と収益力の向上に貢献できる点、総じて高い評価を得たという自信を見せている。そのうえで今後20年間に1,000機の販売を目標として、2011年の初飛行、13年の就航をめざすことにしている。

環境に適応した高性能機

 では、三菱MRJとはどんな航空機だろうか。基本的には乗客90人乗りのMRJ90と70人乗りのMRJ70の2種類から成る双発のリージョナル・ジェット旅客機だが、それぞれ航続距離に応じて、STD、ER、LRと呼ぶ3種類の派生型が想定されている。MRJ90とMRJ70の構造上の違いは胴体の長さで、35.8mと32.8mになる。ただし主翼、尾翼、エンジン、その他の装備品などは共通で、運航や整備に関しても共通性が高い。

 MRJの最大の特徴はエンジンにある。経済産業省がかねて提唱してきた「環境適応型」の高性能機という概念に沿った新しい「ギアード・ターボファン」(GTF : Geared Turbofan)で、米プラット・アンド・ホイットニー(P&W)社が開発する。構造上はエンジン前面のファンと後部の低圧タービンの間に減速ギアを組みこむ。これによってタービンとコンプレッサーの回転速度を上げる一方、前面ファンの方は減速ギアを介して速度を落とすことができるので、最大の効率が得られる。そのため燃費と騒音が下がり、従来のターボファン・エンジンから一段と進化したものになる。

 しかしGTFは、燃料効率と環境適応性が向上するとはいえ、民間機としては初めての実用化であり、現在なお開発段階にある。したがって一抹の不安はあるものの、そこには先行する競合機を上回る飛行性能と経済性、環境適応性を確保しようという意欲が見られる。とりわけ近年、石油価格の高騰と地球温暖化の問題から、燃費と環境が世界的に重視されるようになった。GTFエンジンは、これらの問題に適応するための思い切った選択にほかならない。

 こうしたGTFを、P&W社は長年にわたって研究開発してきた。目下のところファン直径2.05m、推力13,000kg前後の試作機がつくられており、今年7月から同社所有のボーイング747SPに取りつけて試験飛行に入る。同クラスの在来エンジンにくらべてバイパス比は2倍以上、燃費は12%減、騒音と排ガスはほぼ半分になる見こみという。

 この試験を経て、MRJ用のエンジンは今年後半から予備設計に入り、年末から詳細設計へ進む。2009年なかばには試運転、同年秋から飛行試験を開始する。ファン直径は1.42mと小さくなるが、バイパス比は8:1、推力は6,800kg前後になるもよう。エンジンとしての型式証明は2011年前半に取得する。これによりMRJは、競合機に対して燃費が2〜3割減となり、したがってCO2やNOX(窒素酸化物)の排出も少なく、騒音は半分を目標としている。

最初の新世代リージョナル機

 MRJのもうひとつの特徴は複合材の多用であろう。リージョナル機として初めて本格的に複合材を採用するもので、主翼や尾翼を全面的に炭素繊維などでつくり、機体を軽量化する。その使用率は3割に達し、燃費の削減にも貢献する。

 三菱重工は1990年代、航空自衛隊向けF-2戦闘機の開発にあたってロッキード・マーチン社と共同で複合材の主翼をつくり、最近はボーイング787の主翼も複合材で製造している。こうした経験と実積がMRJについても生かされることになった。けれども787と異なり、胴体には複合材を使わない。というのは、比較的小型のリージョナル機では胴体まで複合材にする利点が787のような大型機ほど大きくないという判断による。

 客室は快適である。筆者も昨年のパリ航空ショーで胴体モックアップの内部を見せて貰ったが、座席は薄くつくられているので前後間隔や足周りが広く、しかも背もたれは人の体型に合わせた曲線をもち、座面は柔軟ですわり心地が良い。通路の天井も高くて、リージョナル機特有の窮屈な感じがなくなった。頭上の手荷物入れも大きな容積をもつ。座席配置は中央の通路をはさんで左右2列ずつである。

 コクピットは、ロックウェル・コリンズ社が787の経験を生かして開発するアビオニクスとコンピューターシステムを装備する。「人間中心の操縦室」という理念にもとづくもので、パイロットが的確に飛行状態を把握できるようにして、たとえば正常な操縦をしなかがら山に衝突するといった事故(CFIT)を避けるため、リージョナル機としては初めての合成ビジョン・システムも取りつける。

 さらに、これもリージョナル機としては珍しいはずだが、これから飛ぼうとする飛行経路上の地点(ウェイポイント)をキーボードからコンピューターに打ち込むのではなく、可動マップ上でカーソルを動かしながら、各ウェイポイントでクリックする――つまりコンピューターゲームのような感覚でフライトプランを作成できるようにする。なお、操縦系統は3軸のフライ・バイ・ワイヤである。

 ほかにも、MRJにはさまざまな新機軸が採り入れられており、遅れてきた5番目のリージョナルジェットではなく、「次世代の最初のリージョナル機」というのが、三菱技術陣の自負するところである。

MRJ主要データ

    

MRJ70

MRJ90

客席数

70〜80席

86〜96席

全長

32.8m

35.8m

主翼スパン

30.9m

30.9m

全高

10.0m

10.0m

エンジン推力

7,000kg

7,860kg

最大離陸重量

STD

36,800kg

39,600kg

ER

38,200kg

41,460kg

LR

40,200kg

42,800kg

最大着陸重量

36,200kg

38,500kg

航続距離

STD

1,700km

1,630km

ER

2,590km

2,590km

LR

3,630km

3,330km

巡航速度

M0.78

M0.78

最大速度

M0.82

M0.82

離陸滑走路長

STD

1,300m

1,450m

ER

1,400m

1,580m

LR

1,530m

1,670m

着陸滑走路長

1,390m

1,450m

全日空のMRJ構想

 このようなMRJは実際にどのような使われ方をするのだろうか。設計仕様から見れば、500〜1,500kmの区間を70〜90人の旅客を乗せて飛べるので、国内線はもとより近隣の国際線にも使うことができる。韓国、台湾、および中国東部の諸都市、さらにはベトナムまでの定期運航が可能であろう。

 具体的に、MRJのローンチ・カスタマーとなった全日空の場合はどうか。同社では今年1月から「新機種選定委員会」を設け、ブラジルのエンブラエル機と比較しながら検討してきた。その結果、MRJが燃料効率に優れ、低騒音や二酸化炭素の排出量も少ない。また国産機であるだけにメーカーからの技術支援や部品補給も受けやすいなどの理由で、これを選定することになった。

 さらにローンチ・カスタマーとして、実際のところは不明だが、契約金額の優遇を受ける可能性もある。同時に運航者としての要望を設計仕様の中に反映させることもできよう。

 そこで全日空におけるMRJの位置づけは、2013年から引渡しを受け、将来に向かってボーイング737-500現用機の後継を想定している。737-500は126席で2,700km余の航続性能を持つ。したがって最大96席、航続1,600km余のMRJよりひと回り大きい。

 けれども、これを今の737-500路線――千歳、福岡、那覇などを起点とする地方路線に投入すれば、座席利用率などから却ってMRJの方が適切な大きさになり、効率的でもある。事実、15機のMRJを737と同じ路線で運航すると、燃料消費は1年間で4割ほど改善され、運航費は約50億円少なくてすむという計算になる。

 全日空では現在、24機の737-500が飛んでいる。それに対してMRJは仮注文も含めて25機が発注され、後継機としての役割をになうかたちになっている。運航開始の時期には、目下引渡しが遅れている787も就航しているだろう。その787のコクピットとMRJのそれが同じ考え方で設計されるのも、全日空のパイロットにとっては都合がよい。この共通性もMRJ採用の一因となった。

ベトナム航空も発注の可能性

 全日空に続いて、MRJを2番目に発注するエアラインはどこか。3月なかば、同社が正式発注を公表する10日ほど前には、日本航空と全日空がそれぞれ30機前後の購入意向というニュースが流れた。これは、しかし根拠不明のまま消えてしまった。

 日本航空としては、公式には「未だ検討中、結論は出ていない」としている。けれども実際は2007年6月ブラジルのエンブラエル170(70席)を10機発注し、さらに5機を仮発注したばかりである。このうえ別の同級機を発注するなどは先ずあり得ないだろう。ただし将来は発注の可能性もあると見られる。つまり「国を挙げてのプロジェクトを応援しないわけにいかない」という考えが出てくるかもしれないというのだ。逆に政府の圧力があるのではないかという見方もあるが、その点については購入を決めた全日空もきっぱりと否定している。

 そこで外国エアラインへの売りこみだが、今のところ最も具体的なのはベトナム航空である。というのは三菱重工は、航空部品の製造を目的とする子会社、三菱エアロスペース・ベトナムをハノイに設立、2009年春からボーイング737のフラップを製造する。いずれは、この工場でMRJの部品をつくる可能性もあり、それらを含めて目下ベトナム政府をまじえて協議しているからだ。

 ベトナム航空は現在、ATR72とフォッカー70を使用し、国内線と近距離国際線の運航をしている。いずれも70席クラスの機体で、その意味ではMRJ70が後継機として適切であろう。もし同航空がMRJを発注することになれば、機数は20機。ベトナムがMRJの最初の輸出先になる可能性は高い。

 ほかにドバイのエミレーツ航空も三菱との間で交渉中と伝えられる。もっとも、このニュースはエミレーツ自身によってすぐに否定された。エミレーツ航空の関心があるのは、長航続のワイドボディ機であって、リージョナル機ではないというのである。

販売体制と支援体制

 MRJにとって、もうひとつ重要な目標は、なんといってもアメリカやヨーロッパのひのき舞台に立つことだろう。それには国際的な販売力がなければならない。

 その点、新しい三菱航空機の株主に三菱商事や三井物産が入るのは有効で、もちまえの販売力や情報力が発揮されるにちがいない。またトヨタ自動車の参画もあり、いわゆるカンバン方式といった生産体制に加えて、世界中に車を売ってきた強力な販売力がものをいうだろう。

 もうひとつ、三菱は世界最大の航空機リース会社、ILFC(International Lease Finance Corp.)に特別な期待を寄せている。ILFCの方もMRJに関心を持ち、すでに三菱との間で何回か話し合いをして、その中でMRJの設計内容に助言をしたり、販売価格についても意見を述べたと伝えられる。そこで、三菱はILFCに対して単なる買い手以上のことを期待しているかのように見える。すなわち国際市場を舞台とする売り手になって貰いたい。といって販売代理店のような形を取るとは限らない。ILFCのリース事業を通じてMRJを使うエアラインが増え、機数が増えてゆけば、それが即ち販売につながるというのである。

 しかもリース会社は最終ユーザーの意向をよく知っている。つまりリース会社はメーカーにとって、航空機を直接売りこむ場合の商売がたきではなく、生産機数を増やしてゆくためのパートナーというわけである。

 販売力に加えて重要なのは、販売後の顧客に対する技術支援や部品補給の体制である。そこでアメリカおよびヨーロッパにおける顧客支援にはスウェーデンのサーブ社を起用しようというのが三菱の考えである。サーブ社は、日本でも飛んでいるターボプロップ機、サーブ340やサーブ2000などをつくった。製造はすでに中止になったが、顧客サービスについては今も世界的なネットワークをもっている。これをMRJの顧客サービスに生かして貰えないかというのである。

 販売体制と支援体制は、1973年わずか182機の製造で中断したYS-11の最大の弱点だった。その反省の上に立つのがMRJ戦略にほかならない。

競合機にも意気軒昂

 とはいえ、MRJのめざす市場には競争相手が少なくない。既存のボンバーディア機とエンブラエル機は強固な地盤を築き、好調な市場を二分した寡占状態にある。そこへロシアと中国の新機種が参入しようとしており、わがMRJの開発は今ようやく始まったところである。

 ボンバーディア・リージョナルジェットはCRJ200(50席)、CRJ700(70席)、CRJ900(90席)から成り、現在およそ1,400機が世界中で飛んでいる。さらに最近は新しいCシリーズの開発がはじまり、MRJと同じ原理のGTFエンジンを装備、同じ2013年の就航をめざして販売活動がはじまった。加えて同じILFCからの大量受注をねらって交渉が続いているのも気になるところだ。

 エンブラエル・リージョナルジェットはモデル170(70席)、175(75席)、190(98席)、195(108席)があり、昨2007年は合わせて130機を生産、世界中で総数1,200機が飛んでいる。

 そこへ、ロシアから参入しようとしているのがスホーイ・スーパージェット100。95人乗りのリージョナルジェットで、仏Snecmaとの共同開発になるSaM146ターボファン・エンジン(推力7,000kg)2基を装備、昨年9月26日にロールアウト、すでに73機の注文を得たという。うち30機はアエロフロートからで、今年末から2010年までに全機受領し、旧来のツポレフTuー134に替える予定である。そのため当初の計画では2007年9月に初飛行することになっていたが、日程は大幅に遅れつつある。

 中国のARJ21は、70〜90人乗りのリージョナルジェットである。GE CF34-10Aターボファン・エンジン(推力8,500kg)2基を装備して、これも昨年12月21日に上海でロールアウトした。「翔鳳」(Flying Phoenix)と名づけられた同機は、この春にも初飛行し、2009年秋には中国政府の型式証明を取る予定という。中国内のエアライン各社からは171機を受注したと発表されたが、この開発も何故か遅れつつある。

 こうした状況を見た上かどうか、三菱航空機の戸田新社長は「競争相手として手強いのは、なんといってもボンバーディアとエンブラエルだ。中国やロシアの計画はMRJにとって恐るるに足りず」と意気軒昂なところを見せている。


ロールアウトしたスホーイ・スーパージェット

YS-11の後遺症を振り払う

 さて、YS-11が生産を中止してから35年。今日まで、後継機をめざすさまざまな開発計画が浮かんでは消えた。YX、YXX、YSXなどがそうだが、いずれも予備的な市場調査や需要予測を繰り返すばかりであった。計画が具体化しなかったのは、日本の航空界がはなはだしい「YS-11症候群」にかかっていたからではないだろうか。つまり技術力には一応の自信があっても、販売力に不安が残る。そのため、どうしても開発に踏み切れないという後遺症がのこっていたのである。

 新しいMRJが、この後遺症を振り払い、前途に山積する課題の一つひとつを乗り越えて、高く大きくはばたく日を待ちたいものである。

(西川 渉、月刊『航空ファン』誌2008年6月号掲載、2008.5.19)

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