<NBAAレポート>

不可能を可能にするエアロスクラフト

 

 NBAA大会の展示会場を歩いていて奇妙なものを見つけた。空飛ぶ円盤か宇宙船か、あるいは飛行船のような形をした模型である。そばに大きく"aeroscraft"(エアロスクラフト)の文字。かたわらの人に「これは何ですか」と声をかけると、よくぞ訊いてくれたとばかりに、飛行船と飛行機とホバークラフトとVTOL機を一体とした全く新しい概念の航空機だと胸を張った。これで航空界を革新し、不可能を可能にするという意気込みが見えたので、その日の午後エアロス社の記者会見に出席した。

 会見場での説明によると、船体は複合材製でヘリウムガスが入っている。これで浮力を維持するが、飛行船と異なるのは空気より軽いわけではない。そのため船体の形状はリフティングボディになっていて、左右に前進のためのターボプロップが取りつけてある。また船体下面には沢山のノズルを円形に並べ、そこから下向きに圧縮空気を噴出する。これで垂直離着陸が可能となり、空中の一点にとどまることもできる。

 船体下部は人や貨物を乗せるキャビンになっている。床面積は460u。この広いキャビンを自由に使ってオフィスや会議室に最新の通信手段とコンピューターをそなえたビジネス機としたり、娯楽室、厨房、浴室、寝室などをそなえた「空飛ぶヨット」にすることも可能。


特異な形状を持つアエロスクラフト
腹の下に並ぶのが噴射ノズル

 飛行速度は巡航185km/h程度。ヘリコプターよりもやや遅いが、航続距離は5,000kmにも及ぶ。その飛行ぶりは、地面からゆっくりと上昇し、徐々に前進速度をつけて、巡航飛行中は不愉快な振動がなく、騒音も少ない。そして目的地の上空に達したならば、いったん空中にとどまって、それから静かに降下し、ゆっくりと接地する。乗客はなんの衝撃も感じることはない。着陸場所は空港やヘリポートはもとより、不整地でも水面でも、どこでもかまわない。計器飛行も可能である。

 このように、エアロスクラフトは垂直離着陸が可能であるにもかかわらず、大きな騒音を立てることもないし、燃費も少ないので経済的なVTOL機とみなすことができる。したがって都心から都心への旅客輸送に使えば、乗客は空港の混雑やハイウェイの渋滞に悩まされることなく、直接都心間を移動することができる。むろん遊覧飛行にも最適で、床面に大きな展望窓を設けて足下の景観を真上から眺めることもできる。

 当面の開発目標はML866と呼ぶ30人乗りの機体を想定し、2010〜11年の初飛行をめざすというのが記者会見での説明であった。価格は4,000万ドル前後(約50億円)とか。もっとも、その会見場には、このエアロスクラフトが余りに先端的な概念で「どうせ、ものにはなるまい」と思われたのか、100席ほどの部屋に10人余りの記者がパラパラとすわっていた程度。是非ともものにして、欠席した記者たちの鼻をあかして貰いたい。

エアロスクラフトML866主要データ

総重量

15,500kg

有効搭載量

2,722kg

エンジン

PT6A×2

飛行速度

0〜222km/h

飛行高度

0〜3,600m

航続距離

5,000km

全長

64m

全幅

36m

全高

17m

キャビン床面積

500u

搭乗数

30人

(西川 渉、『航空ファン』2007年12月号掲載、2007.11.22) 

 

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