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ダッソー社の超音速ビジネス機構想

 

 

 

豪華大型機よりも超音速機

 仏ダッソー・アビアシオン社は、去る9月下旬テキサス州ダラスで開催された米国ビジネス航空協会(NBAA)の年次大会で、超音速ビジネス機の開発を検討中と発表した。

「いよいよファルコンSSTについて語るときがきた」と同社はいう。3か月前のパリ航空ショーで見られたビジネス機の潮流は、本紙7月2日付でもご報告したように、ガルフストリームVやグローバル・エクスプレスのような長航続化と、ボーイング・ビジネス・ジェット(BBJ)やエアバスA319CJコーポレート・ジェットのような大型化であった。

 しかし、こうした長距離機や大型機はビジネス航空の将来にとって満足すべき答えではない、というのがダッソー社の見解。全世界を相手に忙しく飛び回る多国籍企業のトップにとって、どこへでも一足飛びに行ける航空機は、確かに望ましい。それも移動中に仕事をしたり、会議をしたり、疲れたらベッドに入って横になれるような大型機は、もっと理想的かもしれない。

 しかし、それは移動時間がかかり過ぎるので止むを得ずやっていること。短時間のうちに目的地へ着けるならば、何もわざわざ飛行機の中で会議をしたり、シャワーを浴びたり、寝床に入る必要はない。問題は移動時間であり、その短縮こそが重要なのである。

 いま東京〜ニューヨーク間は亜音速機で12〜15時間、パリ〜ニューヨーク間は7〜8時間を要する。現に去る8月、ガルフストリームVがつくった長距離飛行記録も、所要時間はニューヨークから東京まで13時間22分、東京からニューヨークまでが12時間41分であった。巡航速度はマッハ0.80〜0.83である。

 それに対してマッハ1.8程度の超音速で飛ぶならば、所要時間は東京〜ニューヨーク間が7時間、パリ〜ニューヨーク間は3時間半くらいに半減するであろう。事実パリ〜ニューヨーク間のコンコルド便は、時刻表で3時間45分――実際はもっと短い時間で飛んでいるはずだ。

 人は誰しも目的地までの移動時間を短くしたいと考える。いまビジネス航空がここまで発達し、普及してくれば、次は当然、超音速機ということになる。豪華な大型機などは、進歩の流れからすれば豪華さに目のくらんだ見当違いの行き方というほかはない。 

 

開発はダッソー社が最適格

 超音速ビジネス機は、10年ほど前にも米ガルフストリーム社とロシアのスホーイ社が同じようなプランを考えたことがある。しかし、両社の置かれた立場や国情の違いは余りに大きかった。それに需要の見通しや資金の調達にも問題があったりして、残念ながら計画は途中で断念ということになってしまった。

 そこへ行くと、ダッソー社はミラージュやラファールなどの超音速軍用機とファルコン・ビジネス機の両方を1社で手がけている。その双方の技術と経験を結びつければ、超音速ビジネス機という発想が生まれるのは必然の帰結といえよう。つまり超音速ビジネス機の開発にはダッソー社が最適ということになるのだ。

 では具体的に、どのような航空機が考えられるのか。ダッソー社のいう「ファルコンSST」は、まだ予備設計に過ぎないが、機体の大きさは27トン前後というから今のファルコン900(20トン)よりも相当に大きい。しかし超音速であるために機体の自重や燃料搭載量が多くなって、キャビンの大きさはファルコン50(最大10席)程度。エンジン3基を装備して、マッハ1.8の巡航速度で、パリ〜ニューヨーク間の航続性能を持つ。

 とはいえ、同社が今すぐに超音速ファルコンの開発に着手するわけではない。計画を具体化させるには、まだ準備段階としてやらなければならないことが多い。先ず半年から1年ほどかかって超音速運航にかかわる問題点のすべてを明らかにしなければならない。たとえば運航要件、航空法規、型式証明基準、環境問題、費用と経済性など、困難な問題が多い。またエンジンの選定とマンマシン・インターフェイスについても充分な注意を払う必要がある。

 エンジンは、信頼性を高め、整備支援を容易にし、運用コストを下げるなどの理由から、アフターバーナーのついてないものを選ぶ予定。またコクピットは複雑にならざるをえないし、整備作業もむずかしくなろうが、これをマンマシン・インターフェイスの観点から如何に解決してゆくかが問題で、パイロットや整備士には特別の訓練が必要になろう。

 操縦操作に関しても、たとえばビジネス機としては短かい滑走路で離着陸できなければならない。そのため、着陸時の機体迎え角が大きくなってしまう。そうするとパイロットの視界が狭くなり前が見えなくなる。その問題を、コンコルドは機首が垂れ下がるような仕組みにして解決したが、ファルコンSSTの場合はどうすればよいか。

 ダッソー社の経験からすれば、コンコルドのようなドループ・ノーズばかりでなく、カナード翼とフライ・バイ・ワイヤによって機体の迎え角をコントロールするといった方策も考えられる。

 もうひとつ重要なことは環境問題である。機体は旅客機ほど大きくはないが、空港での騒音、オゾン層の破壊、ソニックブームなどの問題が生ずる。その解決のためには技術的な研究開発が必要であると同時に、航空当局の協力がなければならない。ソニックブームなどは技術的に弱めることが可能だが、政治的な問題が残るかもしれないからだ。 

 

最大の問題は経済性

 超音速ビジネス機の最大の問題はコストである。機体価格は、いろいろな条件から見て、現用の大型長距離ビジネス機よりも高くなることは間違いない。しかし多忙を極める政財界のトップが今の2〜3倍の速度で移動できれば、その価値は測り知れないものがある。また飛行高度が高くなれば、交通混雑が少ないとか、向かい風が弱いといった利点も出てこよう。

 経済問題を検討するには利用者の見解を把握しなければならない。利用者として、時間の短縮に対する費用の高騰をどこまで我慢できるかが問題となる。そこで先に述べたような技術的な問題を検討した上で予備設計を深めながら、その結果を利用者に示しつつ繰り返し意見を質すことになる。

 そのためダッソー社は、この秋からファルコンその他の長距離ビジネス機の利用者を選び、ビジネス機の設計に関する基本条件や飛行能力について考え方を聴取することにしている。すなわち、さまざまな設計内容と、それに伴う機体価格や運航費との組み合わせから、どの程度の需要が期待できるかを明確にしようというわけである。超音速ビジネス機の経済的な可能性も、ここからはっきりしてくるであろう。

 ダッソー社によれば、利用者の立場として高速移動の要求が基本的に大きいことはよく分かっている。そのための技術上、運航上の問題も解決可能である。したがって、あとは時間の問題であり、今すぐ超音速ビジネス機が実現できなくても、次の世代には実現するであろうという。

 その実現のために、ダッソー社は今、米国の航空機メーカーを初め、利用者や一般企業からも共同開発のための出資を求めることにしている。そして技術的な研究、利用者の意識、開発パートナーの獲得など、全ての条件を数年以内にそろえてファルコンSSTの開発に着手したいという希望をもっている。

 その実現は、当面10年後が目標である。

(西川渉、『WING』紙97年10月15日付掲載)

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